429話 ヴェイグと臭護衛
休憩のため街道に用意されているキャンプスペースに停車するとヴェイグ達と同じ馬車に乗っていた乗客達は我先にと飛び出すように馬車を降りた。
言うまでもなく、臭護衛の臭いに我慢できなくなっていたのだ。
当の臭護衛は平然としており、隣に座っていた若い女性に馬車を降りてからもちょっかいをかけていたが、その女性はついに限界に達して吐いた。
それが臭護衛の服にかかり激怒する。
「てめえ!」
他人事と無関心を装っていたヴェイグだったが、彼も臭護衛の被害者である。
女性に殴りかかる臭護衛を見てキレた。
直前でヴェイグが臭護衛を蹴り飛ばした。
その隙にイーダがその女性を退避させる。
臭護衛はくるくる、二回転して無様に転がった。
ヴェイグがその臭護衛に吐き捨てる。
「いい加減にしやがれ!臭えんだよ!てめえは!しかも聞きたくもねえホラ話を大声で延々としやがって!!」
「ざ、ざけんな!!俺は護衛だぞ!」
「なんだ護衛の自覚はあったのか。だったら客に被害を与えてんじゃねえクズ野郎!いや、クズクサ野郎!」
臭護衛は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「て、てめえ!俺はCランク冒険者だぞ!」
「またそれかよ。ま、そのセリフが出た時点でクズ確定だがな」
「ざけんな!てめえも冒険者ならランクを言えランクを!」
「Eだ」
それを聞いて臭護衛が笑い出し、態度が更にデカくなる。
ついでに興奮のせいか臭さも酷くなる。
「お前、Eランク如きで俺にケンカを売ってんのか!?ああ!?」
ヴェイグは不快感な顔を隠しせずに言う。
「そうだぜ。来いよクズクサ野郎。Cランク様の強さを俺に教えてくれよ」
ヴェイグが臭護衛に向かって殺気を放つ。
殺気に臭気も跳ね返されたのか臭護衛は自分の臭気を浴びて「くさっ」と思わず叫ぶ。
臭護衛も冒険者の端くれである。
ヴェイグの殺気に気づき、そこでやっと格の違いを思い知る。
「ぶ、ぶひい……」
臭護衛が怯え、またも臭気が酷くなる。
「……てめえ、まじで腐ってんな」
ヴェイグが剣に手をかけた時だった。
「やめねえか!」
「リ、リーダー!」
臭護衛と同じパーティのリーダー、つまりクズ護衛達のリーダーの登場に臭護衛がほっとした表情を見せる。
「手ェ出すんじゃねえぞ。こんな奴でも客だ!」
クズ護衛達のリーダーはヴェイグが臭護衛より強いことに気づいていたので止めたのだ。
もし、臭護衛の方が強ければ止めなかっただろう。
「で、でもよリーダー!」
臭護衛は不満そうな口ぶりだったが、顔は正直で止めてもらって嬉しそうだった。
クズ護衛のリーダーはそれっぽい理由を口にした。
「俺らは護衛だ!どんな客だろうと感情は抜きにして守ってやらねえといけねえんだ!」
「わかったぜ!リーダー!」
臭護衛は物分かりがよかったが、ヴェイグは物分かりが悪かった。
「勝手に終わらせるんじゃねえよ。何俺を悪者にしてんだ?大体何が守るだ!?聞いて呆れるぜ!!そのクズクサ野郎は自分で客を気分悪くさせた上に殴りかかってんじゃねえか!!」
「「「「ざけんな!!」」」」
クズ護衛達は怒鳴ってヴェイグを黙らせようとする。
もちろん、ヴェイグはクズの脅しに屈したりしない。
「ああ、めんどくせえ。もうお前ら全員で来いよ」
「……お前、調子に乗りすぎだぞ。俺らはCランク冒険者だぞ!」
「お前もかよ。それがどうした?」
「なんだと!?」
「ユダスに来たCランククズ冒険者どもは『こばんざめー』とか『ごっつあんでーす』なんて喚くだけで全く役に立たずに死にやがったが、お前らは本当にCランクの強さを持ってんだろうな?」
ユダスという名を聞き、クズ護衛達の表情に動揺が広がる。
ユダスには戦バカが集まる。
そして彼らの多くはランクに全く興味を示さない、ランクと強さが乖離している者が多いと知っていたのだ。
「な……お、おめえユダスの冒険者か!?」
「だったらどうした?そんな事はどうでもいいからかかって来いよクズども!」
しかし、クズ護衛達は四対一にも拘らず攻撃を仕掛けようとしない。
さっきまでの威勢の良さは完全に消滅していた。
ヴェイグはクズ達の相手をしているのがバカらしくなった。
「まあいい。ともかくだ、クズクサ野郎!てめえは出禁だ!護衛なら護衛らしく護衛の馬車に乗ってろ!」
ヴェイグの叫びに同じ乗合馬車に乗っていた乗客達から拍手が起こる。
もう一台の乗合馬車に乗っていた乗客は何を騒いでいるのかと疑問に思ったがぷうん、と臭ってきて口元を押さえて理解した。
そしてヴェイグ達に同情した。
もう一方の護衛達は複雑な顔をしながらも抗議しなかった。
だが、クズ護衛達はヴェイグの言葉に納得しなかった。
「「「「ざけんな!」」」」
パーティ全員がハモッた。
臭護衛本人は「臭くない!」という意味だろうが、他の者は「冗談ではない!」という意味だとヴェイグは察した。
「てめえら、やっぱ知ってやがったな!そのクズクサ野郎が死ぬほど臭いことを!!」
ヴェイグが睨みつけると臭護衛以外が顔を逸らした。
「信じられねえぜ!こっちは金を払ってんだぞ!そんな悪臭を押し付けやがって!見ろ!こっちはすでに被害者が出てるんだぞ!!」
そう言って屈んで苦しんでいる女性を指差す。
「「「「ざけんな!!」」」」
彼らは反省を全くせずに怒鳴るのだった。
そこへ輸送隊の隊長が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「何事ですか!?」
クズ護衛のリーダーがすぐさま隊長に自分達に都合のいい事を吹き込もうとする。
「ちょ、ちょうどいいところに来たな隊長よ!この迷惑客が俺らに難癖つけてきやがるんだ!」
「難癖?」
「ふざけんな!何が難癖だ!?」
「おい隊長!まずは俺らの言い分から聞け!」
「黙れクズ野郎!!」
ヴェイグは殺気を放ってクズ護衛達を黙らせるとその巻き添いで震えていた隊長に言った。
「おい、隊長さんよ!その悪臭を俺らの馬車に二度と乗せんな!」
「え?」
困惑する隊長にヴェイグが先程の一件を説明した。
「……ということだ。あんたもあんな悪臭を俺らの馬車に乗せた罪は重いぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!私はそんな事を許可した覚えはありませんよ。大体お客様の馬車に護衛を乗せるわけないじゃないですか!」
その言葉で乗客達のきつい視線が臭護衛に向けられるが、見ると臭いが移るとでも思ったのかすぐに視線を外した。
隊長は事実確認のためその臭護衛のそばへ行く、
ことができず途中で引き返してくると、
「大変申し訳ありませんでした!」
と乗客に深く頭を下げて謝罪した。
「ヴェイグ」
ヴェイグがイーダを見ると困った表情をしていた。
「どうした?」
「あの悪臭、ずっとこの人の横にいたでしょ?やけに密着してたし」
「……ああ。臭いが服に移ったってか」
イーダが言葉にせず、こくりと頷く。
イーダも女性のそばにいてキツそうな表情をしていた。
「こんな時に神官がいれば“リフレッシュ”の魔法をかけてもらうんだけど」
残念ながらこの輸送隊に神官はいなかった。
「そういやそんな魔法あったな。そうか、こういう時に役に立つんだな」
「とりあえず服を着替えましょう。代えはあるわよね?」
「はい……でも、これ以上臭いが……うう」
どうやら他の服までダメになったらと思って躊躇しているようだった。
「そ、それにこれも六大神様が私にお与えになった試練なのです!」
「いや違うと思……てえな!」
ヴェイグは蹴りを入れたイーダに文句を言うがイーダはスルー。
「ええ、きっとそうね。でもとりあえず着替えて。他の人も困るしさ。あたいが魔法で水を出すから洗おうよ」
「わかりました」
イーダはこの女性が思ったほど精神ダメージを負っていない事にホッとすると同時に驚く。
(ジュアス教徒ってこんな忍耐強いの?それともこの人が特別!?)
「おい、隊長さんよ!俺らの馬車の消毒を頼むぞ。クズクサ野郎の臭いが染み付いている」
「消毒とはなんだ!」と臭護衛が怒鳴るが皆スルー。
「あとこの客の、いや、希望する者にも服とか洗えるように水と石鹸を用意しろ」
魔法は魔力を消費するのだ。
この女性はともかく、他の者達にまでイーダに魔法を使わせる気はない。
しかし、イーダが首を横に振る。
「それじゃダメかも。きつめの香水で誤魔化したほうがいいかも」
「だってよ」
「は、はいっ」
「あと臭いが落ちなかったら弁償するよな、隊長さんよ」
「そ、それは……」
「何?悪臭だけでなく悪評も欲しいってか?」
ムルトへの巡礼者輸送は輸送業者にとって大口顧客だ。
悪評が広がれば大打撃でへたしたら廃業すらありえる。
「そ、それは勘弁してください!すぐに準備しますので!」
またもヴェイグに乗客達から拍手が起こった。
「今回、この輸送隊、赤字かもね」
「しゃーないだろ。雇う時にあの悪臭に気づかない方が悪い」
「それもそうね」




