441話 ホスティの誤算
「ぐふ。グラマス、今回呼び出した本当の目的はなんだ?」
ヴィヴィが駆け引きせずど直球に尋ねる。
ヴィヴィの問いにホスティはしばし沈黙してから口を開いた。
「本当の目的か。実はな、以前から一度お前達をこの目で見てみたいと思っていたのだ。それでちょうどいい機会だと思ったのだ」
質問したヴィヴィは言うまでもなく、サラもその言葉を信じていなかった。
いや、全くの嘘とは思わないがそのためにわざわざライバーまで使って呼ぶとは思わない。
そう思ったが二人は追求しなかった。
その代わりと言ってはなんだが、ヴィヴィがここまで話に出ていなかった報酬の事を口する。
「ぐふ。まあいい。ところで今回の報酬に何をくれるのだ?」
リサヴィは今回のヴェインへの出頭が依頼に変わり、報酬をもらえる事なったのだが、具体的な内容はヴェインで伝えると言われて聞かされていなかったのだ。
ホスティが笑みを浮かべて言った。
「今回の報酬だが、」
そこで一旦言葉を止めてから続けた。
「Bランク昇格に必要なギルドポイントを付与しての即昇格及びヴェイン所属を認めよう!」
「「「「……」」」」
グラマスの部屋がしん、となった。
リサヴィの誰からも感謝の言葉は出てこない。
シージンがリサヴィの面々の表情を見て言った。
「どうやら嬉しくなさそうですね」
シージンの言葉にホスティは首を傾げる。
「まさかBランクじゃ不足だとでもいうのか?」
リオが無表情のまま言った。
「チェンジで」
「なんだと?それはどういう意味だ?」
ヴィヴィは不機嫌を露わにしてホスティの問いに答えた。
「ぐふ、どちらも私達には報酬にならない。ありがた迷惑だ」
「なんだと!?」
「私達はランクにも所属にも興味はありません」
ホスティは彼らの言葉が信じられなかった。
ヴェイン所属の冒険者はランクを問わずに一流の冒険者と認められた証でもあり、冒険者なら誰もが憧れるものであった。
それを「ありがた迷惑」「興味ない」などと言われるとは夢にも思わなかったのだ。
シージンが静かに首を横に振る。
「もし彼らがランクを上げたいならば、リッキー退治などせず高ランクの依頼を受けて上がるでしょう。それだけの実力があるのです。それにヴェイン所属になりたいのならDランクに上がった時点でヴェインに来ているはずです」
と会談前にシージンはホスティが提案したリサヴィへの報酬内容に疑問を呈していた。
だが、ホスティはシージンの考えを笑いながら一蹴した。
ホスティは冒険者上がりである。
それもSランクにまでなった力のある冒険者である。
根が冒険者であるため、自分が提示した報酬に喜ばない者はいない、とシージンの考えを受け入れなかったのである。
ホスティはカッとなり怒鳴りつけようとしたが、シージンが肩を軽く叩いたので我に返り、寸前で思い止まった。
ホスティは心を落ち着かせようと深呼吸をしてから口を開いたが、詰問口調だった。
「俺が提示した報酬は冒険者なら誰もが喜ぶもののはずだ。何で不満なんだ?理由を言え」
「ぐふ。Bランク以上になると強制依頼をやらされるのだろう。前に一度やらされて懲りた」
「何を言ってる!?お前らはまだCランク……!!」
無能のギルマスことコンダスが規則を破り、そのときDランクだったリサヴィのメンバーに強制依頼をさせた事をホスティは思い出した。
(まだ俺の足を引っ張るのかあのクズは!!)
「い、いや、あれは確かに悪かったと思っている!」
ホスティが頭の中で無能のギルマスをボコっている間もリサヴィからの不満の声は続く。
リオが無表情で言った。
「前に『Bランク以上にはなるもんじゃない』って聞いたことがあるんだ」
「な、何?それは以前、一緒に旅をしていたウィンドの誰かか?」
「ファーフィリアだよ」
「な、何!?」
「「「!?」」」
驚いたのはホスティだけではない。
サラ達もリオの口から飛び出した六英雄の一人であるファーフィリアの名に驚いていた。
「リオ!お前はファーフィリアに会ったことがあるのか!?」
「どうだろう?」
「いや、『どうだろう』じゃないだろ!そこは!」
「違ったっけ?」
リオに聞かれたサラ達は困惑した表情を見せる。
「私達に聞かれても困ります」
「そうなんだ」
「グラマス、今のは無視してください。しかし、提示して頂いたものを報酬と言われて不満なのは皆同じです」
「ぐふ。そうと知っていれば来なかった」
「な……」
ホスティが愕然としているところにヴィヴィが更に続ける。
「ぐふ。そもそもだ。今回の呼び出しには疑問が残る」
「なに?」
「ぐふ。お前はリサヴィ派の事を口実に私達を呼び出したが、あっさり終わったな。本当に呼ぶ必要があったか?」
「む、無論だ!他の話もあっただろうが!直接お前達に会ってみたかったしな」
「ぐふ。だとしてもだ。わざわざライバーまで使って呼び出す程の事ではない」
「そんな事はない!」
ホスティは否定したが、ヴィヴィは信じない。
「ぐふ。今回、私達が報酬の話をしなくても適当に理由付けて私達をBランクに上げるつもりだったのではないか?」
「!!」
ヴィヴィの言葉にアリスが首を傾げる。
「えっ?ヴィヴィさんっ、それってどうしてですかっ?」
「ぐふ。さっき言っただろう。私達にさせたい依頼があるのだ。強制依頼にしてでもだ。そう、例えばフルモロ攻略とかな」
「!!」
ホスティの顔が強張った。
ヴィヴィの言うことは図星であった。
ローラン公国より依頼を受けたフルモロ大迷宮のマップ作りは思うように進んでいなかった。
公国から支払われる莫大な依頼報酬に見合った働きを見せる必要もあるが、冒険者ギルドの誇りにかけても成功させなければならないと高ランク冒険者を次々と投入しているのだが、順調とは言い難かった。
それどころか、少しずつ被害が出始めていたのである。
更に最近、魔族を見かけたとの報告も上がって来ていた。
遭遇した者達はその魔族を倒すに至らなかったので現在も事実確認中であったが、もし本当に魔族がいるのであれば魔族との実戦経験があり、実質Aランク以上の実力を持つと噂されるリサヴィをフルモロ攻略に投入したいと考えたのだ。
そんなときにリサヴィがマルコに近づいているとの報告を受けた。
マルコに着いてしまえば、そのままカシウスのダンジョン攻略に専念することが考えられる。
もちろん、それはそれで良いことなのだが、冒険者ギルドとしてはそれよりもフルモロ大迷宮の方が優先だったのだ。
そこでマルコへ到着する前に無理矢理ヴェインへ呼び寄せたのだった。
ただ、解決すべき問題が残っていた。
リサヴィメンバーのランクが低いことである。
実力がAランク以上だと言ってもCランクである彼らに強制依頼は出来ない。
ゴンダスの一件で規則厳守を指示したホスティ本人が流石に破るわけにはいかない。
そこでリサヴィのメンバーをBランクに上げ、ヴェイン所属にする事で恩を売り、快くフルモロ攻略をしてもらおうと考えていたのだ。
リサヴィが喜ぶことを疑っていなかったホスティは事前に報酬を知らせなかった事が完全に裏目に出てしまい、感謝されるどころか怒りを買ってしまったのだった。




