48話 コスモシオンの魔導書 その1
昼食を済ませたナックがリュックから大事そうに一冊の本を取り出すのがサラの目に入った。
サラはナックが読む本という事ですぐにいかがわしいものだと思った。
どんな時代、世界でも需要がなくならないものである。
サラはナックと目が合い、すぐに視線を外したが、ナックはその動きからサラが何を考えているのか悟った。
「あれー?サラちゃん、もしかして俺が変な本読むと思ってる?」
「別にあなたがどんな本を読もうと人に迷惑をかけない限り自由です」
「あー、やっぱり誤解してるな。俺が読もうとしてるのはこれだぜ」
そう言って、本を掲げる。
サラは多少興味があったのでチラリとその本の表紙を見た。
表紙は真っ黒で題名も何も書かれていなかった。
「……もしかして魔導書、ですか?」
「その通りだサラちゃん!」
サラの隣にいたカリスのムッとした顔がナックの目に入る。
(声を掛けただけで何嫉妬してんだよ。そもそもサラちゃんはお前の彼女でもなんでもないだろ)
ナックはカリスの過剰過ぎる反応がちょっと不安になる。
誰も言わないが、カリスがサラのストーカーになるつつある事にカリス本人とリオ以外が気づいていた。
サラはカリスの態度に気づかなぬ振りをしてナックとの会話を続ける。
「あなたでも勉強することがあるんですね」
「酷いなあ。俺だって勉強するぞ。実は俺、『コスモシオンの魔導書』の原本を探しているんだ」
印刷技術が発達していなかった時代の本は一冊一冊、手書きで写していくしかない。
そのため誤植された本も少なくない。
中には意図的に原本から削除、あるいは書き換えられたものも存在する。
その一つがコスモシオンの魔導書であるといわれている。
コスモシオンの魔導書の原本についてはある言い伝えが残っていた。
今では失われた強力な魔法が原本には記されていたと。
その魔法とは空から隕石を降らせる攻撃魔法とも、どんな傷、病気も一瞬で治せる治癒魔法ともいわれている。
「コスモシオンの魔導書ですか。それなら私も聞いたことあります。確か、その本には今では失われた魔法について書かれているとか」
「お、サラちゃんは物知りだね」
「しかし、それはあくまでも噂で実はコスモシオンの魔導書自体作り話で、実在しないとも言われていますよね?」
「まあな。だが俺はあると信じてる。ちなみにこれはその写本の写本だといわれているものなんだぜ」
「つまりそれはコスモシオンの魔導書の写本という事ですか?」
「ま、そう言う事になるな。それでも手に入れるの大変だったんだぜっ」
ナックの顔はどこか誇らしげだった。
「ナック、少し見せてもらってもいいですか?」
「お?神官なのに魔導書に興味あるのか?」
「ええ」
確かに興味があるのは事実だが、それ以上にカリスが話しかけてくる度に肩や腕をなどを触ろうとして鬱陶しかったのでカリスから離れる口実を探していたのだっだ。
「いいぜ。他の人の意見も聞いてみたかったところだ」
ナックがあっさり快諾するが、言い方が気になった。
「意見ですか?それはどういう意味です?」
「見ればわかる」
「そうですか」
サラが立ち上がるのとほぼ同時にヴィヴィが立ち上がった。
「ぐふ。ナック、私も興味がある。見せてもらっていいか?」
「おおっ、いいぜ。その代わり素顔見せてくれっ」
「……」
ヴィヴィはその言葉を聞いてその場に座り直し、拒否を態度で示す。
「って、冗談だよ冗談。ヴィヴィも見ていいぜ。そんで是非意見を聞かせてくれ」
ナックの周りに“三人”が集まる。
三人目は呼ばれもいないカリスである。
サラの後にカリスもついて来たのだ。
サラ、脱出失敗であった。
ナックから魔導書を受け取ったサラがページをめくる。
「全然読めねえぞ」
サラの横に陣取って魔導書を覗きこんでいたカリスが文句を言った。
ナックが呆れ顔をする。
「そりゃ魔導書だからな。魔術をかじったことがないと読むのは無理だぞ」
カリスがちっ、と舌打ちしたものの、サラのそばから離れる様子はない。
「サラは神官だろ。魔導書読めるのか?」
「ええ、多少は」
魔導書に目を向けたまま、カリスの問いに答える。
「なあ、サラ、これは何が……」
「すみませんカリス、質問はナックにお願いします。この魔導書以外の事なら後にして下さい」
サラの素っ気ない返事でカリスは黙り込んだ。
どうやら魔導書についての話ではなかったようだ。あるいはサラと話をしたかっただけだったのかもしれない。
全く場違いであるにも拘らず、カリスはサラのそばから離れる気は全くなかった。
ローズはカリスの露骨なサラへのストーカー行為に呆れ顔をし、何か言いたそうにしていたが、結局、何も言わなかった。
サラはカリスが正直鬱陶しかったが、話しかけて来なくなっただけマシと自分に言い聞かせて魔導書に集中する。
「ヴィヴィ、あなたはコスモシオンの魔導書のことをどう思いますか?」
「ぐふ。私も存在すると思っている。この魔導書が写本かどうかはわからないがな」
「そうですか」
サラは軽く一通り眺めるとヴィヴィに渡した。
そしてナックに尋ねる。
「ナック、この魔導書ですが、私にはとても難解です。ほとんど読めませんでした」
その言葉を聞いてナックが目を輝かせる。
「お?ほとんど、っていう事は少しはわかるところがあったって事か!?」
「え?ええ、本当にほんのちょっとですが」
「どこだ!?どこが読めた!?教えてくれ!」
「落ち着いてください、ナック。あなたも全部は読めていないのですか?」
「ああ、恥ずかしながらな。この文字は普通のルーン文字じゃないだろ。知らない文字がそこらじゅうにあるしな」
「そうですね」
「なあサラ、ルー……」
「ヴィヴィ、あなたはどうですか?」
サラはカリスの言葉を遮ってヴィヴィに尋ねる。
呼ばれたヴィヴィは無言で素早いスピードでページをめくる。
「おいっ無視すんなよ!」
カリスがイラついた様子で思わずサラの肩を掴む。
「どうしました?」
サラが不機嫌そうな顔でカリスを見た。
その顔を見て逆にカリスが焦り出す。
「い、いや、そのだな、ルーン文字?ってのはなんだ?」
「……何故私に聞くのですか?先程ナックに聞いて下さい、と言いましたよね?」
「そうだが、別にサラが教えてくれてもいいだろう?」
カリスはキメ顔で誤魔化そうとするが、サラには全く通じない。
「私は魔術は専門ではありません。間違った事を言うかもしれませんのでナックに聞くのが確実です」
「その時はその時だ」
「時間の無駄です」
「安心しろ。俺は気にしねえ」
カリスはサラにキメ顔で言った。
サラは頭痛がして頭を押さえる。
「……ほんといい加減にしてほしいわ」
「ん?なんだ?よく聞こえなかったぞ」
カリスが笑顔で聞き返す。
サラの呟きはカリスにはよく聞こえなかったが、ナックは口の動きでなんとなくわかった。
それ以上に表情がはっきりと物語っていた。
これ以上、カリスを野放しにするとサラが切れそうだとナックは察した。
「カリス、悪いが魔術の話をしたいんだ。俺達三人にしてくれ」
「なんだと?俺が邪魔だとでも言うのか?」
「はい」
「ぐふ。邪魔だ」
サラとヴィヴィが即答した。
「な……」
「まあ、そういう事だ。悪いな。お前に魔術について一から説明してたら議論が進まない。俺はこのコスモシオンの魔導書の写本をどうしても解読したいんだ。この魔導書には未知の魔法が記述されているかもしれないんだ」
「なあサラ、俺は……」
「カリスは皆のところは戻っていて下さい」
「……」
サラに拒否されたカリスはゆっくりと立ち上がるとナックをひと睨みして元の場所へ戻って行った。
サラは内心ほっとする。
ナックもサラが爆発せずに済んでほっとする。




