478話 ウォルーの逆襲
クズ達はいい匂いで目覚めた。
驚くべきことに彼らは朝まで見張りを一人も立てず全員ぐっすりと眠っていた。
とてもDランクとは、いや、冒険者とは思えない愚行であった。
おそらくリサヴィがいるから大丈夫だと思ったのだろうが、リサヴィの了承を得たわけでもない。
彼らが寝ているうちに出発していたらどうする気だったのだろうか。
一つ言える事は彼らの非常識さは尋常ではないということである。
そんな彼らが揃ってもそもそと起きだす。
クズリーダーが食事をしているサラ達を見て文句を言った。
「おい、飯ができてるなら起こせよ!」
クズリーダーだけではなかった。
「なんで自分達だけ先に食うんだ!?」
「気がきかない奴らだな!」
「だな!」
次々とメンバーが文句を言い出したのだ。
彼らはリサヴィよりランクが下ではあるが、新米女冒険者達よりは上である。
彼らは朝飯を新米女冒険者達が作ったと思っており、ランクが上である自分達の分も当然作っていると何故か信じて疑っていなかったのである!
「スープには肉が入ってんだろうな。俺は朝からガッツリ派なんだ。入ってないなら今すぐ入れろ。そんくらいは待ってやる」
「俺もだ。あ、俺のは肉大盛りで頼むぞ」
「俺はパン二個な」
「俺は柔らかいパンがあれば頼む」
クズ達が朝飯に好き勝手な注文をつけながらサラ達のスペースへと近づく。
そして、クズリーダーが一歩足を踏み入れた。
瞬間、クズリーダーの体が宙を舞った。
ほぼ同時に足を踏み入れたクズ戦士が同じく宙を舞った。
彼らはバンザイしながらくるくるくる、と回転して(ちなみにクズリーダーが右回転でクズ戦士は左回転だ)地面にぼてっ、と落ちてあほ面晒して気絶した。
言うまでもなくやったのはヴィヴィだ。
ヴィヴィはクズ達が自分達のスペースに踏み込んだ瞬間にリムーバルバインダーを叩きつけたのだった。
クズ盗賊が怯えた表情をしながらもヴィヴィを睨みつける。
「て、てめえ!いきなり何をしやがる!?」
「ぐふ。私達のスペースに入るな、と言ったはずだ。入れば攻撃するともな」
「ざ、ざけんな!俺らはただ朝飯を……」
「ぐふ、お前もか」
「へ?」
クズ盗賊は知らずリサヴィ達のスペースに足を踏み入れていた。
「ちょ、ちょま……ぐへ!?」
クズ盗賊もバンザイしながら宙を舞う。
くるくるくる、と回転し、ぼてっ、と落ちてあほ面晒して気絶した。
たった一人、唯一リサヴィ達のスペースに踏み込まなかったクズ魔装士が怯えた顔で慌てて後ろに下がった。
「ぐふ。お前も二度寝したくなかったら、そこでじっとしていろ。間違ってもそのクズ達を起こすな」
コクコクコク、とクズ魔装士は何度も頷いたあと控えめに尋ねてきた。
「そ、それで俺の朝飯はここで待ってればいいのか?ここまで持って来てくれるのか?」
その問いに答える者はいなかった。
クズ魔装士は同じ質問を五回繰り返して一度も返事がなかったことでやっと自分達の分がない事を悟った。
サラ達はさっさと食事を済ませ、クズ達が気絶している間に出発した。
唯一無事だったクズ魔装士が情けない顔で(と言ってもほとんど仮面で見えないが)見送る。
いや、「置いて行かないでくれ!」と叫んでいたような気がしたが皆気のせいにした。
そしてクズ達の姿が見えなくなるのを確認して森へと方向を変える。
その行動に新米女冒険者達が驚いた顔をする。
「あの……」
「森を横断します」
「クズ対策ですねっ」
「「「ああっ!」」」
「ぐふ。森をまっすぐ突っ切ればまた街道に突き当たる。まあ、ショートカットになるかは微妙だがな」
「そうですね。距離は短かくなりますが歩きにくいですし、魔物との遭遇率も格段に上がりますからね」
森をしばらく進んで立ち止まり、サラが新米女冒険者達に言った。
「ここからはあなた達に任せます」
「「「はい!」」」
新米女冒険者達はサラ達がクズ達に睨みを利かせたお陰で昨夜はぐっすり眠れ、戦闘で自信をつけたこともあり緊張しながらも怯えた様子はなかった。
しばらく進んだ所で後方から悲鳴のようなものが微かに聞こえた。
新米女盗賊がその場に止まるように指示して様子を探る。
先ほど聞こえた声はそれ以降聞こえず、少なくとも自分達には影響がないと判断して新米女盗賊は新米女リーダーにOKの合図を送る。
新米女リーダーが頷いて歩みを再開した。
新米女盗賊が聞いた声はあのクズ達がウォルーに襲われて上げた悲鳴だった。
クズ達はリサヴィを利用する事を諦めていなかったのだ。
クズ魔装士はリサヴィ達の姿が見えなくなるとすぐに仲間を起こして回った。
見えなくなるまで起こさなかったのはヴィヴィに脅されたからだ。
実際、しばらくの間リムーバルバインダーがクズ魔装士の動きを監視していた。
クズ達はクズ魔装士から事情を聞き、自分達の朝飯を用意していなかっただけでなく、断りなく勝手に出発した事に激怒した。
どこに出しても恥ずかしくない見事な言いがかりであった。
クズリーダーはすぐ様リサヴィを追いかけることを決断した。
空腹が怒りを増大させ、冷静な判断ができなかったのだ。
いや、訂正しよう。
冷静ならまともな判断が出来る、というわけでもなかった。
何故なら彼らはクズだからである。
最初からまともな思考など持ち合わせていないのだ。
クズ盗賊がリサヴィの痕跡を追う。
そして、彼らが街道を外れて森に入った事を突き止めた。
クズ盗賊はでかい態度で言った。
「俺から逃げきれると思ったのか!バカな奴らだぜ!」
先日、後を追ったパーティに撒かれた者とは思えない発言であったが誰もその事には触れなかった。
彼がリサヴィの痕跡を追えたのは彼が優秀だからではない。
そこそこの技術があれば難しい事ではなかったのである。
サラ達はクズ達に森に入った事がバレてもいいと思っていた。
あの程度の数のウォルーに勝てない彼らの実力では追って来る事はないと判断したからだ。
しかし、その考えは甘かった。
相手はクズなのだ。
彼らは欲に目が眩み、ウォルーに襲われて逃げ出した事実を綺麗さっぱり忘れていたのだ。
リサヴィが何も事もなく通り過ぎた場所でクズ達がウォルーに襲われたのは偶然ではない。
そのウォルー達は昨夜クズ達を襲い、サラ達に追い払われた群れの生き残りであった。
ウォルー達も馬鹿ではなく、自分達の仲間を殺した強者がいるサラ達に攻撃する事はなかった。
仲間を殺された憎しみはあったが、復讐のために全滅覚悟で突撃する考えはなかったのだ。
もし、そのような考えがあるのなら昨夜の戦闘で逃げず最後まで戦っていたことであろう。
勝てない相手と見てサラ達を見送ったのである。
サラ達はウォルーの存在に気づいていたが、向こうに攻撃の意思がないので見逃した。
しかし、クズ達は違った。
ウォルー達はクズ達の臭いをしっかり覚えていた。
戦いもせず逃げ出した弱者の臭いを。
だからウォルー達は躊躇することなく彼らを襲ったのだ。
それも彼らが通り過ぎるのを待って背後から攻撃を仕掛けた。
先ほどデカい口を叩いたクズ盗賊はサラ達を追うことに夢中だったためか、ウォルーの接近にまったく気づかなかった。
気づいた時にはもう手遅れであった。
森からの脱出を塞がれた格好になったクズ達は森の奥へ逃げだした。
クズ達には今回も戦う選択肢はなく、ただ必死に逃げるのみだった。
クズ達はサラ達の名を叫び助けを求めた。
この期に及んでもまだ命令口調であった。
だが、サラ達は助けに来ない。
助ける、助けない以前に彼らとはかなり距離が離れており、彼らの声はサラ達のところまで届かなかったのだ。
だが、クズ達の叫びに応えたもの達がいた。
別の群れのウォルーだ。
クズ達はただの旅人や初心者冒険者のような失態を犯して更なる危険を自ら呼び込んだのだ。
「ちょ、ちょ待てよ!!」
クズリーダーの願いを聞くものはいない。
クズ達にウォルーが殺到した。
新米女盗賊が耳にしたものはクズ達の最後の一人の絶叫であった。
こうしてまたもリサヴィにちょっかいをかけたクズ達が死んだ。
今回も自業自得であった。




