387話 メイデス神の使徒達
話は救援隊がベルダ鉱山を出発する前まで戻る。
一人の神官がベルダ山の山林を歩いていた。
Bランククズパーティの神官である。
強い魔物がいるベルダ山を一人で行動するなど自殺行為だが、彼の表情は自殺をしに来たものではなかった。
彼の前にガルザヘッサが三体現れた。
「……去れ」
ガルザヘッサ達には言葉が通じなかったのだろう、神官に襲い掛かった。
しかし、
神官は素早く手にしたメイスで一体の頭を叩き砕くと、更に迫るガルザヘッサを左腕に装備していた小型の盾で弾き飛ばした。
残る一体に左手をかざすと攻撃魔法フォースを放つ。
フォースは初級魔法であるが、ガルザヘッサの体を容易に貫いた。
盾で殴ったガルザヘッサはまだ生きていたが、もう戦意は喪失していた。
その場から逃げようとしたが、殴られたダメージが残っていたため神官は容易に追いつき、その頭にメイスの一撃を加えて止を刺した。
その強さは彼が属していたBランククズパーティのリーダー以上であった。
そう、彼は力を隠していたのだ。
彼の本当の力はBランククズパーティのメンバーの誰も知らなかった。
「今更逃げようなどとは都合が良過ぎる」
死体となったガルザヘッサにそう履き捨てると神官は歩みを再開した。
神官がたどり着いたのは山林にひっそりと立っていた山小屋だった。
ドアを開け中に入ると先客がいた。
それも四名。
彼らは皆、ジュアス教団が邪神としているメイデス神の使徒達であった。
見た目で判断するなら戦士二人、魔術士一人、そして盗賊一人である。
彼らは神官の顔を見て少し驚いた表情をする。
「何故来た?まだ“任務”は終わっていないはずだが?」
神官は不満げな表情で首を横に振る。
「事情が変わった。プライドのクズリーダーがやられた」
神官は自分が属していたパーティのリーダーだというのに容赦なかった。
神官の言葉を聞いて彼らは驚きの表情をする。
「何!?誰にだ!?」
「叩きのめしたのはリサヴィのリオだ」
「リサヴィ!?やったのは鉄拳制裁ではないのか?」
彼らに問いに神官は首を横に振る。
「クズリーダーを倒したのリオだ。殺したのは俺のパーティの盗賊だがな」
「はあ?」
彼らが首を傾げるのは当然であろう。
神官も説明不足を自覚していたので補足する。
「奴はクズリーダーに恨みを持っていたからな。チャンスと思ったのだろう」
神官は自分のパーティと別れた後、ベルダには戻らず、遠くからこっそりと残ったパーティの行動を観察していたのだった。
「そのリオ、だったか、は鉄拳制裁が趣味で連れ回している勇者もどきのことだよな?」
「奴はもどきではない」
いつも淡々と話す神官が強い口調で否定するのを見て、皆が驚く。
「それほどの腕か?」
「ああ。奴の強さは本物だ」
神官はリオがクズリーダーをどうやって倒したかを説明する。
リオが本気を出す事なくクズリーダーを圧倒して倒したと話したが、彼らは信じなかった。
神官はそれに気付いていたが、真実は伝えたとばかりに無理に信じさせようとはしなかった。
聞き終えて盗賊がつまらなそうに叫んだ。
「なんだよ、あのクズ!『クズの時代を作るぜ!』とか言って息巻いていたのに大した事なかったな!」
「プライドの時代だ」
神官が盗賊の言葉を訂正する。
「そんなのはどっちでもいい」
「ああ、俺達には意味は同じだ」
「という事はだ。ベルダをクズ冒険者達で支配するって作戦は失敗したってことだな?」
戦士の問いに神官は頷く。
「クズリーダーがいなくなった今、あのクズ集団をまとめるのは難しいだろう。下手に街に戻って俺がクズリーダーの代わりにさせられては敵わないからな」
「そうだな」
戦士の一人がリサヴィの、サラについて尋ねる。
「それで鉄拳制裁を目の前で見てどうだった?噂通り強いのか?」
「戦いのほうはわからないが、治癒魔法の腕は大したものだ」
「ほう。それでもう一人の神官アリエッタだったか、そいつの腕はどうだ?」
アリスはまたも名前を間違えられていたが神官もそう思っていたのか訂正しない。
「あの女も想像以上だ。治療魔法だけで見れば、サラと同等かそれ以上かもしれない」
「つまりどちらもお前より上ってことか?」
盗賊はからかうような口ぶりだったが、神官は仏頂面のまま頷いた。
「その通りだ。どちらも俺より上だ」
自分の力に絶対の自信を持っていた神官がこうもあっさりと自分の負けを認めたことに皆驚く。
盗賊が慌てて聞き返す。
「お、おいおい。お前はあのクズパーティの中では力を隠していたんだよな。本気を出してもか?」
「そうだ」
「サラだけじゃないんだよな?もう一人の神官も腕が確かなんだな?」
「そうだ」
「「「「……」」」」
「つまり、サラだけじゃなく、そのアリエッタも我らの障害だって事だな?」
「そうだ」
魔術士は神官が不機嫌になったのに気づき、話を変えた。
「ところでお前がメイデス神の神官だと奴らに気づかれなかったか?」
「それは心配ないだろう。俺はジュアス教団に籍を置いている。教義はもう守ってないがな」
「それで本当にバレないのか?」
「怪しい動きをすれば魔法で調べられたかも知れないが、目立たないように行動した」
「そうか。ならいい」
今度は神官が話を話を変える。
「俺もそうだが、お前達も帰って来るのが早くないか?ベルダ鉱山へ向かった冒険者達の“処理”は終わったのか?」
神官の言葉からわかるようにベルダ鉱山の魔物襲撃は彼ら、メイデス神の使徒達の仕業であった。
更にいえば、ベルダが魔物に包囲される事になったのも彼らの仕業であった。
神官の言葉に彼らが不満げな表情をする。
「ハンドレッドアイズが冒険者どもに倒されたところで引き上げてきたのだ」
「ほう。流石Aランク冒険者といったところか」
「思ったほど冒険者にダメージを与えられなかったぜ。最初は調子良かったんだけどな」
「だが、ジュアス教団の神官どもは相当殺してやったぜ!」
そう嬉しそうに魔術士が言った後で、悔しそうに呟く。
「魅了の力を持つナンバーズがあればもっと殺せたんだがな」
「確かにあれがあればもっと魔物を集められたな」
「そうだな」
「でもまあ、デバグ・デッドを放ったからな。帰還時の油断しているところを襲えばもう少し削ってくれるだろうぜ!」
そう言った盗賊の顔はどこか楽しそうであったが、神官が水を差す。
「それは無理だな」
「何?」
「デバグ・デッドは倒されたぞ」
「なん、だと?」
「それもリオがやった。デバグ・デッドは死んだ真似して油断を誘ったのだが乗って来たのがクズ冒険者でな、そいつが犠牲になっただけだ」
止めはクズリーダーが刺したのだが、神官はそこまでの説明は不要と判断し、省略した。
「くそっ、やっぱクズを使うのは諸刃の剣だな。俺らの邪魔もしやがる」
「そんな事言うなよ。クズだからこその取り柄がある」
「ほう、どんなだ?」
「捨て駒にしても心が傷まない」
「お前はクズじゃなくても心は傷まないだろ」
「おいおい、ひでえ事言うな。繊細な俺の心が傷ついたぞ」
「話が脱線したぞ!奴らは何体倒したんだ?配置したのは二体だぞ。全部やられたのか?」
「そのとき倒したのは一体だ。だが、奴らはまだ残っていることを知っていたから倒された可能性が高いだろう」
「「「「……」」」」
その後、今後の方針を確認し合った後、戦士の一人が言った。
「予定通りに進んでいるとは言えないが、着実に前進している事は確かだ」
「そうだな。冒険者達の数は減っているし、その質も順調に“下がって”いる」
「その通りだ」
「だな!」
「メイデス神の解放をやり遂げた暁には、メイデス神は我らを新たな種族に進化させると約束された。それは人間を超え、魔族を超え、あらゆる種族の頂点に立つ、絶対的な存在へと生まれ変わるという事に他ならない!!」
「ああ!俺達がこの世界の支配者となるんだ!」
「絶対にやり遂げ、俺達の理想の世界を作り上げてやるぜ!!」
「「「おう!」」」
「……」
彼らが盛り上がる中、神官だけが冷めた表情でその様子を見つめていた。
それに彼らも気付いていたが彼がそのような態度を取るのはいつもの事なので気にしていなかった。
確かに神官の態度はいつもと変わらない。
だが、考えていることはいつもと違っていた。
(俺はメイデス神の声を初めて聞いた時、まだジュアス教徒だった。その時、いや、今もだが、世界に絶望していた俺は新しい世界を創造するという言葉に共感してメイデス神の使徒となった)
(しかし、リオと出会った時、俺は思わず跪き忠誠を誓いそうになった。その時はジュアス教の教えが俺の中で生きており、勇者となる者と出会ったからだと思った。だが、)
(だが、今冷静に考えてみると果たして本当にそうだったのかと疑問に思う。あの衝動は一体何だったのだ?)
神官はいくら考えても納得する答えが出なかった。




