504話 元神殿長の視察
ある村にジュアス教団所属を示す刻印がされた馬車がやって来た。
その馬車から神殿騎士が二人先に降りて主人を迎える。
最後に降りて来た彼らの主人である神官は、着ている服装から見ても高位の神官だとわかる。
突然の来訪に村人達が驚いていると彼らは「困っている者はいないか」と優しい声をかけてきた。
彼らの顔は言葉とは裏腹に悪党面であった。
声をかけられた青年は、人を見た目で判断してはいけないと思い、またジュアス教団の神官であることを信用して流行り病で寝込んでいる子供がいるので助けてほしい、と彼らにお願いをした。
その青年はすぐにその事を後悔することになる。
彼らは見た目通りの悪党だったのである。
それもタチの悪いことに教団の名を騙る偽者ではなく、本物の教団の神官であった。
その青年が案内したのは彼の恋人の家だった。
病気で寝込んでいたのは恋人の妹である。
神官はその家の前に立つとあまりのボロさに一瞬顔を歪めた。
彼は子供の容態を見るどころか、家に入る素振りすら見せない。
その場で右腕を前に出すと、「ふむ!」となんか偉そうに呟いた。
それだけだった。
「うむ、これで大丈夫だ」
「え?」
神官達を案内した青年とその家の家族は驚いたものの、父親がすぐさま娘の容態を確認しに家の中に入った。
そして、一分も経たずに戻って来た。
その表情から治っていないことは聞かなくても明らかだった。
父親が困惑した顔で事実を告げる。
「あの神官様、治っていませんが……」
そう言った父親を神官を守るように立つ神殿騎士が睨みつける。
悪党面に相応しい表情であった。
神官も本性を現し、神殿騎士に怯える父親に横柄な態度で言った。
「知るか。俺様は治療魔法をかけた。それで治らないのはお前らの信仰心が足りないからだ!」
「そ、そんな……」
「さあ、治療費を出せ!」
「ええ!?ただではなかったのですか!?」
そう言ったのは彼らを案内した青年だ。
神官がその青年に馬鹿にした顔を向ける。
「何ふざけた事を言っておる!?治療がタダなわけないだろうが!!」
神官は嘘を言っていない。
神殿や教会では治療した者から寄付と称した治療費を求めている。
ただ、ジュアス教の布教活動の一環として無償で治療することが認められている。
結局のところ、治療費をもらうかどうかは神官次第ということである。
子供の父親がボソリと呟いた。
「前にいらした神官様は怪我をただで治して下さいましたのに……」
その声を神官は聞き逃さなかった。
「何!?それは本当か!?」
「は、はい」
「そうか」
「は、はい……」
父親は神官が考え込む様子を見てちょっと期待するが、
「けしからん!」
「え、ええっ!?」
「そんな偽善者がいるから教団の運営が苦しくなるのだ!」
「そ、そんなっ……」
「その者の名を言え!」
「そ、それは……」
「言え!」
「リサヴィのサラさんとアリエッタさんです……」
アリスはここでも名前を間違えて覚えられていたが指摘する者はいない。
「奴らか!調子に乗りおって!!」
クズは人が活躍する話を聞くのが大嫌いだ。
自分が褒められなければ気が済まないのだ。
例え、自分が何もしていなくてもである。
「まあ、奴らにはそのうち天罰がくだるだろう。それより金だ」
神官は普通の村人がとても払えるとは思えない高額な治療費を要求する。
「そ、そんな大金はありませんっ」
神官がそばにいた娘を見て舌舐めずりをする。
それに気づき、娘が怯える。
「……うむ。金が払えないならば別の形で払ってもらおうか」
そのいやらしい目が娘を寄越せと要求していた。
「い、嫌……」
青年が彼女を庇うように立った。
彼はこのクズどもを連れて来てしまった責任を感じていた。
そして自分の彼女にまで危険が及ぼうとするのを察して必死に抵抗する。
青年が彼女の父親に確認する。
「おじさん、本当に治っていないんですよね?」
「あ、ああ、全く治っていない」
青年が神官に懇願する。
「神官様!もう一度治療をお願いします!治していただけたら俺がその金をなんとしてでも払います!」
青年の言葉は神官に通じなかった。
「お前は馬鹿か。後は本人次第だと言っただろうが。俺様がすることはもうない」
「そ、そんな!」
「じ、実際、治っていませんし」
青年達の言葉を聞き、神官が激怒する。
「貴様ら!さては“治ってない詐欺”を働こうとしているな!?」
神殿騎士が村人達を威嚇する。
「そ、そんな詐欺だなんて、本当に全く治っておりません……」
「黙れ!このお方はな!ただの神官ではないのだぞ!さる神殿の神殿長を勤めたこともある偉大なお方なのだぞ!そんな偉大なお方が嘘をつくと言うのか!?あん!?」
神官、いや、元神殿長は神殿騎士に持ち上げられてなんか誇らしげな顔をする。
神殿騎士達が剣を抜いた。
「ひっ……」
「わ、私達は本当に嘘をついていません!神官様!実際に娘を見てください!そうすれば私達が嘘をついていないとわかります!」
「ざけんな!俺様に流行り病が移ったらどうするつもりだ!?」
「「「え……?」」」
元神殿長の叫びに村人達は唖然とする。
そこに第三者からの声がかかる。
「何か揉めているようだがお困りか?」
その声の主は神官だった。
神官服のデザインから彼もまたジュアス教団の神官だとわかる。
装備からしておそらく冒険者でもあるのだろう。
元神殿長が舌打ちをする。
「邪魔をするな!」
「邪魔とは?」
「俺様の邪魔をするなと言っているのだ!!」
「だからなんの邪魔をするなと言っているのだ?」
「なんだその口の聞き方は!?」
冒険者らしい神官は元神殿長に言葉が通じず、率直な感想を述べる。
「お前、馬鹿だろ?」
神殿騎士の一人がその神官を怒鳴りつける。
「馬鹿はお前だ!このお方は元神殿長様だぞ!」
冒険者らしい神官は首を傾げる。
「神殿長?どこのだ?」
「どこだっていいだろうが!!見てわかるだろうが!この高貴なお方の溢れんばかりのオーラが!」
神殿騎士に煽てられ、元神殿長はなんか誇らしげな顔をした。
しかし、冒険者らしい神官の対応は素っ気ないものだった。
「そんなものは見えんな。クズ臭ならプンプンするが」
「「「ざけんな!!」」」
その神官は何かを思い出したらしく、ポン、と手を叩く。
「もしかして第六神殿の神殿長か」
「その通りだ!」
元神殿長は横柄に頷いたが、その神官の話にはまだ続きがあった。
「カルハンと教団との戦いを引き起こすキッカケを作った元凶であり、第六神殿を閉鎖に追いやったクズ神殿長か。それなら納得だ」
「その通り……ざ、ざざざざざけんなっー!!」
元神殿長の動揺からわかるようにその神官が言った事は事実だった。




