486話 イスティの正体
宝箱を再配置している犯人は小型ゴーレムだとわかった。
小型ゴーレムの後を追おうにも小型ゴーレムが逃走に使った隠し穴は狭い。
中で待ち伏せされたら逃げ場はないのでサラ達はその穴から追うことはしなかった。
小型ゴーレムが置いていった宝箱をイスティが慎重に調べ、見つかったトラップの解除をした。
今までクズ達に邪魔されてイスティの腕を見るのはこれが初めてだったが、それなりの腕だった。
宝箱の中身は魔法が付加された剣一本と宝石がいくつか入っていた。
おそらく、ダンジョンで命を落とした者の持ち物だろう。
ヴィヴィがそれらをリムーバルバインダーに格納し、探索を再開した。
途中で他の冒険者や傭兵達と出会うことがあったが、幸いにもクズはおらず、争い事が起きる事はなかった。
サラとヴィヴィはイスティにある疑惑を抱いていた。
当初、イスティはサラ達に時折鋭い視線を送ったり、隠れて手帳に何か記入していた。
その際、狂気に迫る笑みを浮かべるときもあった。
サラとヴィヴィはその行動にすぐに気づいたが、今まで泳がせていた。
リオは気づいているのかよくわからないが、少なくともアリスはいつも通りのほほん、とした顔をしており、イスティの行動に気付いていなかった。
だが、今のイスティは記入するのに夢中で周囲に注意を払わなくなっていた。
今回、戦闘が終わってもイスティは何事か書き続けるのをやめなかった。
アリスも流石にイスティの不審な行動に気づいた。
リサヴィの中でリオに次いで空気の読めないアリスはサラとヴィヴィが泳がせていた事に気づかず、深く考えることもなくイスティに尋ねた。
「イスティさんっ、何やってるんですかっ?」
「……えっ?」
アリスの指摘でイスティは自分が大失態を起こしたことに気づいた。
ヴィヴィは観察にも飽きていたので丁度いいとイスティへの尋問を始めることにした。
「ぐふ。イスティ」
「は、はい、なんでしょう?」
「ぐふ。話がある。さっき調べた部屋に戻って話そうではないか」
ヴィヴィの言葉は相談に聞こえたが、実質命令であった。
「……わかりました」
イスティは素直に従った。
そして部屋に入るなり早速ヴィヴィが尋問を始める。
ちなみにたった一つの入り口の前にはサラが立っており、まず逃走は不可能に見えた。
「ぐふ。お前は私達に隠していることがあるな」
「な、何のことでしょうか?」
イスティは笑顔を見せつつも額から汗がつつつ、と流れ落ちる。
「私達はあなたが何者か見当がついています。素直に白状した方が身のためです」
皆の視線を浴びてイスティは観念したような表情を見せる。
「……どうやら皆さん、すべてお気づきのようですね」
「ぐふ」
「「「……」」」
「わかりました。お話ししましょう。でも一つ約束して下さい。今から話すことは絶対に他言無用だと」
「……ぐふ」
「話によります」
「ですねっ」
イスティは「皆さんの事を信じます」と前置きしてから言った。
「ご推察の通り私は……私があの有名な流れの覆面劇作家、ぽんぽんです!」
そう言ったイスティの顔はどこか誇らしげであった。
「「「……」」」
サラ達は一瞬沈黙。
そして、各々が驚きの声を上げる。
「はあ!?」
「えっ!?」
「ぐふ!?」
「ん?」
サラとヴィヴィはストーカーカリスに近づいて来たのが吟遊詩人だという話からイスティを疑っており、これまでの挙動から確信していたのだ。
イスティは皆の驚く顔を見て悟る。
「あ、バレてなかったんだ」
と。
再び嫌な沈黙が訪れる中でイスティが控えめに尋ねる。
「……あの、皆さんは私を誰と勘違いしていたのでしょうか?」
「……ぐふ。まあ、そういうこともある」
「そうですね」
「で、ですねっ」
アリスは状況が理解できないまま何となく合わせる。
そしてリオは「そうなんだ」とどうでもいいように呟いた。
サラは気を取り直してぽんぽん、いや、イスティを責め始める。
「“鉄拳制裁”もそうでしたが、“世直し冒険者達”も酷すぎます」
その言葉にイスティは納得いかなかったようだ。
「ちょっと待って下さい!“鉄拳制裁”は皆に名作と呼ばれているんですよ!」
「そんな事は知りません。私達モデルの扱いが酷すぎます。あの演劇のせいで私がショタコンだと広がりました」
「魅力あるキャラにするためには多少誇張するのは仕方がないことなのです!」
そう言ったイスティの顔には全く反省の色はなかった。
「誇張も何も私はショタコンではありません!」
「それについては謝罪します。聞いた話を鵜呑みにした私が悪かった事は認めますが“鉄拳制裁”が名作である事は間違いありません!」
「……」
サラが頭の中でイスティを“どの程度の力”で殴るかで悩んでいると、イスティは新たな事実を告げた。
「それと、一つ訂正させてください」
「何をですか?」
「“世直し冒険者達”を書いたのは私ではありません。私の弟子、いえ、元弟子が書いたものです」
「弟子、ですか」
「ええ、しかも“ぱんぱん”なんて人をバカにしたようなペンネームを名乗ってね!」
「いや、あなたの“ぽんぽん”も似たようなものですよ」と口から出かかったが話が逸れていきそうなので堪える。
「私は“鉄拳制裁”という最高傑作を生み出して燃え尽きてしまっていました。一時は引退も考えた程です」
「すみませんが、あれを最後にはしてほしくないです」
「ありがとうございます。ファンの言葉はありがたいですね」
「そういう意味ではありません」
サラの言葉はイスティには聞こえなかったようだ。
「そんな時でした。一人の美女がどうやって私の正体を知ったのか、弟子になりたいとやって来たのです」
尋問しているはずのリサヴィが愚痴の聞き役になってしまう。
相当溜まっていたのだろう、イスティの勢いは止まらない。
「しかし!あれだけ私を慕っていたにもかかわらず、あの演劇が人気になるとすごい調子に乗ってですね、『ああ、師匠って実は大したことなかったんですね』なんて言って出て行ってしまったんですよ!酷いと思いませんか!?」
「はあ」
「大体、あの演劇のもとになった話は私が集めた情報だったのです。それをあいつは私の許可なく勝手に使ったのです!」
「ぐふ、弟子とはいえ、信用しすぎたな」
「あ、あれは不可抗力だったんです!あの情報は彼女に見せる気はなかったのです。それを、私が資料を整理しているときに……」
イスティが顔を赤くしてボソボソと小さな声で何事が呟いた。
それを見てヴィヴィが冷めた目で、と言っても仮面で見えないが、言った。
「ぐふ、ハニートラップに引っかかったか」
「うっ……」
イスティが沈黙する。
「盗賊がトラップに引っかかったんだ」
リオの呟きにイスティが必死に反論する。
「リオさん!あれは仕方ないです!彼女はすごく美人なんです!そんな彼女が下着もつけず下半身丸出しで迫って来たら誰だって理性を失います!」
「疑いようのないハニートラップですね」
「ぐふ。最初からお前の持つ情報が狙いだったのだろうな」
「ですねっ」
女性陣の痛い視線を浴びてイスティは強引に話を変える。
「と、ともかく!元弟子のその言葉で私の心に火がついたんです!あの名作“鉄拳制裁”を超えるものを作ってやろうと!それで初心に戻り自ら取材をしようとリサヴィの皆さんに同行を求めたのです」
「冒険者なら他にもいるでしょう」
「ですねっ。わたし達より上にはっB、A、Sがいますからっ」
「ダメです。私が魅力を感じているのはリサヴィなのです!」
「はあ」
「面倒くさいのに気に入られたな」とサラはため息をついた。




