502話 ラグナ使いのクズ、現る?
サラ達の耳にクズ達が作る輪の外から冒険者達の呑気な声が聞こえた。
「腹減ったな。おい、誰か飯買って来てくれないか。軽いもんでいいからよ。駄賃弾むぜ」
「俺、トイレ行きたいな」
「我慢しろって。下手な芝居より面白いし、“再公演”はないぞ」
どうやら彼らはリサヴィとクズ達のやり取りを楽しみ、観客気分を味わっているようだった。
それはともかく、
「俺の話を聞かねえと後悔すんぞ!」
新たなるクズがサラの前に現れた。
サラは声に出すのも面倒になり、そのクズに向かって、しっしっ、と追い払う仕草をする。
しかし、クズには通じなかった。
「そう邪険にすんなって。俺はな、こいつらクズとは違うんだ!」
またも自分だけはクズではないと思っていたようだ。
当然、周りのクズから「ざけんな!」と罵声が飛ぶがクズは気にしない。
「ぐふ、お前もクズだぞ」
すぐさま、ヴィヴィのツッコミが入る。
「黙れ!棺桶持ちが!」
「ぐふぐふ」
クズはサラに今までのクズと同様、デカい態度で交渉を持ちかける。
しかし、それは悪手の中でも最悪手であった。
「俺はなあ、ラグナが使えんだ!」
そう言ったクズの顔はやっぱりなんか誇らしげだった。
そのクズに真っ先に反応したのはリオだった。
「ほんと?」
今まで会話どころか、身動きすらろくにしていなかったリオが初めてこの茶番劇に参加したのだった。
「おう!リッキー……、いや、リオ、だったか?まあ、なんでもいい。俺はな、ラグナが使えんだ!お前と違ってな!」
「そうなんだ」
リオの顔は珍しく無表情ではなく、ほんの少し感情が面に表れていた。
好奇心である。
「おう!」
クズはリオの問いに自信満々に腕を振り上げて答える。
もちろん、嘘である。
しかし、そんな素振りを全く見せずに続ける。
「サラ、わかっただろう?俺が勇者の資格があるってよ!もうパーティに入れるしかないだろうがよ!」
「じゃあ、見せてよ」
そう答えたのはまたもサラではなく、リオだ。
「ただじゃあ見せられねえぜ!」
そこで言葉を一旦切ってから続けた。
「まずは俺をパーティに入れろ!そんでいくつか依頼をこなしてだな、お前らの働きによっては見せてやってもいいぜ!」
その間、自分は何もしないと堂々と宣言したのであった。
ちなみにクズは嘘をつき続けるつもりはない。
その間にラグナを身につけるつもりだった。
当てなどないが自分なら可能だと確信していた。
根拠のない自信から来た確信である!
もちろん、そんな言葉を信じるサラではない。
「バカですか」
サラがため息混じりにそう吐き捨てる。
「ざけんな!」
「それはこっちのセリフです。よくそんな嘘が通じると思いましたね」
「ぐふ、お前、いや、お前らはその低い知能でよく今まで冒険者やって来れたな」
「ですねっ」
「ざけんな!」とそのクズだけでなく、周りを囲んだクズも喚く。
「では、今、ここで見せて下さい。あなたが使えるというラグナを」
「ですねっ」
「ぐふぐふ」
「はあ?お前らこそ頭弱くないか?さっき言っただろう。俺のラグナを見たけりゃパーティに入れろってよ!」
どうやら彼は話しているうちに上級クズが持つ“妄想を現実として語る能力”が発動したようで更に大口を叩く。
「そもそもだな、俺のラグナは凄えんだ!こんなところで使ってみろっ、こんなオンボロギルドぶっ飛んじまうぞ!がははは!」
サラ達が呆れているとリオがボソリと呟いた。
「じゃあ、力尽くで使わせよう」
「リオ?」
サラはとても嫌な予感がしたが、サラが止める前にリオがそのクズの前に立った。
「お?」
クズは自分の妄想に浸ったまま偉そうな態度でリオを見る。
次の瞬間、クズが床に転がった。
遅れて腹を押さえて悲鳴を上げる。
リオがクズの腹を蹴ったのだ。
そのスピードは文字通り目にも止まらぬ速さで、クズ達の多くは何が起きたのかわからなかった。
気づいた時にはクズが床に転がっていたのだ。
苦痛に顔を歪ませ腹を押さえるクズが助けを求めるようにサラを見た。
サラの見る限り、クズは内臓破裂を起こしている可能性が高かった。
このまま放置すれば死ぬだろう。
「リオ!やり過ぎです!」
サラの言葉でクズ達はリオがクズに攻撃をしたのだと理解した。
理解はしたがリオがいつ攻撃をしたのか全くわからず、皆怯えた表情で後退した。
リサヴィを囲んでいたクズの輪が広がる。
サラが治療魔法をかけようとした時、リオの声がした。
「邪魔するな」
静かな、感情のこもっていない声だった。
サラはその声に逆らえなかった。
いや、違う。
発動しようとした回復魔法、ヒールが“消えた”のだ。
(なっ!?マジックキャンセル!?)
マジックキャンセルは魔法を無効化するものだ。
これは魔法だけでなく魔道具などを使用したものもあるが、今この場で魔法が使われた様子もそんな魔道具も見当たらない。
かつてリオがヒールをレジストした時のことがサラの脳裏を過った。
(まさか、アレが他人にも出来る!?もしそうならそれは耐性なんかではないわ!魔法よ!?)
サラは必死に動揺を隠しながらリオの顔を見る。
その顔からはほんの少し覗いていた好奇心は消え、無表情に戻っていた。
いや、心なしか怒っているようにも見えた。
その表情からでは何かしたのか判断できなかった。




