506話 元神殿長の逆襲
冒険者らしい神官の正体は、ベルダの街にいたクズ集団プライドを作ったBランククズパーティ唯一の生き残りの神官だった。
つまり、彼はジュアス教団の神官であるが、メイデス神の使徒でもあった。
彼は元々は信仰深いジュアス教徒だった。
ある村で育ち、信仰深かった親の影響で彼も信仰深く子供の頃から教会の手伝いをしていた。
そのときに魔法を授かったのだ。
まだ神官どころか見習いでもない彼が魔法を授かったのはとても珍しい事であった。
それを知った教会の神官はすぐさま彼を見習いとし、やがて二級神官へと昇格した。
そしてその才能を認められて神殿へ異動することになった。
彼の行き先はカルハン魔法王国にある第六神殿だった。
期待を胸に神殿へやってきた彼だったが、すぐに失望に変わる。
そこは汚職まみれの酷い場所だった。
一級神官どころか二級神官もろくに魔法が使えない。
第六神殿は家督を継げない貴族の息子達のために用意されたような場所だったのだ。
彼が治療し、支払われた寄付は貴族出身の名ばかりの一級神官や二級神官が当然のようにネコババした。
それでも自分の行いは人のためになっていると信じて彼は務めを続けたが、報われることはなかった。
そして、あの、異端審問機関とカルハン魔法王国との戦争が起きた。
戦いはカルハン魔法王国の勝利に終わり、国内のジュアス教排斥が始まった。
第六神殿は封鎖され、彼は居場所を失った。
彼はもといた村に戻り、日々を無気力に過ごしていた。
彼の心はすっかり闇に覆われていた。
(この腐り切った教団はダメだ。いや、教団が信仰する六大神もこの酷い有様を放置したままだ。信仰するに値しない)
そんな時だった。
メイデス神の声を聞いたのだ。
彼は迷うことなく改宗した。
本来であれば改宗した時点でそれまでに授かった魔法は使えなくなるはずであった。
しかし、彼はその後も六大神を信仰していた時に授かった魔法を使う事が出来た。
メイデスの使徒達は、六大神の一柱である闇の神、ダルシュージュとメイデスが同じ神だと信じており、それが事実だったからかもしれない。
あるいは改宗により魔法が使えなくなる、という話自体が嘘だったのかもしれない。
彼にはどちらが正解なのかわからない。
どちらにせよ、排除すべき対象となった教団の動きを探るのには好都合だったので教団に籍を置いたままにした。
子供の治療を終えたメイデスの使徒の神官は宿屋に戻って来た。
「お前何やってんだ?」
そう尋ねてきたのは同室の、一緒に行動しているメイデスの使徒の戦士だ。
「あのまま放っておけば教団の評判を落とせただろ。お前、まだ教団に未練があるんじゃないだろうな?」
「子供に罪はない」
「ふん。にしてもやけによく喋ってたよな、お前。本当はおしゃべりなのか?」
「……そんなことはどうでもいいだろう」
「まあ、そうだけどよ、やっぱ説明して貰わねえとな。このまんまだと裏切り者と判断されるかもしれないぞ」
「……俺はあのクズと同じ第六神殿にいた」
「ああ、なるほどな。恨みか。あのクズの邪魔をしたかったと?」
「そうだ」
「なら納得だ。でもよ、俺だったらあそこで殺してたぜ」
「目立ち過ぎる。それにあそこで殺す必要はない。奴の事はよく知っている。執念深いクズだ」
「なるほどな」
彼らが村を出発するとき、メイデスの使徒である事を知らぬ村人達は六大神への祈りと共に心からの笑顔で見送った。
その中には彼が治療し、元気になった子供も含まれていた。
村を出てすぐに使徒達は待ち伏せを受けた。
いうまでもなく元神殿長達である。
しっかりと数を揃えてきていた。
治療を終えた神殿騎士二人に加えて傭兵や冒険者、更にはごろつきとあらゆる者達をかき集め、総勢二十名ほどだ。
元神殿長はもう勝ったつもりでいた。
「クズ!よくも俺様をコケにしてくれたな!」
「クズはお前だ」
「ざけんな!」
元神殿長が一緒にいる使徒の戦士をちらりと見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「お前にも仲間がいたようだが、この人数の前には無意味だぞ!」
「そうか」
「『そうか』じゃねえ!お前ら勝てると思っているのか?あん!?」
「「……」」
二人の使徒は無言だった。
使徒の神官は無表情だが、使徒の戦士は薄笑いをしていた。
元神殿長は自分達の勝ちを疑わずに続ける。
「土下座をして許しを請え。そうすれば楽に殺してやる、かもしれんぞ。ガハハハ!」
「俺は土下座してもお前を許さん」
「ざけんな!!やれ!」
「おう!」と声を上げて元神殿長が揃えた者達が一斉に使徒達に襲いかかった。
「ば、バカな……」
元神殿長は散らばる死体を目にして呆然としていた。
その中に彼に従っていた神殿騎士達も含まれていた。
「なんだなんだ口ほどにもねえな」
使徒の戦士が冷笑しながら元神殿長を見た。
「ひっ……」
「後はクズ本体だけだな」
使徒の神官がつまらなそうに言った。
「ちょ、ちょ待てよ!」
「断る」
「そ、そんなこと言うと、こ、後悔するぞ!俺はエル聖王国の大貴族……」
「どうでもいい」
「そんなこと言うなよ!なっ?わかんだろ!?」
「さっぱりだ」
使徒の神官はそう言った瞬間、それがリオの口癖だった事を思い出した。
自然と笑みが溢れた。
それを見て元神殿長は交渉の余地があると思った。
「き、決めたぞ!」
「覚悟をか?」
「ざけ……いや、そうじゃない!お前を、いやっ、お前達を俺さ、俺の部下にしてやる!」
「何?」
「こりゃ面白いこと言うな」
使徒の神官は不機嫌な顔をしたが、使徒の戦士は愉快そうに笑う。
「へ、へへっ、お前らは俺様、いや、俺の部下を殺した。……いや、待てって!落ち着けって!それはもういい!済んだことだ!綺麗さっぱり忘れてやる!」
「その代わりにお前の部下になれと?」
「おう!悪い話じゃないだろう?」
「……どこがだ。話どころか顔も性格もすべて悪いだろう」
「ざけんな!」
「まあ、待てよ。こいつ、これでも大貴族の息子なんだろ?俺らの活動資金を用意してくれんじゃないか?」
「……」
「お、おう!任せておけ!俺様のパパとママにお願いしていくらでも用意してやるぞ!ガハハハ!」
元神殿長は交渉がうまくいっていると思い、態度がデカくなる。
「こりゃ、少しは考える余地があるんじゃないか?」
「……」
使徒の戦士は気持ちが動いていたが、使徒の神官はその言葉を聞いて“ますます”元神殿長を生かしておけなくなった。
使徒の神官は無言で神聖魔法フォースを元神殿長に放ち、その頭を吹き飛ばした。
元神殿長の体がゆっくりと倒れた。
「おい!?」
使徒の戦士が抗議するが、使徒の神官は素っ気なく言った。
「恨みを晴す方が優先だ」
嘘ではないが、それだけではなかった。
彼が真の理由を口にすることはなかった。
「そりゃ、わかるけどよ、金をせびってからでもよかったんじゃないか?」
使徒の神官は内心「クズめ」と吐き捨てるが、口に出したのは別のことだ。
「俺は奴の言葉を信じていない」
「どういうことだ?」
「本当に奴の親が奴を大切に思っているならもっとマシな騎士を護衛につけたはずだ。奴らは魔法を全く使えなかった。神殿騎士の中でも下っ端だ。いや、あまりに弱過ぎたからもしかしたら格好を真似ていただけかもしれん」
「……確かにな」
熱くなっていた使徒の戦士は冷静さを取り戻す。
更に使徒の神官は続ける。
「先程の襲撃もそうだ」
「だな。数は多かったが雑魚ばっかりだったしな」
使徒の戦士は納得した。
「では本来の目的に戻ろう」
「ああ。そうだな。あいつら連絡よこさねえでどこで遊んでやがるのやら」
彼らは消息を絶った使徒を探していた。
それはヴェイグ達の輸送隊を解雇され、冒険者もクビになったクズ達と不本意ながら相打ちとなった使徒達のことであった。




