517話 お婆さんの依頼 その2
お婆さんの説教が一通り終わるとまた孫の話に戻ったが、依頼の話がおかしな方向へ向かう。
「そうだ、いいこと思いついたよ」
お婆さんにとってはいい事かもしれないが、リサヴィにとってはいい事ではなかった。
「その孫がね、冒険者に憧れてんだよ。だからさ、今回の魔物討伐に連れて行って冒険者気分を味あわせてあげようかねえ」
孫の喜ぶ姿が思い浮かび、お婆さんの頬が緩む。
「え?私達が魔物退治するところに立ち会うのですか?お孫さんも?」
「そう聞こえなかったかい!?」
現実に戻されてご立腹のお婆さんがサラを睨みつける。
「念のための確認です」
「そういうことだよ。まあ、こっちでも護衛はつけるけどちゃんとあたしとかわいい孫も守るんだよ!」
「は、はあ……」
サラは「依頼を受けるなんて一言も言ってませんけど」と心の中で付け加える。
「ただそうすると、一つ心配事があるんだよ」
「そうですか。では考え直し……」
「あんたのこと言ってんだよ!」
お婆さんがサラを睨む。
「はい?」
お婆さんの表情が更に一段厳しくなって言った。
「あたしの孫がかわいいからって手を出すんじゃないよ!」
「は?」
「何とぼけてんだい!あんたがショタコンだって事はわかってんだよ!」
お婆さんはサラがショタコンである事を信じていたようだ。
お婆さんがサラを集中的に攻撃していたのは孫に手を出す可能性があると思って警戒していたからのようであった。
サラは流石にムッときて反論する。
「私はショタコンではありません」
「言い訳を聞いてんじゃないんだよ!手を出すなと言ってんだよ!わかったのかい!?」
このお婆さんはクズ達とは違った意味で言葉が通じなかった。
「……」
「聞いてんのかい!?」
「はいはい」
「はいは一回でいいんだよ!!」
「……はい」
「ったく」
お婆さんはまだ言い足りなさそうであったが、モモがお茶菓子を持って戻って来たので説教は終わった。
サラがモモに感謝したのはこの時が初めてかもしれない。
が、この状況を作ったのもモモであることにすぐ気づき、感謝した事を取り消す。(とは言え、サラの心の中の出来事なので誰も気づいていないが)
お婆さんが先ほど思いついた件をモモに話す。
「モモや、魔物退治にあたしと孫も参加することに決めたよ。もちろん見学だけだよ」
モモは当然驚いた表情をする。
「え!?一緒に行かれるというのですか?お孫さんも?」
「そうだよ。なんか文句あるのかい?」
「いえ、承知しました」
モモは反論せず素直に頷く。
「あたしの方でも護衛を用意するけど孫に何かあったら大変だからね、リサヴィの他にあと二組くらい適当に見繕っておくれ」
「そうしますとCランクパーティ二組追加ということですね?」
「ランクは任せるけど、そいつらにはそんなに金は出せないからね」
「わかりました」
「ケチってクズなんか連れて来たら容赦しないからね!絶対クズは許さないよ!!」
「いや、ケチってるのはアンタだろ」とリサヴィの面々は口から出かかったが押さえ込むのに成功した。
モモは内心はどうあれ、素直に頷く。
「そうしますとランクは低くなるかもしれませんが、実力のある者達を選抜しますね」
「うむ。じゃあ、頼んだよ。見積りが出来たら持って来な」
「はい、承知しました」
お婆さんは満足げに頷き、サラにガンをとばしてから護衛と共に応接室を出て行った。
「ぐふ。あのババアはそんなに大金を寄付しているのか?」
「はい」
ヴィヴィがババア呼ばわりをするのを注意する事なく、モモは頷く。
だが、この話にはまだ続きがあった。
「でもその分、今回のように依頼を持ってくる時に思いっきり値切られますので最終的には結構少なくなってるんですけどね」
「それっ、だめじゃないですかっ」
「いえいえ。それでもマイナスになる前にまた大金を寄付してくれるのですよ」
「そうですか」
「ぐふ、ギルドを金庫代わりにしているだけではないのか?」
「そうかもしれませんね。でもギルドが助かっているのは確かですから」
「そうなんだ」
リオがどうでもいいように呟いた。
「ぐふ。あのババア、やけにクズを嫌っていたが、いや、好きな奴はいないと思うが直接被害でも受けたのか?」
「はい。実はあの方はマルコでアパートの賃貸経営もやっていましてクズ達にも貸していたのです。言うまでもなく、クズ達は家賃を滞納している者が多かったんです」
「言うまでもないんですねっ」
「はい。それで、マルコの改革でクズ行為が出来なくなると滞納していた家賃を踏み倒して出て行ったのです」
「ぐふ、なるほどな。怒るのも当然だな」
「はい。一時は空き家が多かったのですが、カシウスのダンジョンに挑む者達や、新米冒険者達が借りるようになって部屋は埋まり始めているそうです。今度は厳しく面接をしたそうで家賃は毎月きちんと支払ってもらえているようです」
「ぐふ、結果オーライか」
「ですねっ」
そこでモモがにっこり笑顔をリサヴィに向けた。
とても嫌な予感がした。
「という事でこの魔物退治兼護衛依頼の件ですが……」
「その前に私達はこの依頼を受けるとは一言も言っていません」
「そんなサラさん、ここまで来て手のひら返しはなしですよ!」
「そんな事はしていません。そもそもあの人は私を嫌っているようですし」
「いえ、決してサラさんを嫌っているわけではありませんよ。その性癖を問題にしているだけで」
「私はショタコンではありません!」
「それにですね、この依頼は新米冒険者研修とも関係しているんですよ」
「は?」
「ぐふ?」
「えっ?」
「そうなんだ」
「はい。実は、皆さんと一緒に依頼を受ける残りのメンバーですが、皆さんが稽古をつける新米冒険者の中から選んでもらうことになっているのです」
「「「「……」」」」
一瞬の沈黙後、サラがモモの矛盾を指摘する。
「何が『実は』ですか!!この依頼は新米冒険者研修をする事になった後に来たでしょうが!」
「その通りですサラさん!この依頼も新米冒険者研修だったのです!稽古で皆さんに選ばれた者が晴れて依頼を受けられるという二部構成だったのです!!」
サラの話を適当に聞き流してそう言い切ったモモの顔はなんかしてやったりの表情だった。
「おいこら!全然その通りじゃないでしょうが!その話はおかしいと言っているでしょう!」
騒ぐサラを無視してモモはリオに顔を向ける。
「リオさん、ということでお願いしますね」
「わかった」
リオはどうでもいいように返事した。
ガッツポーズを決めて踊り出すモモを尻目にサラがリオに詰め寄る。
「リオ!」
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのですか!?」
「護衛するのは僕じゃないから」
「何も大丈夫じゃないわ!」
サラがリオの頭をど突いた。
久しぶりの一撃であった。




