416話 ラストフロンティアオブクズ
クズスキル?”コバンザメ“、”ごっつあんです“、”押し付け(三途川渡し)“の発祥の地はクズ冒険者を大量生産したマルコだと思われているが、その原型は南部都市国家連合に属する都市国家ユダスで生まれた。
十年以上も前の話になるがユダスには気に入らない冒険者にクズスキル?の原型となる嫌がらせを行う冒険者がいた。
その冒険者は各地を旅しているうちに自分がユダスでやっていた嫌がらせが真面目に依頼を行う冒険者達から報酬を掠め取るのに役に立つことに気づき、“コバンザメ”、“ごっつあんです”、そして“押し付け”と数々のクズスキル?を生み出した。
その冒険者こそ元マルコギルドのギルドマスター、無能のギルマスこと、ゴンダスだったのである。
だが、今、ゴンダスが生み出したクズスキル?に危機が訪れていた。
特にコバンザメだ。
マルコが事後依頼を禁止した事で、マルコを拠点としてコバンザメで生計を立てていたクズ冒険者達がマルコを離れた。
そのクズ冒険者達の標的にされたギルドはマルコに倣って次々と事後依頼を禁止していった。
そこで彼らクズ冒険者達は心を入れ替えて真面目に依頼を受けるようになった、
のはごく稀だった。
楽に儲ける事を覚えてしまった彼らの多くはもう真面目に依頼をこなす事ができない体になっていたのである。
では、コバンザメを封印された彼らが何をしたかと言えば、コバンザメ、いや、事後依頼が禁止されていないギルドを求めて移動していったのだった。
これがヴィヴィの言う、クズ冒険者大移動、である。
ある乗合馬車がユダスに到着し、一組のパーティが乗合馬車から降りた。
そのパーティのリーダーが周りを見回しながらなんか誇らしげな顔で言った。
「ここが俺らの新しい新天地だぜ!」
「おいおい、“新”が多いぞ」
「はははっ」
彼らはクズ集団プライドの残党であった。
つまりクズであった。
彼らは同じくプライドの残党の仲間から手紙をもらい、ユダスは事後依頼が禁止されておらずクズスキル?やり放題だと知ってはるばるやって来たのだった。
そう、彼らは自分達の行いを反省することのないクズ冒険者達であった。
翌朝。
クズパーティが冒険者ギルドに入ると、冒険者達の鋭い視線を浴びた。
プライドの残党の手紙にあったようにユダスを拠点としている冒険者のランクは他のギルドと比べて明らかに低い。
だが、イコール弱いというわけではない。
彼らの多くは戦うことに生きがいを感じる戦バカでランクに興味がなく、実力はBランクに匹敵するのにFランクのままでいる者も少なくないのだ。
クズ冒険者達は彼らが自分達より力のある、ランクの高い冒険者だと思い込み怖気付く。
幸いにも彼らは皆興味を失ったのか、すぐにその視線は外れた。
彼らは内心ほっとしながらギルド内を見渡すが彼らを呼んだクズ仲間の姿はなかった。
「よし、とりあえず依頼を見るか」
「「おう!」」
クズパーティが寄生出来そうなパーティを物色しながら依頼掲示板を見ていると彼らより明らかに若い冒険者が依頼掲示板へやって来てぴっと依頼書を剥がした。
クズ冒険者達はその依頼内容をしっかりと覚えており、その依頼は彼らが“参加できる”Eランクの魔物退治であった。
依頼書を持った若い冒険者はそのままカウンターに向かい、依頼処理をして彼のパーティを引き連れてギルドを出ていった。
彼らが受付処理しているのをこっそりと後ろから見ていたクズパーティの盗賊が彼らの冒険者ランクが自分達より下である事をリーダーに知らせる。
満面の笑みを浮かべながらリーダーが叫ぶ。
「よしっ、一仕事するか!」
「「だな!!」」
クズパーティは彼らの後を追ってギルドを出ていった。
その後、しばらくしてギルド内で何故か笑いが起こったが、彼らクズパーティは知る由もなかった。
ユダスパーティの後をクズパーティが談笑しながら続く。
しばらく魔の森を進んだところでユダスパーティが立ち止まる。
何事かとクズパーティも足をとめた。
ユダスパーティのリーダーが振り返りクズパーティに尋ねる。
「あんたら、なんで俺達についてくるんだ?」
クズパーティは笑みを浮かべながら偉そうに言った。
「俺達よ、ユダスに来たばっかりでな。魔の森の様子がよくわかんねーからお前達にちょっと案内してもらおうと思ってついて来たんだ」
「俺らは許可してないぞ」
「安心しろ。俺らはCランク冒険者だ」
「いや、そんな事聞いてねえ」
彼らは人の話を聞くのが苦手で言いたい事だけを言う。
「何かあったら俺らが何とかしてやるから安心しろって」
「おうっ、俺らはCランク冒険者だからな」
「……話が全く噛み合わないな」
「大船に乗った気でいろ」
「大船ねえ」
「俺らはなんてったってCランク冒険者だからな!」
「しつこいな。そんな事は聞いてねえって」
ユダスパーティのリーダーは呆れた顔で首を横に振ると歩みを再開した。
その後を当然のようにクズパーティが続く。
しばらく進んだところでユダスパーティは再び立ち止まってリーダーがクズパーティに話しかけて来た。
「なあ、先輩達。魔物の気配はするか?」
先輩と言われて悪い気はしなかったのだろう、クズパーティの盗賊が格好つけながら周囲の様子を探った。
「……魔物の気配はない。安心していいぞ」
クズパーティの盗賊は自信を持って断言するが、ユダスパーティの盗賊の意見は違った。
「魔物の気配はさっきから感じる。だが、こっちに近づいてくる様子はない」
ユダスパーティの冷たい視線を受け、クズパーティの盗賊は焦り出す。
「お、俺ももちろん知ってたぞ!お前達が怯えないように気遣ってそう言ったんだ!」
クズパーティの盗賊は顔を引き攣らせながら苦しい言い訳をするが、もちろんユダスパーティには通用しない。
「意味わかんねえ事言うなよ先輩。あんたの言う事信じてたら魔物の奇襲受けたかもしれんだろ」
「そうね。そんな気遣いはいらないわ」
ユダスパーティのリーダーに同じパーティの女魔術士が続く。
「ざけんな!人の言う事にいちいち突っかかってきやがってむかつく奴らだな!」
「いやいや。先輩が的外れなことばっかり言ってくるからだろ」
「ざけんな!俺らはCランク冒険者だぞ!」
「さっきからCランクCランクってうるせえな。そんな事一度も聞いてねえだろ」
「「「ざけんな!」」」
ユダスパーティのリーダーはため息をついてから言った。
「もしかしてさ、あんたら俺らの獲物を横取りしようとか考えてないか?」
「ざけんな!俺らは真っ当な冒険者だぞ!」
「ほう。真っ当ねえ」
ユダスパーティのリーダーの雰囲気が変わり、凄みのある表情で尋ねた。
「じゃあ、その真っ当な先輩達は俺らに“コバンザメ”や“ごっつあんです”をやろうなんて思わねえよなあ?」
「「「な……」」」
クズ冒険者達は彼らからクズスキル?の名が出たことに動揺する。
ユダスパーティの女魔術士が冷やか笑みを浮かべながら言った。
「前にあんたらのように威張り散らす先輩達に教えてもらったのよ」
「『コバンザメー!』とか『ごっつあんでーす!』とか叫びながら魔物に向かっていったんだっけか?」
「叫んでないわ」
「補足すると魔物に向かったのは死んでる奴にだけだ。自ら戦う事はしなかったな」
「そうだったか?」
「わかってて言ってるでしょ」
「ははは。まあ、ともかくだ。……お前らはそんなことしねーんだよな?」
クズ冒険者達はユダスパーティが豹変したことに内心怯えながらも強がって見せる。
「俺らはCランクだぞ!」
「ああ?そんな事聞いてねえだろ。ほんと好きだな。それ口癖か?」
「ざけんな!お前らランクを言ってみろ!」
「俺らはCランクだぞ!」
「はいはい、俺はEランクだ」
ユダスパーティのリーダーが投げやりに答えると他のメンバーも続く。
「あたいも」
「俺も」
「オラはFだぜー!」
「何Fランクで威張ってんだ?いい加減受かれよ」
ユダスパーティのリーダーが同じパーティの頭の弱そうな大柄の戦士に突っ込む。
ユダスの東にある魔の森には魔の領域があるとされており、その存在は明らかになってはいないが、それを裏付けるようにこの森に棲む魔物は強力で、倒しても倒しても減らず、冒険者は毎日誰かしら命を落としている状況であった。
そのような状況のためユダスでは特別措置として推薦がなくても誰でも入会試験を受けられる。
入会試験には筆記試験がなく、実技試験に合格すればすぐに冒険者カードが発行される。
これはユダス周辺の魔物が強力で死亡率が高いため、ギルド規則を覚える時間が無駄になることへの措置である。
ただし、冒険者として活動出来るのは冒険者カードを発行したユダスのみで他のギルドでは冒険者と認められない。
正式な冒険者になるためにはEランク昇格試験に合格する必要がある。
他のギルドでは依頼ポイントが貯まればEランクに昇格出来るが、ユダスでは本来、入会試験で行われる筆記試験がこのときに行われるのだ。
ユダスパーティの頭の弱そうな大柄の戦士はこの筆記試験に何度も落ちていたのである。
「オ、オラは頑張ってんだぞ!」
ユダスパーティがクズパーティそっちのけで内輪話を始めたのでクズパーティのリーダーが怒り出す。
「俺達の話を聞け!」
「ああ?」
ユダスパーティのリーダーのひと睨みで一瞬怯むクズ冒険者達。
だが、自分達の方がランクが上であることもあり強気に出てきた。
「お、俺達はお前らより上のCランクなんだぞ!」
「だから?」
「格上の俺達の言うことを聞け!」
「それで?」
「何が『それで』だ!言うことを聞けって言ってんだろうが!」
「残念だったな。ユダスではランクなど銅貨一枚の価値もない」
「ざけんな!」
「いやいやいや……ふざけてるのはお前らだろ?」
ユダスパーティのリーダーの発した殺気に圧倒されるクズ冒険者達。
「ここユダスはなあ、力が全てなんだ。言うこと聞かせたけりゃランクなんて目に見えねえもんじゃなく、力を示せ」
ユダスパーティ全員が武器に手をかけるのを見てクズ冒険者達は危険を感じた。
クズ冒険者達はユダスパーティに勝るのはランクのみであることに気づいていた。
それが通じない今、彼らに勝ち目はない。
「や、やってられっか!帰るぞお前ら!」
クズ冒険者達は今来た道を戻り始めた。
その後ろ姿にユダスパーティのリーダーが声をかける。
「まあ、頑張って生きて帰れよ」
クズパーティはその言葉を聞いて立ち止まる。
「ど、どう言う意味だ!?」
「まさかお前ら……」
「おいおい、俺らは何もしねえよ」
「そうそう。あたいらは何もしない」
「い、行くぞお前ら!」
ユダスパーティのリーダーはクズパーティの後ろ姿を見ながら言った。
「じゃあ、ここで少し待つか。“撒き餌”に獲物がかかるのをよ」




