497話 文盲の冒険者
「ぐふ。ところでサラ」
「なんです?」
「もう能力は止めているのだろうな?」
「止めるも何もそんな能力はありません!」
「ぐふぐふ」
「わっ、わたしはっ本当にないですからねっ!わたしはっ!」
「おいこら!」
リサヴィ入りを望む者達は同じパーティではなくとも知らぬ仲ではなかったらしい。
もしかしたら先のクズ集団プライドのようなものに所属していたのかもしれない。
それはともかく、彼らはリサヴィそっちのけで互いの足の引っ張りあい、「お前はあんな事をした」「お前こそあんな事した」などと卑劣な行為の暴露合戦を始めた。
その内容は聞くに耐えない、まさにクズにふさわしいものであった。
クズ達はマウントを取ることに夢中ですっかり忘れているようだが、ここはギルドの中であり、他の冒険者をはじめ、ギルド職員もしっかりと彼らの悪行を聞いていた。
もう彼らの運命は決していると言ってよく、サラとしては後のことはギルドに任せて去ってもよかったのだが、リーダーであるリオに出て行く気配がない。
サラはギルドの思惑も気になったのでしばらく様子を見ることにした。
そんな彼らの暴露合戦の中で耳を疑う発言が飛び出した。(それまでも十分耳を疑う発言はあったが……)
「てめえはろくに文字が読めねえだろうが!」
傍観していたサラ達は、流石にそれはないだろう、とその者の顔を見ると酷く動揺していた。
どうやら事実のようだと悟る。
冒険者入会試験には筆記試験があるので冒険者が文字を読めないはずはない。
では何故文字が読めない者が冒険者になれたのか。
答えはひとつ。
その者は不正をして合格したということだ。
字が読めない事をバラされた冒険者が反撃に出る。
「そ、そう言うてめえだって前まで読めなかっただろうが!」
「はっ!いつの話してんだ!?もう俺は依頼書を一人で読めるぜ!」
冒険者として至極当たり前の事をまるで偉業を成し遂げたかのように言ったその者の顔はとても偉そうだった。
「読めても書けねえだろうが!」
「う、うるせえ!」
驚くべきことに文字が読めない者は彼だけではなかった。
リサヴィの周りに殺到して来た者達のほとんどがまともに文字の読み書きが出来ない、今は読めても入会試験の時には読めなかった者達であった。
もうおわかりであろう。
この者達は不正して冒険者になった者達であった。
サラは彼らの会話から先日ギルドで依頼を受ける時に書かされたアンケートの事を思い出していた。
その際にモモの言った言葉が思い出される。
「サラさん達には関係ないんですけど決まりなので」
そのアンケートは大した事は書かれていない。
ただ、その設問が一人一人異なっていた事を不思議に思っていたが、彼らの会話からギルドがアンケートを実施した真の狙いに気づいた。
「ぐふ。あのアンケートは不正合格者の炙り出しだったのだな」
サラと同じくしてヴィヴィも気づいたようだ。
「そのようですね」
サラ達の推測通り、このアンケートは読み書きができるかを確認するのが真の目的であった。
このアンケートに見せかけた識字試験を始めたのはある輸送隊からの苦情が発端であった。
冒険者でありながら文字を読めない者達がいると言うのだ。
しかも、契約書が読めないどころから契約も守る気がないと堂々と言い放ったというのだ。
冒険者ギルドのグラマスであるホスティはこの話を聞いてすぐにマルコの不正を思い出した。
すぐさまその真偽を確認するように全ギルドへ指示した。
その後、その冒険者達が立ち寄ったギルドから本当に文字の読み書きが出来ないとの連絡を受けて彼らに即退会処分を下したのだった。
だが、話はそれで終わらなかった。
補佐官のシージンから文字が読めない冒険者の話を最近よく耳にすると聞いたのだ。
その中には新米冒険者、つまりFランク冒険者もいるという。
流石にその者達が現在の更生したマルコで冒険者になったとは考えられない。
ホスティは不正合格した者を調べるためにアンケートと称して抜き打ちの識字試験を行うよう全ギルドに通達したのだった。
アンケートは冒険者毎に異なった設問を書いた紙を渡し、その答えを記入してもらうというものだ。
設問はすべて本部で考えたものでその種類は軽く百を超える。
一日に同じ設問を出さないよう、少なくともパーティで同じ設問を出さないようにすることでカンニング対策をした。
文字がろくに読めない冒険者達はそれに気づかず他の者の回答を真似て書く者がいた。
まともに字をかけない者の中には新たな文字を創造している者もいた。
まだコバンザメ、いや、事後依頼を禁止していないギルドでクズ行為を行なっていたクズ達の中には意気揚々と寄生したパーティと共にカウンターに向かい、事後依頼を主張した時に初めてアンケートの事を知り、慌てて逃げて行くというような醜態を晒した者達もいた。
このアンケートの事を知り、不正合格した冒険者達の中でも今だに読み書きが出来ない者達は焦った。
今まではパーティ内に一人でも文字が読める者がいれば問題ないと思っていたからだ。
カンニングしようにも一人一人設問が違うとわかり、ギルドの不正合格者排除の本気さがうかがえる。
そこでクズ達は大きな決断をした。
文字が読めない者をパーティから追い出したのだ。
例え力があっても同じパーティであることで巻き添いを食ってはたまらないと。
もちろん、建前は「アンケートに答えない者は依頼を受けられない」と言う理由だ。
こうして読み書きがろくに出来ないクズ達があぶれた。
流石に今から文字を覚えるのには全く時間が足りないし、そんな努力をする気も毛頭ない。
ではどうするか?
ここでリサヴィである。
彼らはリサヴィがギルドに深いコネがあると信じていたのだ。
だからリサヴィに入れば読み書き出来ないくらい免除してもらえるだろう、と。
クズ達は一途の望みをかけてリサヴィの元へやって来たのだ。
彼らの中に神官や魔術士がいなかったのは職業柄、文字が読めないはずはないからである。




