385話 虎の威を借る狐
仲間を救ってもらった冒険者達がサラとアリスに感謝しているところに強引に割って入ってくる者達がいた。
そのパーティのリーダーが腕の擦り傷をどこか誇らしげな表情でサラに見せる。
「おうっ、サラ!次は俺の傷を頼むぜ!」
リーダーはそう言ってサラにキメ顔する。
続いてそのパーティメンバーも擦り傷を自慢げにサラに見せつける。
言うまでもなくサラにそのキメ顔は全く効果はなかった。
サラはチラリとリーダー達の傷を見ただけだった。
「おい!何してる!?早く俺の治療しろ!」
「……」
「その礼に俺のパーティに入れてやるからよ!」
「おうっ、そっちの神官もなっ!」
そのパーティメンバーのイヤらしい笑み、彼はキメ顔をしてるつもり、を見てアリスはぷいっと顔を背ける。
「なっ、て、テメエ……!」
サラは面倒くさそうに言った。
「あなた達の怪我は軽傷です。放っておいても治ります。それでも気になるなら街に帰ってから教会に行きなさい」
そのパーティのメンバーはサラの素っ気ない態度に怒りを露わにする。
「ざけんな!!金がかかんだろうが!」
「そうですね。きちんとお金を払って治療してください」
「「「ざけんな!!」」」
「私達は重傷者の治療しかしません。最初にそう言ったはずです」
リーダーは怒りを必死に抑えながら再びキメ顔をする。
「まぁいいじゃねぇか。俺らのパーティぐらいよ。なあ?」
「「おうっ!」」
彼のパーティのみ腕を振り上げて同意する。
「俺達は大活躍したんだぜ!俺が保証する!」
そう言ったリーダー、とメンバーの顔はなんか誇らしげだった。
しかし、その保証にどれだけの価値があるのかは彼らにしかわからなかった。
だからサラは無視した。
代わりにサラ達に仲間の治療をしてもらった冒険者達の非難の声が彼らに飛ぶ。
「お前らは何もしてないだろ!」
「その怪我だって逃げるときに転んだんじゃないのか!?」
「「「ざ、ざけんな!」」」
彼らの焦り具合から見て、どうやら図星だったようだ。
アリスが呆れた顔で言った。
「なんでっ、こんなクズみたいな人達がっ救援隊に参加する気になったんですかねっ?」
「「「誰がクズだ!?」」」
アリスの疑問にそのパーティ以外の冒険者が答える。
「こいつらは最初から鉱山にいたんだ。たまたま襲撃時に居合わせただけだ」
「ああ、救援隊とは無関係だ」
「なるほど。そういうわけですか。納得です」
「おお、じゃあ頼むぜ!」
彼らは今の話を聞いていなかったのか、何故かサラの“納得”という言葉を彼らを治療する事だと思ったようで、再びキメ顔しながらサラに擦り傷を見せつけた。
サラは呆れた顔で言った。
「頭が重傷なことはわかりましたが、残念ながらそれを治す魔法は授かっていません」
「「「ざけんな!」」」
「おい、いい加減にしろ!」
冒険者の一人がそのパーティを注意する。
しかし、
「うるせいぞ!お前らはさっきからよ!」
「俺らに逆らうとどうなるかわかってて言ってんのか!?あんっ!?」
「……」
その言葉で冒険者達は沈黙した。
ちなみに注意した冒険者はBランクで、サラに纏わりついている彼らはCランク冒険者であった。
救援隊の大半の冒険者が彼らより上、Bランク冒険者以上にも拘らず、威張り散らす彼らに強く出れないのは違和感があった。
彼らの実力がBランク以上というのならまだわかるが、全くそんな感じはしない。
実力を隠しているようにも見えない。
というか、先程アリスが言ったように彼らからはクズ臭がぷんぷんしていた。
サラがため息をつき、更に何か言おうとした時だった。
リオがすっとリーダーの前に立った。
「何だてめえ!?」
リオはリーダーに答えず、その腹に強烈な蹴りを入れた。
「ぐはっ!?」
今の一撃で内臓が破裂した。
リオの攻撃はそれで終わらなかった。
リオは腹を抱え込んだリーダーの顔を蹴り飛ばしたのだ。
「ぐへっ……」
リーダーは顎を砕かれ、悶絶しながら地面を転がる。
突然の事で呆然と成り行きを見守っていたサラだが、ハッと我に返りリオを止める。
「やめなさい!あなたは何やってるんですか!?」
リオは平然とした、いつも通りの表情で答えた。
「彼が『治療してほしい』って言ってるから重傷にしたんだよ。これでサラも納得して治療できるでしょ?」
「……は?」
リオの回答に唖然としたのはサラだけではない。
リオに重傷を負わされたリーダーのパーティをはじめ、その場でリオの言葉を聞いた者全員が唖然とした。
それに構わずリオは続ける。
「これがウィンウィン、てヤツだね」
そう言ったリオの表情に変化はなかったが、サラには誇らしげに見えた。
「流石ですっ、リオさんっ」
「ぐふ。見事だ」
アリスに続き、ヴィヴィもリオの解決策に納得。
しかし、当然ながらサラは納得しない。
「流石じゃありません!無駄な魔力を使うことになったではないですか!」
「そうなんだ」
しかし、結果だけ見ればリオの行動は効果覿面だった。
リオの常軌を逸した行動を見て、そのリーダーのパーティをはじめ、彼らと同じくサラ達に治療を求めたついでにパーティに誘おうと考えていた者達がばっ、リサヴィ、というかリオから距離を取ったのだった。
リオにボコられ重傷を負ったリーダーは念願叶ってサラの治療を受ける事ができた。
彼は治療後、パーティメンバーの肩を借りて立ち上がるとリオを睨みつけて叫んだ。
が、治療後、しかも手抜きということもあり口は上手く回らなかった。
「りっひーひらー!ほのくくほくははすれへえぼ!べるふぁにかへっへたたらほれにひゃはらっはこほほほうかいひゃへへへるぼ!」
そう言うとリーダーは彼のパーティと共に逃げるようにその場から離れた。
リオが首を傾げる。
「なんて言ってたのかな?」
「ぐふ。『ベルダに戻ってきた時に仕返しするぞ』みたいな事だな」
「そうなんだ」
そこへ控えめに声をかけてくる者がいた。
サラ達に仲間の治療をしてもらったパーティの一人だ。
「おい、気をつけろよ」
「え?彼らですか?」
「いや、奴らは大したことない。問題はバックにいる奴らだ」
「バック、ですか」
「ベルダから来たんだからプライドって知ってるだろ?」
「ええ。あ、もしかして……」
「そうだ。あいつらはプライドのメンバーだ。しかもプライドのリーダーと親しいらしい」
「ああ、なるほど」
「やっぱりクズだったんですねっ」
サラ達は彼らの態度がでかい理由をやっと理解した。
プライドを結成したBランククズパーティはBランクに相応しい力を持っていた。
そしてプライドには六十人を超えるクズ冒険者が属していたのだ。
そんな集団との争いに巻き込まれたくないと思って冒険者達は彼らの横暴を強く注意できないでいたのだ。
「ぐふ。なるほどな。先程の捨て台詞はクズ集団の力を使って仕返しするといったところだな」
そこでリオが、「ああ」と呟いた後で言った。
「これが虎の威を借る狐、ってヤツだね」
「ですねっ」
警告した冒険者はリサヴィの面々があまりにも平然としているのに違和感を抱く。
リサヴィが強いという噂は耳にした事があるが、流石に四人でプライドの相手をするのは無謀だと考えていたのだ。
「余裕だな。何か対策でもあるのか?」
「対策も何もっ……」
「ぐふ。向こうの出方を見てからでも遅くないだろう」
意地が悪い事には定評のあるヴィヴィがアリスの言葉を遮った。
サラはヴィヴィの意図に気付いた。
この冒険者と先程のCランククズパーティ、いや、ここにいる者達はまだ知らないのだ。
“虎の威を借る狐”での虎であるプライドが既に崩壊していることを。
その事を狐であるCランククズパーティに親切に教えてやる気はない。
彼らは街に着き、プライドが崩壊した事を知って今まで行って来た悪行のツケを払うことになるだろう。
この親切な冒険者にはその事を教えてもよかったが、どこで情報が漏れるかわからないのでヴィヴィはアリスの言葉を遮ったのだ。
そしてサラもヴィヴィと同意見であった。
「そうですね。その時考えましょう」
「そ、そうか。まあ、気をつけろよ」
商隊は再び歩みを再開した。




