434話 親睦会
輸送隊は悪臭騒ぎや魔物の襲撃があったものの、ほぼ予定通りの時間に最初の宿泊地の街に到着した。
明日の出発まで自由時間だ。
乗客達だが、街の中は護衛対象外なので自己責任となる。
出発前に輸送隊の者が宿屋に迎えに来るので寝過ごして置いて行かれるという心配はないが、輸送隊が契約した宿屋と違う宿屋に泊まった場合は自分で待ち合わせ場所に向かう必要があり、間に合わない場合は最悪置いていかれることもあり得る。
この輸送隊に乗っていたジュアス教徒の多くはムルトへの巡礼が目的なので街を散策せず、宿屋から出ることすらしない者がほとんどであった。
ヴェイグ達は当初の通り他の客と同じ宿屋に泊まることになった。
ちなみに本来、護衛の泊まる宿は客よりランクが下がるようだった。
ヴェイグとイーダは隊長に誘われて高級レストランに来ていた。
そこにはもう一組の護衛も来ていた。
隊長は教会で馬車に神聖魔法“リフレッシュ”をかけてもらっていたので少し遅れてやってきた。
隊長は親睦を深めるつもりだったようだが、ヴェイグにその気は無い。
ではなんでやって来たかと言えば料理が目的だ。
並べられた料理を勝手に食べ始める。
それを見てイーダが注意する。
「こら、ヴェイグ!」
「いえ、構いませんよ。イーダさん、皆さんもどうぞ」
皆が食事を始めてしばらくしてヴェイグが護衛達に顔を向けた。
「そうだ。俺はお前らに文句を言いたかったんだった」
護衛は見当がついていたのでリーダーが頭を下げた。
「護衛でもないのに戦わせたことだな。すまなかった」
「イーダもすまない。名も告げずに去って行った者達の援護がなければお前は命を落としていたかもしれなかったからな」
そう言った護衛はイーダが詠唱に失敗し、ガル・ウォルーに襲われそうになっていたのを見ていた。
助けに行こうにもヴェイグ以上に距離が離れていて彼にはどうしようもなかった。
だが、それはヴェイグの言いたい事ではなかった。
「そうじゃねえ。イーダのことは自分から参加すると言ったんだ。自己責任だからあんたが気にすることじゃない」
「じゃあなんだ?」
「あのクズクサ野郎のことだ」
「「「「「!!」」」」」
その言葉に護衛達だけでなく、隊長もビクッと身を震わす。
「なんでお前らはあのクズクサ野郎を客車に乗せるのを許したんだ?まさか、あのクズ達に脅されてビビったなんてことはないんだろ?」
彼ら護衛達とクズ護衛達の冒険者ランクは同じCであるが、ヴェイグは彼らと一緒に戦ったのでその強さを知っており、敵前逃亡したクズ護衛達より上だと確信していた。
護衛達は厳しい表情で話し出す。
「言い訳になるかもしれないが、俺達はあのクズ達は三人パーティだと思ってたんだ」
「えっ!?」
イーダが驚いた顔をする。
「じゃあ、あのクズクサ野郎は一度も護衛の馬車に乗ってなかったってことか?」
「ああ。あの騒ぎでもう一人いたってことを知ったんだ」
「あのクズクサ野郎!」
「クズ護衛全員だよ!」
ヴェイグとイーダだけでなく、護衛達全員の視線が隊長に向けられる。
「わ、私も言い訳させてくださいっ。私はもちろん、彼らが四人パーティだと知っていましたし、あの酷い臭いを放つ人もそこにいました。でも、その時はあれほど臭くはなかったのです。彼ら他の者達と同じくらいでした。そのくらい臭い冒険者達はたまにいましたし、まさか客車に勝手に乗り込むとは夢にも思っておりませんでした。とはいえ、出発前に確認を怠った私に責任があります。みなさん、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って隊長が深く頭を下げた。
「もう、許してやったら?済んだことだし、あたいも気にしてないよ」
「……まあ、確かに隊長さんの言うこともわかるか」
ヴェイグはその時の状況を思い出す。
「乗り込んできた時は『臭い奴だな』と思った程度だった気がするな。いや、それでも十分臭かったんだが、その後を考えるとマシだって思えた」
「そうそう。ジュアス教徒の女の人に自慢話を始めたくらいから徐々に酷くなっていったのよ!」
「あいつ、話に夢中で興奮してから急激に臭さが増した気がしたな。感情の起伏で臭さが強くなるのか?」
「というより汗じゃない?」
「なるほど」
それに皆が深く頷く。
そこでヴェイグが顔を歪めて首を横に振る。
「止め止め!思い出したら飯が臭くなる。いや、不味くなる」
「何言ってんよ。あんたが話振ったのよ」
すかさずイーダが突っ込んだ。
護衛の一人が話を変えた。
「しかし、救援に現れた彼らの腕は凄かったな」
「そうだな」
「俺よ、倒した魔物をかき集めてる時に確認してたんだが矢は全て急所に命中してたぜ。それに見た限りでは外した矢はどこにも落ちてなかったぜ」
彼の言葉に護衛達全員が頷く。
「あれだけ離れたところから放つんだ。魔物に命中するまで数秒はタイムラグがあるはずだよな。その間、魔物がじっとしてるならともかく、乱戦状態で常に動き回ってんだぜ?それを全て急所に命中させるなんてとんでもない化け物だ」
「ああ。数秒先の魔物の動きを読んでるって事だからな。それもあれだけ距離が離れてるのよ」
「一歩間違えばこっちに当たるってのにな」
イーダはエルキッズの現リーダーのウッドを思い浮かべた。
彼はエルキッズ唯一の弓使いであり、腕も確かだった。
しかし、イーダは首を横に振る。
「あの真似はウッドでも無理でしょうね」
「そうだな」
ヴェイグは小さく頷いた。
「ともかく、弓使いは一撃で仕留めることにこだわっていたな。あんだけ離れてる距離からやろうとするんだから相当イカレてるぜ」
「イカれたあんたが言うんだからそうなんでしょうね」
「おいおい」
「でも、そいつがイカれてたお陰であたいは無事だったんだから、会えたらお礼を言わないとね」
「そうだな」
ヴェイグはどこか浮かない顔で頷いた。
話は援護射撃したもう一方の者に移る。
「弓の奴も凄かったが、スリングの奴も凄かったよな」
「そうだな。スリング使いは魔物を仕留める事よりも分散させることを第一に考えていた感じがしたよな」
「ああ。俺達が魔物に囲まれないように、多対一にならないようにしていたような気がする」
「それと足止めだな。俺らが対処しやすいようにな」
皆が頷いた。
数は脅威だ。
Bランク冒険者でも格下であるEランクの魔物、ウォルーの群れに襲われれば命を落とすこともあるのだ。
「つまり、あのパーティにはイカれた奴と常識的な奴が混在してるって事だ」
「そうじゃなきゃやばいだろ。どんなに腕が立ってもイカれた奴だけのパーティーなんてゴメンだぜ」
護衛の言葉にイーダが頷いた。
「確かにあたいとウッドがあんたとグルタを抑えてたもんね」
「あのなあ、グルタはともかく、俺は常識人だ」
しかし、イーダは驚いた顔をして否定する。
そこで護衛達のリーダーがガッカリした表情で言った。
「ああ、やっぱりお前達、パーティ組んでたのか」
「そうよ。今はちょっと別行動とってるけど、そのうち集合する予定よ」
「そっか。それは残念だ。俺らのパーティー誘うと思ったんだけどな」
「いや、六名になるだろ。多過ぎないか?」
「そうでもないさ。俺達、この依頼が終わったらカシウスのダンジョンに挑むつもりなんだ」
「カシウスのダンジョンって、最近発見されたってやつね」
「そう、それだ」
その後、カシウスのダンジョンの話に移ったが、また救援に現れた冒険者達の話に戻った。
「それにしてもあの人達は一体誰だったのかな?」
イーダの疑問に隊長が推測を述べる。
「私はAランクパーティ“ストレングス”の“一発必中”の二つ名を持つトーヤさんだと思います」
「へえ、Aランクともなるとそんなすげえ奴がいるんだな」
ヴェイグが感心していると護衛の一人が異議を唱えた。
「でもよ、あのパーティにスリング使う者がいたか?」
別の護衛もストレングスを否定する。
「そもそもストレングスはフルモロに行ってるって聞いたぞ」
護衛の盗賊が予想したパーティ名を口にした。
「俺はリサヴィだと思うけどな」
「リサヴィって、あのリサヴィか?」
ヴェイグが旅に出た理由の一つはリサヴィのリッキーキラー、リオに会うことだった。
彼はヴェイグの食いつきがいいことに少し驚きながらその理由を述べる。
「ああ。鉄拳制裁がスリング使いだって聞いたことがある。それに冷笑する狂気はすごい弓の名手だって話だぞ」
「冷笑する狂気?」
「リオの事だ。リッキーキラーの方が通じるか?」
「いや、どっちも知ってる」
「そうか。冷笑する、いや、リオは剣技がすごいって話だったんだが、リサヴィはいろんなところで活躍してて話題に上るだろ、リオはその都度使ってる武器が違うんだ」
「ほう」
「最近だとベルダが魔物に包囲されたって話は知ってるか?」
「あたいは知ってるよ。確かたった三人でベルダを包囲してた魔物を追い払ったんでしょ?」
「そうだ。その三人の中にリオがいたって話だ。なんでもその時にはポールアックスを使っていたらしい」
「俺もその話はウッド、仲間から聞いたがその三人の素性はわかってなかったんじゃないか?」
「それがだな、その時の商隊に参加していたやつが酔った勢いでポロリと喋ったんだ」
「ほう」
「で、他の二人だが、一人がリオだと分かった時点で予想はつくと思うが、戦士の格好をしてた神官がサラ、そして大剣使いがその商隊の護衛をしてたサキュバスのマウって話だ」
「ほう」
「やっぱ、“リオさん”はすごいな!」
そう言った護衛に仲間がからかうように言った。
「なんだリオさん、って。お前、リサヴィ派だったのか?」
「ち、違う違う!でもよ、あのクズ達を見ればリサヴィ派の行動は理解できるだろ」
「それは確かにな」
「ねえ、リサヴィ派って?」
「ユダスには噂は来てないのか?まあ、簡単に言えばクズ冒険者を抹殺してる者達が自分達をそう呼んでるんだ。ほら、リサヴィに絡んだクズ達はほとんど死んでるだろ。だからそのマネをしてるんだ」
「ふうん。それってリサヴィは認めてるの?」
「いや、公では否定している。リサヴィ派のこともクズ抹殺もこともな」
「引っかかる言い方だな」
「本人達はそう言ってるけど信じてる奴と信じてない奴は半々かな。ああ、クズ達は大半が信じてないな。リサヴィ派ともグルだと思ってるみたいだぜ」
「そうか」
ヴェイグはみんなに黙っていた事があった。
弓使いは無謀な攻撃を繰り返しているように見えたが、それは正しくない。
弓使いは輸送隊ではなく、イーダを守っていた。
イーダを守るように魔物を排除していたのだ。
イーダがガル・ウィルーに狙われた後、イーダを気にかけていたヴェイグだからこそ気づいたことだった。
弓使いはイーダに迫ろうとするもの、あるいはその可能性のあるものを優先に、いや、それだけを仕留めていた。
ヴェイグがそれに気づき、それに合わせて動くと弓使いもヴェイグの動きに合わせて来た。
それはヴェイグにとって不思議な感覚だった。
長年パーティを組んできたエルキッズのメンバーですらここまでの連携ができたかと言われれば、ないとは言わないが数えるくらいだろう。
それを会ったこともない相手とできてしまったことに驚いた。
弓使いが何故イーダを守ろうとしたのかわからない。
ずっとユダスで過ごしていたイーダにあんな弓の名手の知り合いがいるとは思えない。
いたらイーダはすぐ気づいただろうし、ヴェイグもその者を知っていたはずだ。
守ったのはイーダだからではなく、遊び、女魔術士を守るゲームをやっていたのかもしれない。
安否の確認に来なかった事から考えると後者の方が高いかもしれない。
だったらその行為は許せるものではないが、それでイーダが救われたのは事実なので内心は複雑だった。
(弓使いが本当にリオだったら丁度会うつもりだったらその時に問い質せるんだけどな)
ちなみにこのことをイーダに言うつもりはなかった。
弓使いの行動を話すとヴェイグもイーダを気にかけていた事を話さなくてはならなくなる。
それは照れくさいし、イーダのプライドを傷つけることになり、機嫌を悪くすると思ったからだ。
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