503話 クズ、地下牢を君に
リオは苦しみ転がるクズをじっと見ていた。
「さあ、ラグナを使え」
「だ、だずげでぐれ……」
リオはクズの言葉を無視して続ける。
「ラグナで回復も出来るはずだ。さあ、勿体ぶってる暇はないぞ」
「だ、だずげ……ぐれ」
クズがサラに手を伸ばす。
それをリオが蹴った。
その腕はあっさりと折れた。
「ラグナを使え」
リオはもう一度言った。
クズは今度はアリスへと助けを求める。
しかし、アリスは薄っすらと笑みを浮かべたまま動こうとはしない。
その伸ばした手をリオがまたも蹴り、折った。
「本当にお前達クズには言葉が通じないな。さっさとラグナを使え」
「づ……づがえねえ……」
「聞こえない」
「だ、だのむ……だのびばず……だずげで」
リオの表情が少し変化した。
もちろん、クズにとっていい方向ではない。
サラがクズの代わりに答える。
「リオ!このクズはラグナを使えません」
「使えない?」
リオが首を傾げた。
「まさか、このクズ、僕に嘘をついたのか?」
ぞくり。
サラの背筋が凍った。
サラでさえそうなのだ。
周りにいたクズに耐えられるはずがない。
だからと言って逃げ出す者は一人もいなかった。
恐怖で足がすくんでいたのだ。
「クズが嘘をつくのはいつもの事です」
「それはわかっている。確かにサラにならいくら嘘をついてもいい」
いつもなら「おいこら!」と突っ込むところだが、そんな雰囲気ではなかった。
間違いなくリオの八つ当たりがサラに飛ぶ。
それを防ぐ自信がサラにはなかった。
本能が悟ったのだ。
悟ってしまったのだ。
今のリオには、本気を出したリオには勝てない、と。
そんなサラの心情など気にする事なくリオは続ける。
「他のことなら許したかもしれない。だが、ラグナは別だ。僕が今もっとも欲している力だ。僕は期待したんだ。またラグナをこの目で見れると。その期待を裏切った……“俺”を裏切ったんだ」
裏切った、と言う言葉はサラに向けたものではない。
わかってはいるものの、その言葉がサラの心を抉った。
リオが突然、くすり、と笑った。
サラはリオの心情の変化に追いつけない。
「リオ?」
「……これはこれでありかもしれない」
「ぐふ、どういうことだ?」
ヴィヴィは仮面で表情が見えず、今のリオをどう思っているかはわからない。
まあ、リオにはヴィヴィはどう思おうと関係はなかった。
「この絶体絶命の状況ならラグナに目覚めるかもしれない。そう思わないか?」
「ぐふ。確かにな」
「さあ、クズ、死に抗え。必死に生にしがみつけ。後出しでもラグナを使えるようになるならお前の裏切りを許してやる」
しかし、クズがラグナに目覚める事はなく、意識を失った。
リオはクズに興味を失った。
途端、リオの発する威圧が消えた。
自由になったクズ達はリオの恐ろしさを目の当たりにし、リサヴィに入るのは色んな意味で無理だとやっと理解した。
クズ達はリサヴィを囲んでいた輪を解き、逃げ出した。
「リオ、もう気が済んだでしょう。こんなクズを殺しても後々面倒になるだけです」
「……」
「助けますよ」
サラはリオに断った後でクズに回復魔法をかけた。
今度は魔法が発動し、クズは命を取り留めた。
だが、それだけだった。
「そんな……こんな事って……」
クズの怪我を完全に治す事は出来なかった。
確かに魔法は万能ではない。
例えば大怪我、腕を失ったとする。
その場で再生魔法をかければ腕は再生するだろう。
しかし、腕を失ってから長い間放置した後で再生魔法をかけても腕が再生することはない。
これは腕を失った状態が正常な状態だと体が記憶してしまうからだといわれている。
それを証明するかのように生まれもった障害は魔法で治すことが出来ない。
ただ、今回の場合は怪我したばかりであり、力ある神官のサラが治療魔法を使うのだから完全に治すことができるはずだった。
だが、完治しなかったのだ。
このままで後遺症が残るだろう。
サラは回復魔法が得意なアリスに声をかける。
「アリス!手を貸して!」
「嫌ですよっ」
アリスは冷めた笑みを浮かべて拒否した。
サラはその顔に見覚えがあった。
リオを抹殺するために村を襲ったクズ冒険者を打ち倒した時に同じような表情をしていた。
「アリス!」
「『嫌ですっ』って言ってますよっ」
アリスが見下した目をサラに向ける。
やはり今のアリスはいつものアリスではなかった。
「サラさんこそっ、何故助けるんですかっ?リオさんを裏切ったクズの中のクズですよっ。生きているだけでも感謝すべきですよっ」
「あなた……」
アリスの意思は固く、クズの治療はそこまでだった。
通常生活は送れるが、もうまともに戦うことはできないだろう。
……いや、完治してもクズなので自ら戦うことはないか。
ところで他の逃げ出したクズ達であるが、彼らを取り囲んでいたギルド警備員がそうはさせじと捕獲に動いた。
クズ以外の冒険者達も捕獲の手助けをした。
ただ、それは正義感からと言うわけでもなさそうだった。
「リオさんの手間かけさせやがって!」
そんな声が彼らの中から聞こえた。
彼らの中にリサヴィ派がいたようであった。
こうして、クズコレクター能力によって集められた?クズは残らず捕獲された。
その際、抵抗したので無傷の者は少なかった。
リサヴィ派?に捕獲された者達の傷が一番重傷であった。
リサヴィはギルマスの部屋に呼ばれ、不正合格者の捕獲に協力した事を感謝された。
その後、サラはギルマスに懇願された。
「あの能力は二度とうちのギルドでは使わないでくれ」
サラは憮然とした態度で否定する。
「私にそんな能力はありません」
「わかったから二度とうちのギルドでは使わないでくれ」
「……」
ギルマスは全く信じていないようだった。




