51話 怪しい提案
『おいサラ、俺だ』
ドアの前からサラを呼ぶ声が聞こえた。
ヴィヴィは外していた仮面をつけて言った。
「ぐふ。サラ、お前の男が呼んでるぞ」
「誰がよ」
サラはドアの向こうの人物に聞こえない程度の大きさで呟くとドアの鍵を開ける。
部屋の前には予想通りカリスが立っていた。
「どうしました?」
「ここじゃなんだ。入るぞ」
カリスは返事も聞かず、当然のようにズカズカと中に入ってきた。
カリスが中を見回し、
「ヴィヴィの上のベッドが空いているのか。俺の体重じゃ上はキツいな」
と呟いた。
サラとヴィヴィはその言葉でカリスが何しに来たか理解した。
サラは不快な表情を見せないように気をつけながら何も気づかない振りしてカリスに尋ねる。
「それで何かありましたか?」
「うん?ああ。実はな、やはり部屋が別々じゃ何かと不便だという話になってな。これからは俺がお前らと一緒の部屋に泊まることになった」
「えっ?」
サラはカリスの挙動から何の目的で来たかすぐに気づいたが、今知ったかのように驚いた表情を見せる。
「お前達はいつもこの配置なのか?」
「え?ええ。あの、」
「そうか。だが、俺の重さじゃ上のベッドは耐えれんかもな」
カリスが笑顔でサラを見る。
「あの、」
サラが口を開く間もなく、カリスは話をどんどん勝手に進めていく。
「そうだな、リオがヴィヴィの上に移動してサラがリオの今の場所、そしてサラの所に俺がくるのがベストか」
今の移動案でカリスが下心丸出しである事に本人だけ気づいていない。
サラは内心、「勝手な事言うな!」と怒鳴りたいところであった。
今でさえ、カリスに付き纏われて十分迷惑しているのだ。これで部屋まで一緒になったらサラの気が休まる場所がなくなる。
サラが苦情を言うより早く、ヴィヴィが口を開いた。
「ぐふ。必要ない」
「なんだと!?」
カリスがヴィヴィを睨むが、ヴィヴィは仮面をしているので表情が読めない。
サラはヴィヴィが言いたいことを言ってくれたので、心が少し落ち着き、何としてでもその愚行を阻止する決意をする。
念のため誰がそんな馬鹿な事を言い出したのか確認する。
「カリス、それはベルフィの命令ですか?」
「うん?ああ、そう言えなくもないな」
カリスの曖昧な返事に二人は不審を抱く。
「それでは具体的に教えていただけますか?」
「なに?具体的だと?」
「はい、先ほど何かと不便という話でしたが、具体的にどんな事でしょう?」
「そ、それは、あれだっ」
カリスが慌てだしたのを見て不信感が募る。
「あれとは?」
「だからあれだ、その、お前らはFランク冒険者だろ?宿屋とはえ、強盗が入らないとは限らない。だからBランク冒険者の俺が護衛を兼ねてやろうと言うわけだ!」
カリスの語尾が強くなり、強引に納得させようとするのが見え見えだった。
しかし、そんな事で大人しくなるサラでもヴィヴィでもなかった。
「ぐふ。心配するな。自分の身は自分で守れる」
「お前はどうでもいい!」
「私も神殿で鍛えています。確かに冒険者ランクは低いですが、それ以上の力を持っていますので大丈夫です」
「いや、しかしなっ」
「それに今の話と先ほどの別れて云々との説明とは全く関係ないと思いますが?」
カリスが唸り、そして苦し紛れに自爆する。
「そ、そのっ、今のは俺の気持ちだ。本当はな、その、フォーメーションとか、そうっフォーメーションだ!」
「ウィンドと私達のフォーメーションですか?」
「おお!それだそれ!」
「別にそれほど問題があるとは思えませんが」
「ぐふ。そうだな。ウィンドのフォーメーションを崩さないように私達は行動している。今のところ問題は出ていないはずだが」
「何を言ってるっ!最近、結構フォーメーションが崩されているだろ!即席のフォーメーションだからだ!だろ?サラ」
カリスは自信を持ってサラに同意を求めるが、
「ぐふ。それはお前が命令無視してるからだろう」
ヴィヴィが事実をオブラートに包む事なく述べる。
カリスがかっとなり、ヴィヴィを怒鳴る。
「なんだとっ棺桶持ち!俺が悪いって言いたいのかっ!」
「ぐふ。それ以外に聞こえたか?しかも敵を倒す度に格好をつけて怪我するなど恥ずかしい奴だ」
カリスが顔を真っ赤にし、思わず大剣に手をかけるが、ヴィヴィは落ち着いていた。
少なくとも表面上は全く怯えていなかった。
それどころか、更に深く食い込んできた。
「ぐふ。ではそれを含めてベルフィに確認するとしよう」
「な……」
その言葉を聞いてカリスの怒りが一気にトーンダウンする。
サラがヴィヴィの意見に賛成する。
「そうですね。確かにそういう話ですと私達と考え方が大きく異なるようです。その辺りも含めて確認した方がいいですね」
「ちょ、ちょ待てよっ!」
「「……」」
サラとヴィヴィは今までの会話でこの話がカリスの独断だと確信する。
意地が悪い事には定評のあるヴィヴィである。
カリスをジワジワといたぶるように追い詰める。
「ぐふ?何を慌てている?」
「あ、慌ててなどいない!」
腹を立てているのはサラも同じだ。気付かない振りをしてカリスを責める。
「そうですか。しかし、そもそも何故そのような話が私達の意見も聞かずに決まったのか知りたいです」
「いやっ、そうじゃない!落ち着けって!」
「ぐふ。お前が落ち着け」
「お前は黙ってろ!棺桶持ち!」
カリスは怒鳴って誤魔化そうとするが、そんな幼稚な手段で大人しくなる者達ではなかった。
「それではカリス、何が違うのですか?」
「サラ、お前まで……な、なあサラ、お前ならわかるだろ?」
カリスは何故かサラは自分の味方だと思っているようで助けを求めるが、サラにその気は全くない。
「すみません、説明をお願いします」
カリスはうっ、と唸り汗をダラダラ流しながら必死に言い訳する。
「その、そ、そういう話がチラッと出たんだ!だ、だからまだ決定したわけではないんだ!」
「ぐふ?先ほどと言ってる事が違わないか?」
「お前は黙ってろ!棺桶持ち!」
カリスは無意識かはわからないが、再び大剣に手が伸びていた。
サラは鬱陶しいカリスを内心、ボッコボコにしたかったが、流石に現実でそれはマズイと思うだけの冷静さは持っていたので穏和に終わらせようとする。
「では、今回の件はカリスが先走りしてしまったんですね」
サラが笑顔で言う。
表情を見る限り、「そそっかしいですねえ」とでもいうような全く悪意のない笑顔だった。
「は、はははっ。そうなんだっ。悪い悪い。」
誤魔化せたと思ったカリスはホッとした。
サラはカリスに釘を刺すのを忘れなかった。
「では、もし今度そのような話が出ましたら勝手に決めないで必ず私達の意見を聞いて下さい」
「あ、ああ。もちろんだ!」
「話は以上ですか?」
「お、おうっ、騒がして悪かったなっ。あとっ、今回の事はベルフィには黙ってろよ!俺の方から注意しとくからな!絶対だぞ!」
そう言ってカリスは逃げるように部屋を出ていった。
気配が完全に消えた後、サラははあ、と大きなため息をついた。
仮面を外したヴィヴィは不機嫌な表情をしていた。
「うむ。あの男、結局、ベルフィに責任を押し付けたな。しかも黙ってろと口止めまでして。なかなかいい性格しているではないか」
「そうですね。しかし、」
と言って一度も会話に参加しなかったリオを見る。
リオはベッドに横になり、会話中、天井をじっと見ていた。
「リオ、あなたは今の話、どう思いましたか?」
「うん?」
「『うん?』じゃありません。何故あなたが率先してカリスに反論しないんですか?」
「うむ。その前にだ」
「何ですか?」
「お前ではない」
「……」
「リオ、さっきのカリスの話を“聞いていた”か?」
「うん、“聞こえていた”よ」
「「……」」
サラが深く深呼吸をする。
「それでリオ、あなたの意見は?あなたはカリスが一緒の部屋になることに賛成だったのですか?」
「ベルフィがそう言うなら」
サラはがっくりと肩を落とす。
「……ああ、そうでしたね。あなたはベルフィの命令が絶対でしたね」
「うむ……」
二人は困った表情でお互いの顔を見る。
「リオ」
「ん?」
「もし今後、あなたにだけにこういう話が来ても勝手にOKしないで私達に相談してくださいね」
「わかった」
「うむ。間違ってもカリスの言う事は鵜呑みにするな」
「うん?カリス?」
「うむ。そうだ」
リオが首を傾げる。
「なんで僕がカリスの言うこと聞くの?」
「……いえ、わかっていればそれでいいです」
「うむ。それならいい」
「そうなんだ」
 




