428話 ムルトへの旅
ユダスのヴェイグとイーダは二人で街道を旅をしていた。
結局、グルタはまたもEランク昇格試験に落ちた。
盗賊のウッドはグルタを一人残すのが心配なこともあるが、孤児院出身の新米冒険者達の育成も考えてユダスに残る事を決めた。
ウッドの情報収集能力を期待していたヴェイグは正直言ってウッドの離脱は痛い。
それに冷たく突き放したが、グルタを残して出て行くのも心配であった。
かといって、ここで「やっぱりお前が受かるまで待ってやる」と言えばグルタのことだ。
甘えてそのまま落ち続ける可能性が高い。
それはウッドも理解していたようだった。
「俺はグルタがランクアップしたら二人でお前達を追いかける」
ウッドのその言葉でヴェイグは心は決まった。
「わかった。グルタ、早く受かれよ」
「おう、おで、次こそ受かるぞ!」
ヴェイグはエルキッズのリーダーをウッドに譲りイーダと共にエルキッズを脱退した。
そして二人は旅立った。
最初の目的地はナナルのいる神殿都市ムルトである。
ヴェイグとイーダはある街へ着くと乗合馬車のチケットを購入した。
終着地であるムルトまで二十日の旅だ。
適当な街で乗合馬車を乗り継いで向かう手もあったが、その都度宿屋や乗合馬車を探すのが面倒だったので割高だったか即決した。
途中、キャンプもあるがほとんどは街あるいは村での宿泊となる。
宿泊費は運賃に含まれているので乗客がその都度宿屋を探す必要はない。
もちろん、その宿が気に入らなければ自腹で別の宿に泊まってもいいがその分返金されることはない。
二人が駅へ向かっていると商人と冒険者達が言い争いをしているのを見かけた。
「ですから護衛は間に合っていますっ!」
「いいから俺達に任せておけって」
「そんなに護衛の依頼をしたいのでしたらきちんとギルドで依頼を受けて来てください!」
「何言ってんだ。お前らはもう出発なんだろう?そんな暇ねーだろが」
「あなた達こそ何を言ってるのですか。私の商隊はそもそも護衛を必要としていないと何度も言っているでしょう」
「気にするな。俺らに任せておけ。なっ?」
「よし決まったな!」
「報酬だが……」
冒険者達が勝手に話を進め、報酬についてまで話し始める。
商人がため息をついた。
「何故こう“あなた達”とは言葉が通じないんでしょう」
まだ自分勝手な事を喚き続ける冒険者達に商人は大声で言った。
「何度も言いますがお断りします!」
「「「ざけんな!」」」
冒険者達が自分達の言い分が通らないので怒り出した。
商人が何度目かのため息をついて言った。
「私は一度ギルドを通さず護衛を雇って酷い目に遭って以来、ギルドを通してしか護衛は雇わないことにしているのです。ですから他を当たってください」
「安心しろ。俺達は大丈夫だ。俺達が保証する!!」
そう言った彼らの顔はなんか誇らしげだった。
その言葉を聞いたヴェイグは思わず笑ってしまった。
「クズの保証なんか銅貨一枚の価値もないぜ」
「ほんとっ、あいつらの自信はどっから来るのかしら」
ヴェイグとイーダがそのやり取りを眺めていると、その商隊の者がギルド職員を連れて来た。
態度のデカかったその冒険者達が慌て出す。
商人はギルド職員に状況を説明した。
「……と言うことでこの人達は何度も断ってもしつこいんです」
「ざけんな!」
「嘘言うんじゃねえ!」
「お前が俺らを誘って来たんだろうが!!」
冒険者達は必死に嘘をついて誤魔化そうとするがギルド職員は騙されなかった。
何故なら、
「またあなた達ですか。本当にいい加減にしてください!」
そう、彼らは常習犯で顔を覚えられていたのだった。
ギルド職員が呆れた顔をしながら冒険者達に注意、いや、説教を始める。
すると冒険者達が逃げるように足早に去っていった。
「なかなか面白かったな」
ヴェイグが笑いながら言った。
イーダがため息をついて言った。
「どこにでもクズはいるものね」
「俺達の乗る馬車の護衛はまともである事を祈るぜ」
「ほんと、そうね」
しかし、天はヴェイグに味方しなかった。
今回、ヴェイグ達が乗る乗合馬車は四台からなる輸送隊の一台であった。
その内訳は、輸送隊関係者の乗る馬車一台、乗合馬車二台、そして護衛用馬車一台である。
乗合馬車が一番豪華な作りで、護衛用馬車が一番質素だった。
ヴェイグ達が乗る乗合馬車は全員ムルト行きの者達でそのためかジュアス教徒が多かった。
ムルトには年中巡礼者が訪れるので彼らを当てにした輸送隊も多い。
この輸送隊を護衛するパーティは二組いたが、片方の態度がやたらでかかった。
それだけなく、護衛用馬車に席がないとかでその態度のでかい方の護衛の一人がヴェイグ達の乗る乗合馬車に乗り込んできた。
「あいつ、許可取ったのか?」
ヴェイグが首を傾げているとその護衛は若い女性の隣に強引に座りナンパを始めた。
聞いてもいない自慢話を大声で語って聞かせるとても迷惑な奴であった。
その大声のせいで聞く気のないヴェイグ達のところまで聞こえてきた。
「うるせえ奴だな」
「この馬車、完全にハズレね」
ヴェイグとイーダはユダスでいろんな冒険者を見て来たので目は肥えている。
態度のデカい護衛達は大して強くないとすぐにわかった。
この護衛の語る冒険談だが、彼らにはどうやっても倒せそうにない魔物が出てくることから間違いなく嘘だと確信した。
「まあそれでも護衛としての役割をきちんとこなすならギリ許せるがな」
「ヴェイグ、あいつら使えると本気で思ってる?」
「ま、この辺の魔物はユダスほど強くないっていうし、大丈夫なんじゃないか」
「そうだといいけど……というかあたい、もう我慢できないわ」
そう言ってイーダが口元をハンカチで覆う。
見れば多くの乗客がイーダと同じように口元をハンカチ覆っていた。
今、車内は死骸でも乗せているかのような悪臭が充満していた。
臭源は態度のでかい護衛である。
彼自身はそのことに全く気づいていないようであった。
たまらず窓を開けるが効果は薄い。
「確かにあいつ臭過ぎるな。体洗ったことないんじゃないか?」
「……もしかしてさ、護衛の奴ら自分達が我慢できないからこっちに押し付けたんじゃないの?」
「……ありうるな」
「てか、あんなのと一緒に二十日って、あたい死ぬかも……」
「まあ、休憩もあるし、流石に街に着いたら体を洗うだろ」
絡まれている女性を含め、皆そう思っていたのか、それとも怖かったのか、その護衛に文句を言う者はいなかった。
こうしてヴェイグとイーダの幸先の悪い旅は始まった。




