482話 演劇「世直し冒険者達」 その2
サラ達が観る演劇”世直し冒険者達“だが、“鉄拳制裁”を演じていたランの所属する旅劇団とは別の劇団だった。
ストーリーは偶然、商隊の護衛をする事になったパーティ、レセヴィアがいろんな事件に巻き込まれていくもので、リサヴィがベルダまでウーミ達の商隊の護衛を行った時の出来事をもとにしているようであった。
リサヴィをモデルとしたレセヴィアのパーティ構成は以下の通りである。
リーダーの戦士レオン、
神官戦士セラ、
魔装士ヴィンセント、
そして神官アンリエッタの四人からなる。
リオをモデルにしたレオンは美形の若者であらゆる武器の使い手だ。
ショタではなく、今のリオよりやや歳上の設定であった。
サラをモデルにしたセラは“鉄拳制裁”のサーラとは名前が異なり別人のように思えるが類似点がいくつかある。
例えば、“鉄拳制裁”と同じ神官か武闘家かわからないような服装をしているし、時折、「ショータ、元気でいるかしら」と呟やいたりしてショタコンをアピールし、サーラと同一人物を匂わす台詞があるのだ。
ヴィヴィをモデルにしたヴィンセントはカルハン製の第二世代魔装具を装備しており口癖はヴィヴィと同じ「ぐふ」だった。
この役者は実際に魔装士らしく戦闘シーンではリムーバルバインダーを実際に操作して活躍する。
操作技術はヴィヴィ本人とは比べ物にはならないが、それでも中々の腕前だった。
このヴィンセント役だけ美男美女のダブルキャストでどちらが登場するかは実際に観るまでわからない。
アリスをモデルにしたアンリエッタは美少女だが、おっちょこちょいで少し抜けた、頭の弱い神官として登場する。
“鉄拳制裁”でお笑い担当だった魔装士とショータの役割を一人で担っているようで、所々でボケをかまして観客の笑いを誘った。
ちなみに一緒に護衛をしたリトルフラワーは尺の都合か登場しない。
最初の見せ場は商隊がBランクの魔物キラーザムに襲撃されるところだ。
このキラーザムの作り物は見事で本物のような出来であった。
このキラーザムを相手にレオンが一人で戦う。
華麗に舞い、双剣を操りながら十分余力を残して倒す。
この後、街を包囲した魔物との戦いが起きる。
この戦いでレオンはモデルのリオと同じくポールアックスを使って戦い、魔物を追い払うのだ。
これを観たサラ達はあの商隊の誰かが情報を漏らしたのだと確信する。
戦いに参加したメンバーだが、リトルフラワーが登場しないためかレセヴィアの四人で戦うことに変更されていた。
そして街を支配していたクズ集団ブレイブとの戦いが起きる。
言うまでもなく、この集団のモデルはクズ集団プライドである。
プライドは自らをクズだと思っていなかったようだが、この演劇では分かりやすくするためだろう、自ら「クズ集団」と名乗っていた。
クズ集団ブレイブの頭が所属するパーティはサラとアンリエッタ欲しさにレオンを亡き者にしようと不意打ちを仕掛けて殺そうとするがあっさり返り討ちにあって殺される。
これは事実と異なるがその方が面白くなると思ったのだろう。
頭を失ったクズ集団ブレイブは崩壊し、街は内外共に解放されるのだ。
先の演劇、“鉄拳制裁”は最後にみんなで“無能のギルマスが!”と叫ぶのが売りであったが、この“世直し冒険者達”にもそのようなものが用意されていた。
頭を失ったクズ集団ブレイブの残党は身の危険を感じ、レオンの配下に加わろうとするが見事に断られ、レオンに殺されると思いその場から逃げ出す。
この時、クズ冒険者に扮した役者が思い思いのあほ面を晒して逃げ出すのだ。
観客を楽しませるためにスローモーションで退場して行く。
この時に観客も皆、あほ面をするのだ。
もちろん、恥ずかしがってやらない者もいるが子供には大受けであった。
冒険者達の多くはクズ集団ブレイブのモデルがベルダに巣食っていたクズ集団プライドだとすぐに気づいた。
それによりベルダを包囲していた魔物を撃退した謎の冒険者達がリサヴィだったと皆に知れ渡ることになった。
今までの話からこの演劇は冒険活劇に思えたかもしれないが、実は恋愛要素も含んでいる。
それも物語が途中で分岐し、レオンと結ばれるヒロインが変わるのだ。
誰と結ばれるかはヴィンセントの性別と同じく実際に演劇を観るまでわからない。
具体的に結ばれるパターンは、
レオンとセラ、
レオンとヴィンセント(女)、
レオンとヴィンセント(男)、
レオンとアンリエッタ、
全員、
の合計五種類存在する。
ちなみにハーレムエンドの時のヴィンセントは女性限定である。
男性には文句なしにハーレムエンドが人気だった。
今回、サラ達が観た時はヴィンセント(男性)エンドであった。
ヴィヴィはアリスから強い視線を受けたが気づかないふりをした。
微妙な空気の中(リオはいつもと変わらない)、劇場を出たところで声をかけられた。
「リサヴィの皆さんじゃないですか!」
「ラン!?」
そう、それは“鉄拳制裁”でサラをモデルにしたサーラ役を演じたランだった。
「はい!お久しぶりです!」
「どうしてあなたがここに、って聞くまでもなかったですね」
「うん、僕もこの演劇を観に来てたんだ」
「そうですか」
「あっ、もし時間があれば少し話せないかな?」
サラは誰からも反対がなかったのでランの誘いをOKすると近くの店に入った。
軽い食事を頼んだ後でランが話を始める。
「あのサラ役、じゃなかったセラ役はなかなか上手かったよね。僕もサラに成切った自信があったんだけど」
「いえ、どちらも本当の私には程遠いですよ」とサラは心の中でつぶやく。
「にしてもあれは失礼ですっ。わたしが頭弱いみたいじゃないですかっ!」
アリスがプンプンする。
アリスをモデルにしたアンリエッタは事あるごとに頭が弱そうな発言をして観客の笑いを誘っていた。
「ぐふ。それはともかく、私の役はどうかと思うな。私は同性愛者ではない」
アリスの文句をさらりと流してヴィヴィが言った。
「わたしの役もですねっ!」
「それはともかく、私はまたもショタコン扱いされて大迷惑です。この劇作家は私に恨みを持っているとしか思えないですね」
アリスの文句をさらりと流してサラが言った。
「わたしの役もですねっ!」
ランが空気を読んで?アリスの事には触れず脚本の感想を述べる。
「モデルのサラ達は思うところがあるみたいだけど、脚本としてはよくできてると思うよ」
「そうですね。登場人物と無関係であれば楽しめたでしょう」
「そうなんだ」
「でもリオさんはそのままでしたよっ。かっこよかったですっ!」
「そうなんだ」
「わたしだけっ、うっかりで頭が弱いって設定ってあんまりじゃないですかっ!?」
「「……」」
皆が沈黙するが構わずアリスは続ける。
「サラさんやヴィヴィさんはっ本人を忠実に再現してるのにっ……って痛いですっ」
「ところで今日観に来たのはランだけですか?」
「うん」
「ぐふ。お前の劇団はいいのか?」
「それなんだけどね……」
ランがちょっと沈んだ表情になって言った。
「今、“鉄拳制裁”の上演は中止してるんだ」
「ぐふ?中止?終わりではなくてか?」
「うん。確かに以前に比べれば客足は減ったよ。この“世直し冒険者達”が上演されたこともあるだろうけど、それでもまだまだ行けると思ったんだ。だけど……」
ランがリオを見た。
その視線に気づき、リオが首を傾げる。
サラがリオの代わりに尋ねる。
「リオがどうかしましたか?」
「実は一部から苦情が来ているんだ。……リオの扱いが酷いと」
その言葉にアリスが大きく頷く。
「確かにっ。あのリオさんは全く似てませんっ。今回のわたしの役と同じくっ」
「それはともかく、確かに私もショタコンではありませんから苦情が来ているのではありませんか?」
「え?それはないよ」
「そ、そうですか……」
「ぐふ!」
サラはヴィヴィが笑ったと気づき睨みつける。
ヴィヴィはその視線に気づかぬ振りをしてランに問う。
「ぐふ。もしかして“リサヴィ派”か?」
ランが驚いた顔でヴィヴィを見た。
「よくわかったね……って、まさか……」
「私達は無関係です」
「そ、そうだよね。楽屋まで応援に来てくれたくらいだしね」
「「「「……」」」」
サラは抗議をしに行ったのだが、いまだにランが知らないところをみると団長は真相を墓場まで持って行く気なのだと察する。
「ぐふ。もう十分もとはとったのだろう?そろそろ新しい劇をやったらどうだ?」
「あ、うん。もちろん、それも考えてるんだけどさ、あれだけ大成功しちゃうとさ、次も成功させないとっていうプレッシャーもあってなかなか次を選べないんだ。だから、この“世直し冒険者達”は是非僕達の劇団でやりたかったなあ」
そう言ったランは本当に悔しそうな顔をしていた。
気分を変えるためかサラが今回のカップリングに対する不満を口にする。
「エンディングが複数あるというのは画期的ですが、あれはちょっと……私は苦手ですね」
その言葉にアリスが乗ってきた。
「ですねっ!あのエンドはないですっ。なんで男同士なんですかっ」
「まあ、確かに今回のは人を選ぶね。けど、ああいうのが好きな人が一定数いるのも確かだからね」
「ぐふ。そうみたいだな」
ランがチラリとヴィヴィを見るが仮面でどんな表情をしているのかは読めない。
「ところでこの劇のエンディングだけどいくつあるか知ってる?」
「ぐふ、五つではなかったか?」
「そう言われてたけどね、もう一つあるらしいんだ」
「えっ?他にあるんですかっ?あっ、誰とも結ばれないとかっ?」
「それが違うんだ。……それは覇道エンドと呼ばれてるんだけど」
ランの話によると一見、ハーレムエンドで終わるかに見えるのだが、更に続きがあった時があったらしい。
カーテンが下り、皆が帰ろうと席を立った時に舞台の中央にスポットライトがついたのだ。
何事かと観客が慌てて席につき直し見守っているとレオンが一人で舞台に登場し、劇中では一度も見せたことのない影ある笑みを浮かべて一言呟くのだ。
「下等生物ども、せいぜい俺様の道具として役に立て。……“あのお方”が月より降臨するその時までな」
それだけ言うとそのまま去って行くのだそうだ。
「あのお方?」
サラの問いにランが頷く。
「そう言ってたらしい。実際に観たのは僕じゃないから言い回しとか間違ってるかもしれないけどそんな感じの事を言ってたらしいんだ」
「ぐふ、『下等生物ども』とは私達、人間の事か?」
「さあ?」
「続編の宣伝ではっ?」
「そう思うのが普通なんだけど……」
「なんです?」
「実はこれ、脚本にないらしいんだ。それにね、その言葉を発したレオン役や舞台装置を動かした人達もそのことを全く覚えていないらしいんだ」
「「「「……」」」」
サラは無意識にリオを見たが、リオはいつも通り何も考えていないようだった。




