466話 リオ先生
リサヴィと新米女パーティがリッキー退治の依頼を受けた村へと向かっていた。
依頼先の村へは徒歩で二日ほどの距離がある。
リッキー退治の依頼を考えるとマルコへ戻るのは早くても六日後となるだろう。
昼過ぎになり、街道脇にあるキャンプスペースで昼食を取ることにした。
新米女パーティが昼ご飯を作ると申し出たがアリスが断った。
「リオさんに任せておけば大丈夫ですっ!」
そう言ったアリスは自分が作るわけでないのになんか誇らしげだった。
料理ができるまで新米冒険者達に稽古をつけることになった。
サラが戦士である新米女リーダーと剣での稽古を行い、ヴィヴィが新米女盗賊に投剣の指導を行うことになった。
残る新米女魔術士だが、教えを乞う相手がいないのでリオの料理の手伝いをすることになった。
魔術士でもあるヴィヴィは魔法を教えようとしないどころか、使えることも言わなかったからだ。
治療担当のアリスも魔法は使えるが神より授かる神聖魔法と魔術士の使う詠唱魔法は全くの別物なのでアドバイスできる事はなかった。
料理の手伝いは具体的には魔法で火起こしと水の生成だ。
それが終わると新米女魔術士は手持ち無沙汰になり、稽古をつけてもらっているパーティメンバーを羨ましそうに見ていた。
「君は魔法の練習しないの?」
リオは料理しながら背後にいる新米女魔術士に振り向きもせずに尋ねた。
「したいんですけど皆さんの中に魔術士いませんよね。あっ、もしかしてヴィヴィさんは魔法が使えるんですか!?」
魔装士は魔術士を目指して挫折した者がなる事が多いが、魔装士が生まれた西の大国、カルハン魔法王国では魔術士と魔装士を兼任する者も多い。
ヴィヴィもそうかもと思ったのだ。
新米女魔術士の期待を込めてリオを見たが、
「君の場合はまず基本を見直すべきじゃないかな」
「……え?」
リオから予想外の答えが返って来て新米女魔術士は呆然とする。
そんな彼女を気にする事なくリオは続ける。
「さっき君の魔法を見たけど弱いよね」
「そ、それは初級魔法だからですよ」
リオは新米女魔術士の言い訳を聞き流して続ける。
「点数をつけるなら10点満点中3点くらいだね」
「な……」
「描いた魔法陣が雑なんだ」
リオの言葉を受けて新米女魔術士は顔を真っ赤にして真っ向から反論する。
「あのっ、私、さっきは魔法陣は描きませんでしたけどっ!初級魔法で魔法陣を描くのは最初覚えるときだけですよ!リオさんは冒険者の先輩ですけど魔術士じゃないですよね!?」
頭に血が上った新米女魔術士が声を抑えながらもリオに食ってかかる。
しかし、リオはそんな彼女の言葉を平然と受け流して更に続ける。
「何故魔法陣を省略出来るか知ってる?」
「補助だからです。一度発動できれば呪文だけで発動できますし」
「そんなわけないだろう」
「!?」
新米女魔術士がビクッと震えた。
リオの声はいつもと変わらない。
だから新米女魔術士は何故今怯えたのか自身でもわからなかった。
ちなみに話を聞いていたアリスはうっとりした顔でリオを見つめていた。
リオは続ける。
「その理屈なら中級以上の魔法はなんで魔法陣を描く必要がある?補助ならいらないだろう」
「そ、それは……」
「初級魔法で魔法陣を省略できるのは発動した時の魔法陣を記憶しているからだ。初級魔法の魔法陣は単純だからね。それを無意識に呼び出しているんだ。だけど中級以上は複雑だからそうはいかない。詠唱しながら魔法陣を呼び出すのは負担が大きいんだ。だから使用する度に魔法陣を描く必要があるんだ。魔法陣を体にも覚えさせる必要があるんだ」
「そ、そんな話聞いた事ないですよ!」
「そんなのは知らない。とにかく君の魔法が弱いのは初級魔法だからという理由だけじゃない。記憶した魔法陣が雑だから本来の効果が出ていないんだ」
「そ、そんなことありません!私は先生の魔法陣をしっかり真似しました!」
「そうなんだ?」
「はい!それは自信を持って言えます!」
「じゃあ、それが問題だ」
「え……?」
「その先生が描いた魔法陣が満点とは限らない。三点の出来をそっくりそのまま真似たら三点にしかならない」
新米女魔術士はリオが言っていることは理解できたが、それが正しいという確証はない。
そして、それ以上に魔術士でもない者に魔法について説教されるのは我慢ならなかった。
新米女魔術士はムキになってリオに尋ねる。
「それを試して効果がなかったらどうするんですか!?」
「それが君の実力なんじゃない」
「!!」
新米女魔術士は爆発寸前であったが、どうにか必死に怒りを抑え込んで言った。
「わかりました!やってみます!ご指導ありがとうございますリオ先生!」
新米女魔術士は思いっきり嫌味っぽくお礼を述べた。
リオはと言えば、
「僕は先生じゃない」
と普段と変わらなく淡々と答えた。
新米女魔術士は言葉にした通りリオのアドバイスに従うことにした。
今回の指導は彼女達からお願いしたことであり、リオの機嫌を損ねて他のメンバーに迷惑をかけてはいけないとの思いからである。
新米女魔術士は水の生成魔法ウォーターで試す事にした。
先程は省略した魔法陣を今度は描いて呪文を唱えた。
結果は変わらなかった。
「ほらやっぱり」
新米女魔術士の顔が自然と勝ち誇った表情になる。
念のためリュックから魔道書を取り出し、そこに書かれた魔法陣をなぞるように描きながら呪文を唱えた。
今度も結果は変わらなかった。
「リオさーん、やっぱりダメでした。これが私の実力のようです」
新米女魔術士はまだ冷静さを取り戻していなかったようでリオを挑発するように言った。
それを見てアリスの表情が変わった。
アリスが行動を起こす前にリオが動いた。
振り返りもせずに左腕を上げた。
それを見て新米女魔術士は自分がリオに酷い態度を見せていた事に気づき、怒られると思った。
だが、そうではなかった。
リオは人差し指で空中に何かを描いた。
それだけだ。
何も起こらないし、その行動の説明もなかった。
だが、新米女魔術士はそれだけで充分だった。
(今のは魔法陣!ウォーターの魔法陣!)
リオが空中に描いたウォーターの魔法陣は新米女魔術士が先ほど描いたものと同じだった。
と、それを見た者達がいたならば多くの者がそう思った事だろう。
しかし、新米女魔術士は違った。
先程「先生の魔法陣を真似た」と言ったのは嘘ではなく、彼女の観察眼は大したもので微かな違いに気づいた。
新米女魔術士は興奮している自分に気付かず、リオが描いた魔法陣を真似してウォーターの呪文を唱えた。
その結果、生成された水が約二割ほど増えた。
目に見えて違いがはっきりと現れたのだ。
新米女魔術士が興奮して叫んだ。
「リオさん!!」
あまりの大きな声にサラ達は手を止めて彼女を見た。
彼女がリオと何か揉めているのはなんとなくわかっていたが、今の叫びは流石に放置できないと思ったのだ。
皆の注目を浴びているのに気付かず新米女魔術士は叫び続ける。
「出来ました!!リオさんの言う通りでした!!すみませんでした生意気な事言って!本当にありがとうございます!リオ先生!」
話が見えずサラ達が困惑顔をする中でリオは鍋に目を向けながら言った。
「僕は先生じゃない」




