403話 復活のK
ある街の路地裏。
そこに冒険者らしい男が腰を下ろして酒を飲んでいた。
その男の前にフードを深く被った者がやって来た。
「あれ?あなたはもしやウィンドのカリスさんではありませんか?」
そう、その男はカリスであった。
カリスは、ヴィヴィにボコられた後もギルドへの出頭拒否を続けたためギルドを除名されていた。
除名時のランクだが、度重なる出頭拒否により降格し続けてDとなっていた。
カリスが死んだ目でその男を見た。
「……なんだテメエ」
「私は見ての通り吟遊詩人です」
カリスはふん、と鼻を鳴らし、酒瓶に直接口をつけてぐっと飲んだ。
一緒に行動していた盗賊が残した金はすべて酒に化け、今飲んでいるのは最後の一本だった。
吟遊詩人が話を続ける。
「実は私は新しい詩を考えているところなのですよ。それであの金色のガルザヘッサを倒したウィンドの方からお話を聞きたかったのです。もしよろしければお話を聞かせて頂けませんか?もちろん少ないですがお礼は致しますよ」
「……いいだろう」
カリスがフラつきながら立ち上がる。
「ありがとうございます。ではこちらへ。私の行きつけの店があります。料理はなかなかいけますよ」
「酒だ!」
「はい、酒も美味しいですよ」
カリスは吟遊詩人に案内された店で豪快に食い、飲み、そして豪快に妄想話を語った。
「なるほど。では本当はあなたとサラ、の二人であの金色のガルザヘッサを倒したのですね?」
「そうだっ!それをみんなで口を揃えて俺の活躍をなかった事にしやがったんだ!だから俺はウィンドを抜けたんだ!俺には相応しくないからな!」
「なるほど」
吟遊詩人はカリスの破綻した話に何一つ疑問を口にせずに相槌を打つ。
店の他の客が盗み聞きしており、その妄想話をクスクスと笑っていたが、カリスは気づかず、吟遊詩人も気づかない振りをする。
「そろそろ出ましょうか」
「まだまだ俺とサラが活躍した話はあるぞ!」
「そうですか。しかし、店を変えましょう」
「おうっ」
カリスはなんの疑問も持たず吟遊詩人に従う。
吟遊詩人は暗闇の路地へ入ると囁くように話しかけて来た。
「カリスさん、リッキーキラー、偽勇者が憎くはないですか?」
「聞くまでもないだろ!あの野郎!サラがショタコンなのにつけ込んでまんまと俺から勇者の座を奪いやがったんだからな!」
「そうでしょう、そうでしょう。偽勇者のリッキーキラー、あと棺桶持ちですか。彼らがいなければサラさんは間違いなくあなたを勇者に選んだはずです」
「そうだ!」
「取り返しませんか?」
「……なんだと?」
「私が力を貸しましょう」
そう言って吟遊詩人は懐からポーションを取り出した。
いや、ビンはポーションのものだが、その液体の色はどす黒く、普通のポーションではないとひと目でわかる。
酔ったカリスも流石にそれには違和感を覚え怪訝な顔をする。
「……なんだ、それは?」
「見ておわかりのようにただのポーションではありません。なんと力を数倍に高める力があるのです。それも永久に」
「なに?そんなもの聞いたこともないぞ」
「それは当然です。公に知られては大変な事になりますからね」
「……で、それを俺にくれるのか?」
「それは構いませんが誰にでも効果があるものではありません。勇者、その資格がある者だけに効果が現れるのです。それ以外の者にはただの黒くて苦い水です」
カリスは酔っ払って頭が働かないのか、もともと頭が弱いせいか、恐らく両方だろうが吟遊詩人の言葉になんの疑問も持たない。
「そうか。じゃあくれ。俺は勇者だから問題ない!ほらっよこせ!」
「どうぞ」
カリスは吟遊詩人からその怪しいポーションをひったくるように受け取ると迷う事なく一気に飲み干す。
効果はすぐに現れた。
カリスの目がカッと見開かれる。
「……!!力だ!力が湧いて来やがる!!」
カリスは力強く地面を踏み締める。
ヴィヴィに潰されてから思うように動かなくなっていた右足が自由に動く。
同じく右腕も思うように動き、以前の感覚が戻って来た。
いや、どちらも以前より力強く感じる。
その様子を見て吟遊詩人がニッコリ微笑む。
「流石です!カリスさん、いえ、カリス様!やはりあなたが、あなたこそが勇者なのですっ」
「おうっ。その通りだ!」
「今のあなたならリッキーキラーなんて偽勇者など敵ではないでしょう」
「はん!あんな雑魚!この力があれば棺桶持ちと二人がかりで来やがっても負けねえ!」
「そうでしょうとも。あなたは今、勇者の力を手に入れたのですから」
「おいっ、お前!……えっと名前は忘れたが感謝してやるぜ!」
「いえいえ」
吟遊詩人は最初から名を名乗っていないがその事を口にしない。
「サラを取り戻したらよ、礼にてめえも俺達のパーティに入れてやってもいいぞ!」
「いえいえ。私ごとき力では足手纏いにしかなりません」
「それもそうだな!」
「それにもうお礼は頂いていますので結構ですよ」
「ああ、冒険話か!お前、欲のない奴だな!」
「私は吟遊詩人です。歌えさえできれば幸せなのです」
「はははっ!見てろ!すぐにサラを取り戻してやるからよ!そしたらまた俺の活躍を聞かせてやるぜ!」
「是非お待ちしています」
カリスが去った後、その場に吟遊詩人と同じくフードを深く被った男がやってきた。
「おい、奴でよかったのか?」
「ええ。あれでも元はBランク冒険者です。頭の中はあの通りどうしようもないですが、彼の頭は必要ありませんので」
「それもそうか」
二人が薄笑いを浮かべる。
「彼に期待しましょう。忌々しい“五”大神が生み出す勇者、いえ、まだ勇者候補でしたね。リッキーキラーを抹殺してくれることを」
後から現れた男が興奮して叫ぶ。
「勇者を選ぶジュアスの神官共もだ!奴らも絶対に許さん!我らが神を偽りの名で呼ばせ!同列に並べて貶めた!断じて許せるものではない!」
「ええ。もちろんですとも」
冷静さを取り戻した男が口を開く。
「ところであのバカはどこへ向かったのだ?冒険者をクビになり、頼る仲間もいないだろうに」
「……そう言えばそうですね」
吟遊詩人が首を傾げる。
二人がカリスが去った方向を眺めているとカリスが戻って来るのが見えた。
慌てて後から来た男が姿を消す。
吟遊詩人がカリスに声をかける。
「忘れ物ですか?」
「おうっ。悪いが金を貸してくれ。サラを取り戻したらサラに返させるからよ!」
吟遊詩人は内心、このクズめ、と思っていたが口にも表情にも出さなかった。
「少しでしたら」
吟遊詩人が小金貨を一枚手渡す。
「おうっ、悪いな!って、しけてんなっ」
カリスは文句を言いながらも小金貨をポケットに突っ込む。
吟遊詩人はこめかみに青筋をたてながらもにこやかな表情を崩さなかった。
「あとサラがどこにいるか知らねえか?知らねえなら至急調べてくれ!」
「は、はあ」
「それとやっぱもっと金くれ!装備一式必要だからな!以前、一緒に旅した野郎が勝手に俺の装備売り払いやがったんだ!ったく、今度あったら倍にして返させるぜ!」
自分はその盗賊にその金額以上借りているのだが、都合の悪い事は消去したようだ。
カリスが当然という顔で吟遊詩人に手を差し出して金の催促をする。
「……」
「おい、早くしろ」
吟遊詩人は芽生えた殺意を必死に押さえる。
(我慢しろ。“人体実験”の先行投資だ)
吟遊詩人は自分にそう言い聞かせると追加で小金貨二枚をカリスに渡した。
カリスは「少ねえなぁ」とぶつぶつ言いながらポケットに突っ込んだ。




