47話 乙女偽証疑惑
「サラ」
サラは声をかけてきたリオが珍しく怒っているように見えた。
(気のせいよね)
「どうかしましたか?」
「サラは僕に嘘をついたね」
その言葉はサラを酷く動揺させた。
魔王となったリオはサラが「裏切った」と言った。
裏切りという言葉ではないがリオのいう嘘が裏切りに繋がっているかもしれないのだ。
サラは努めて冷静に尋ねる。
「なんの事です?私は嘘をついた覚えはありませんが」
「サラはさ、前に自分の事を“乙女”だと言ってたけど違うよね?」
サラの頭は一瞬真っ白になった。
だが、それはすぐに赤く、黒く染まっていく。
当然の事ながらリオはサラの変化に全く気づかず話を続ける。
「サラは自分が乙女だからって僕に八つ当たりしてもいいって言ったよね?」
「……」
「サラ?聞いてる?」
「ええ、聞いてますよ」
サラは笑顔をリオに向ける。その目が全く笑っていない事に当然リオは気づかない。
「それで誰がそんな事を言ったのです?」
「え?だからサラが自分で乙女だって……」
「そこじゃありません。そうではなくてですね」
サラは笑顔を浮かべながらリオに近づく。
リオの頭はともかく体は危険を察したようで、サラから離れようとしたがそれを許すサラではなかった。
気づいた時にはリオはサラにこめかみをぐりぐりされていた。
「サラ、痛いよ」
「そうでなくてはやってる意味がないじゃないですか。でも本当は痛くないんでしょ?」
「そうだけど痛いはずだよ。もしかしてまた八つ当たり?」
「正当な怒りです」
「何が正当なのかな?」
「私を乙女ではないと言ったことへのです」
「嘘なんだよね?」
サラはぐりぐりする指に力を込める。
「もしかして違うのかな?」
「ち・が・い・ま・す」
「そうなんだ」
サラはぐりぐりを続ける。
「わかったから離してよ」
「謝罪はないのですか?」
ぐりぐり。
「ごめん」
その言葉聞いてサラはぐりぐりをやめた。
ぐりぐりから開放されたリオはこめかみをさする。
「それでなんで嘘だと思ったのですか?まあ見当はつきますが」
と、離れたところからこちらの様子を見ていたナックに目を向ける。
「ちょ、サラちゃん、俺は無実だから!」
「では、何故そんな離れたところにいるのですか?」
「絶対サラちゃん、俺が吹き込んだと思うからだ」
「では何故、リオがこんな話をすると知っていたのですか?」
「そ、それは虫の知らせって奴だぜ!」
「……そんな虫の知らせ聞いたことありません」
「そりゃあ、世界は広いからなぁ。サラちゃんが知らないことだってあるさ!」
「……」
「サラは乙女なの?」
空気を読まないことには定評のあるリオが話をぶり返す。
「まだ言いますか」
「ぐふ。心は乙女だと思い込んで言ったに違いない」
サラは新たな発言者、ヴィヴィを睨む。
「あなたもグルですか!私は乙女です!あなたと違ってね!」
「ぐふ。お前のいう乙女とやらは全裸で説教する羞恥心のない者のことか?」
「な、」
「ぐふ。以前、リオに全裸で説教してただろう?」
「何だと!?」
全裸という言葉に反応してナックが驚いた顔をし、当然のようにサラの隣り座って聞いていたカリスが声を上げる。
興奮したナックが猛ダッシュで自らサラの攻撃範囲に飛び込んで来たが、その事に本人は気づいていない。
「不公平だぞ!サラちゃん、俺の時も全裸説教お願います!そしたらしっかり“見る”から!」
「ちょ、そ、それはうっかりです!わざとではありません!」
「うっかりでもそんな事する奴はいないぜ!」
「ぐふ。察してやれ。おそらく神官になる前の“仕事”が影響してるのだろう」
「な……、あなたは一体何を言い出すんですっ!!」
「ごめんねサラちゃん」
ナックがハッとした顔をしたかと思うと申し訳ない表情をする。
カリスはショックで口をぱくぱくさせていた。
「何謝ってるのか知りませんが絶対違います!」
「大丈夫。俺はサラちゃんの過去なんか気にしないよ」
「お、俺もだ!」
ナックの言葉に激しく同意するカリス。
「だから……」
「今は病気持ってないよね……ぐはっ」
ナックはサラの鉄拳をみぞおちにくらい悶え転がる。
次の標的としてヴィヴィを睨みつける。
「ぐふ」
そこへローズが怒鳴り声を上げた。
「さっきから乙女乙女って大声で叫んで恥ずかしい奴だねえっ!」
「……すみません」
サラは納得いかないものの確かに大声で言うような事ではないので素直に謝罪した。
「それだけ元気ならもう休憩はいいんだな。出発するぞ」
ベルフィは呆れ顔をしながら荷物を担いで立ち上がった。
リオは前を歩くナックに疑問を口にした。
「ねえナック、神官が使う魔法と魔術士が使う魔法はどっちがいいの?」
「突然だな。お前はどの程度違いがわかる?」
「攻撃魔法が魔術士に多く、治療魔法は神官に多いんだよね?」
「まあ、間違っちゃいないがそれだけじゃない。てか、今までサラちゃんやヴィヴィに聞く機会あっただろ?」
「今、急に疑問に思ったんだ」
「ったく、しょうがないなあ」
そう言いながらもナックは基本話すのが大好きなので言葉とは裏腹に嬉しそうだった。
「まず大きな違いは魔法の習得方法だ」
「ん?」
「俺のような魔術士は自分で呪文を手に入れて覚える必要があるんだが、神官は魔法を神から授かるんだ」
「どうやって神様から授かるの?」
「聞いた話じゃ突然頭に浮かぶらしい。そうやって授かった魔法は決して忘れないし、呪文を唱えなくても発動する。いいよなぁ。だが魔術士はそうはいかない。正確な詠唱や強力なものになると紋章とかも描かなきゃ発動しない」
「それじゃあ、神官の魔法の方がいいんじゃないの?」
「ふふふ。それがそうとも言えないんだな」
「そうなんだ?」
「考えてもみろよ。魔術士の呪文は魔術士ギルドに所属していれば金で買える。好きな魔法を選べるんだ。遺跡とかで見つかる事もある。だが、神官は神から授かった魔法しか使えない。そしてこれが一番重要なんだが、授かった魔法が“自分の望む魔法”とは限らないんだぜ」
「そうなんだ」
「それに神官になれば誰でも魔法を授かるとは限らないんだ。すぐに魔法を授かる者もいれば何年経っても授からない者もいるらしい」
「そうなんだ」
「な?サラちゃん」
「ええ。そうですね」
「ところでサラちゃんは入信してどのくらいで魔法を授かったんだ?」
「二年くらいですね」
「ほほう」
「それってすごいの?」
「すごい方じゃないか?」
「普通です」
「またまたぁ、優等生だねぇサラちゃん」
「……」
「そうそう、さっき魔術士は好きな魔法を覚えられると言ったが、一番最初に必ず覚えなきゃならない魔法がある。それがメモライゼだ」
「メモライ、ゼ?」
「ああ」
「どんな魔法なの?」
「ずばり、呪文を記憶する魔法だ」
「呪文を暗記するだけ?」
「だけ、とは言ってくれるな。確かにこれ自体じゃなんの効果もない地味な魔法に見えるがとても重要な魔法だぞ」
「そうなんだ」
「例えばだ、魔法にも冒険者と同じようにランクがあるんだが、ランクが高いほど呪文は長いし、紋章を描いたりと魔法を発動させるまでの手順が複雑化する。そんで少しでも違っていたら発動しなかったり思った通りの効果がでないんだ。だが、メモライゼで記憶すれば一言一句間違えず唱えることができる。紋章も描くなどの操作も含めてな!」
「それはすごいね」
ナックがわざとらしく肩をすくめる。
「お前が『すごい』って言っても全然すごく感じないんだよなぁ」
「そうなんだ」
「まあいい!ともかくだ。メモライゼを使用することで他の呪文を暗記してしておく必要がないってことさ。メモライゼが如何に重要かわかったか?」
「うん、わかった」
「ただ、このメモライゼには欠点がある。そのひとつがメモライゼに記憶できる魔法の数には限りがあるって事だ。この数は魔術士の才能や経験によって変わるんだ」
「じゃあ、メモライゼに記憶していない魔法を使う場合は普通に暗記しておくのかな?」
「そうだな。緊急でなければメモライゼの記憶した魔法を入れ替えるか、後は呪文書を直接詠唱するかだな」
「なるほど」
「そして二つ目の欠点がメモライゼの魔法効果は約三十時間ってことだ。その間にかけ直さないとメモライゼに記憶した魔法は失われて一から記憶しなくちゃならなくなる」
「そうなんだ」
「だから酔っ払ったりしてだな、うっかりかけ直すのを忘れるととんでもないことになるってことだ」
「ナックは相当経験がありそうですね」
サラがツッコミを入れるとナックが照れた顔をしてサラを見た。
「それほどでもっ!」
「まったく誉めてませんから」




