523話 赤いデスヴァイパー
次の日。
リサヴィが宿屋の一階の酒場で朝食をとっているとモモがやって来た。
「研修の件で至急相談したいことがありますのでギルドに来てください」
それだけ言うと「反論は許さぬ!」とばかりにリオ達の返事を待たずに猛ダッシュで去って行った。
一人部屋で食事をとっていてその場にいなかったヴィヴィはその話を聞き、呆れ顔で(と言っても仮面で顔は見えないが)サラに言った。
「ぐふ、お前はモモをどこまで鍛えるつもりだ?」
「そんなことしていません」
モモはリサヴィを応接室に案内すると早速本題に入った。
「実は別荘の周辺に出現する魔物を前もって調べておこうと思いましてギルドの偵察隊を向かわせたのです」
「ぐふ、あのババアにやけに気を使うな」
「街の有力者ですから。って、それだけが理由ではないですよ。この依頼は新米冒険者の研修を兼ねていますから強過ぎる魔物がいると困ります」
「ぐふ、研修どころか全滅すらありえるかもな」
「そうですね。皆さんだけはどんな魔物でも無事に帰ってくると思いますけど」
そう言ったモモの顔は完全にリサヴィの力を信じきっているものだった。
「それでどうだったのですか?私達を呼んだことから想像はつきますが」
「はい。結論から言いますと偵察して正解でした。別荘の近くでデスヴァイパーを発見したとの事です」
「デスヴァイパー、ですか」
「デスヴァイパーって?」
「デスヴァイパーはCランクの魔物でっ、蛇の姿をしていますっ。成体でっ二メートル近い大きさになりますっ。注意すべきはその牙でっ、致死性の高い毒を持っているんですっ。噛みつかれた場所によっては即死もありえますしっ、そうでなくても急いで解毒しないとやっぱり死んでしまいますっ」
サラがアリスの説明に補足をする。
「カシウスのダンジョンでクズが宝箱のトラップの毒で死んだでしょう。アレは恐らくデスヴァイパーの毒です」
「そうなんだ」
「新米冒険者では耐性も低いでしょうし厳しいですね。それ以上に観光気分でついて来られるのも困りますね」
サラは不謹慎にも強い魔物がいた事を喜んだ。
そうすればお婆さん達を連れて行くのは中止になるだろうと思ったからだ。
まだモモの話には続きがあった。
「実は更にですね、デスヴァイパーの中に赤い個体がいたそうなのです。大きさは三メートルほどで相当強そうだったそうです。それで、これ以上近づくのは危険と判断して別荘を目前にして引き返して来たそうです」
アリスが首を傾げる。
「デスヴァイパーってっ、普通は茶色とか灰色だったはずですけどっ」
「赤……もしかして」
「ぐふ、リバース体かもしれんな」
「ええ」
「リバース体ならBランク相当ですよねっ!?」
「ますます観光気分で来られては困りますね。これはもうお孫さんの冒険者ごっこは遠慮してもらうしかないですね!」
そう言ったサラはなんか嬉しそうだった。
ヴィヴィが目的地の別荘について確認する。
「ぐふ、ところで、あのババアの別荘はどれだけ使われていないのだ?魔物もそうだが、荒らされて使い物にならなくなっているということはないか?」
「確かにっ。さっきの話ですとっ、偵察隊は別荘に辿り着いてないのでどうなっているのかわからないんですよねっ!」
「それもありますね。もし、ボロボロになっていたらあのバ……、あの人は私達に八つ当たりしてきそうです」
「ぐふ、それは大丈夫だろう。八つ当たりの相手はお前だけだ」
「おいこら!どこが大丈夫だ!?」
「それは大丈夫です」
「ぐふ?」
「どうして大丈夫ってわかるんですっ?」
「実は別荘には結界が張ってあるのです。盗賊どころか魔物も侵入できないほど強力なもので、偵察隊はその結界が正常に動作しているのを確認しています」
「ぐふ、今の偵察隊は仕事の出来る奴らのようだな」
無能のギルマスことゴンダスがギルマスだった頃は経費削減の名目でベテランの偵察隊を解散させ、形ばかりの素人集団の偵察隊を構成していた。
もちろん?削減して得た金はゴンダスの懐へ直行した。
その素人集団の報告を信じてザラの森へ魔物討伐に向かった冒険者達は、自分達のランク以上の魔物と戦う事となり、多数が命を落とすことになった。
「ただ、その結界は定期的に張り直す必要があるのです。今回、あの方が別荘周辺に魔物がいることを知ったのは結界を張り直すために向かった者達によってでした。幸いにも彼らは気づかれる前にすぐに逃げたので誰も怪我はしませんでした。私達は彼らから魔物が大きな蛇の姿をしていると聞いただけでその時はそれがデスヴァイパーとはわかりませんでしたし、赤いデスヴァイパーは見ていなかったそうです」
「ぐふ、結界を張り直しに行ったという事はもうすぐ切れるということか?」
「それが微妙でして」
「どういうことです?」
「結界ですが、本来なら後一ヶ月ほどは持つそうなのですが、もし魔物が、それも強力な魔物が結界に攻撃をしていたりしますと想定より魔力消費が大きくなり結界が解けるのも早まります」
「ぐふ、確かにな」
モモが笑顔で言った。
「そこで相談なのですが、前もってリサヴィの皆さんでデスヴァイパーを一掃して来てもらえないでしょうか」
「なっ!?」
「えっ?」
「ぐふ、冒険者研修はヤラセか」
「そんな面倒なことをせず、お孫さんの冒険者ごっこは中止した方がいいでしょう!」
サラはなんか必死だった。
あのお婆さんとの相性が悪過ぎて会いたくないと思っているのが皆に丸わかりであった。
「仮に私達で討伐したとしてもそれで全部とは限りません。あまりに危険です」
サラが追撃するがモモは首を縦に振らない。
「そうもいかないのです。あの方は有力者ですから。あの方の機嫌を損ねるといろいろ面倒なのです」
「そんなことは私達の……」
「やろう」
「リオ!?」
「その赤いデスヴァイパーは魔族かもしれない」
「「「!!」」」
確かに金色のガルザヘッサが魔族だったという事実がある以上、魔族がデスヴァイパーに化けている可能性は否定できない。
魔族がいるかもしれない以上、ジュアス教団の神官であるサラは早急に確かめる必要があり、本当に魔族ならば排除しなければならない。
「……わかりました。調査に行きましょう」
「ありがとうございます!」
小躍りするモモにヴィヴィが呆れた顔をしながら(と言っても仮面で顔は見えないが)言った。
「モモ、これは研修とは別だ。きちんと報酬をもらうぞ」
「もちろんです!」
モモは小躍りしながら頷いた。
「……それ、やめなさい。なんかムカつくわ」
サラが不機嫌な顔で言った。




