37話 スリングを作ろう
幽霊屋敷の検証が終わった日までギルドのチケットで宿に泊まる事が出来るので出発は明日にすることにした。
夕食を済ませ、三人は部屋でリラックスしていた。
とはいえ、ヴィヴィは魔装具を外していたものの仮面だけは身につけたままだったのでその表情を窺い知ることはできなかったが。
サラが日課の神への祈りを捧げる。
祈りが終わるの待っていたかのようにリオが近づいて来た。
リオがサラの腰に手を伸ばすと腰のベルトに手をかける。
「……リオ、何をしているのです?」
サラは自分のベルトを外しにかかったリオの手を冷たく弾く。
「僕用のスリングを作ろうと思って」
「思って、何です?」
「材料のサラの紐ぱ……」
リオの頭が下を向く。
サラにどつかれたのだ。
「前にも言ったはずです。私のパンツはスリングの材料ではありません。あと紐パンでもありません」
「そうなんだ」
サラはリオをゴミを見るような目で見る。
そういう趣味の人なら「ありがとうございます!」とでもいいそうな視線だ。
だが、リオにはそんな趣味はなく、とはいえ普通でもなかったので怯える事なくサラを見ていた。
「大体あなたは私の着替えを何度も見てるでしょ」
「ぐふ、見せつけている、だな」
サラがヴィヴィを睨みつけると微かに仮面が動いた。そっぽを向いたようだ。
「私はあなたと違って見せつけた事など一度もありません。それはともかく、紐パ…そんな下着履いた事ないの知ってるでしょ」
「確かにサラの着替えを見たことあるけど覚えてないんだ。パンツ履いてた?」
「人聞きの悪いこと言わないでください!いつも履いてます」
サラは握り拳をリオのこめかみに当てグリグリする。
「確かにスリングの事すっかり忘れていましたね」
「うん、僕もヴィヴィに言われるまですっかり忘れていたよ」
「……そういう事ですか。ヴィヴィ」
「ぐふ?」
怒気のこもったサラの声に平然と答えるヴィヴィ。といってもヴィヴィの顔は仮面で隠れて表情が見えないので実際どうなのかはわからなかったが。
「あなたは一体何がしたいのですか?」
「ぐふ。駆け出し冒険者を鍛えているつもりだ。何か問題があるのか?いや、わかった。リオが遠距離攻撃を覚えるとお前の存在意義がなくなるから教えたくないのだな?」
「違います!そもそも私の本職は神官です!」
「ぐふ。ではリオにスリングを教えるのは反対ではないのだな?」
「当然です。私もリオには強くなって欲しいと思っていますから」
「ぐふ。では何の問題はないではないか」
「ええ。……って違うでしょ!何問題をすり替えているんですかっ!?」
「ぐふ?」
「何でスリングの材料を私のパ、下着だと言ったんですか?!」
「ぐふ。散々パンツと言っておいて今更言い換えても手遅れだ」
「う、うるさいわね!早く私の質問に答えなさい!」
「ぐふ。意味はない」
「……こんガキャ……」
サラとヴィヴィがぱんつの事で一触即発の時、空気の読めないリオがまたもやサラのベルトに手をかけた。
サラのさっきより冷たい目がリオに向けられるが全く気づかない。
ベルトが外れてズボンを下ろすとサラのパンツが露になった。
「……あれ?サラ、紐パンじゃないよ」
「さっきから違うって言ってるでしょうが!この鳥頭!」
サラの諸々の思いを込めたげんこつがリオを襲った。
「ぐふ。流石露出狂。やはり見せたな」
「リオには口で言っても無駄だと悟ったからです!」
翌朝。
三人はフィルの街を後にし、ヴァーシュの街を目指して出発した。
旅は順調に進み、魔物の襲撃もなく昼食を取った。
その後、リオはサラのスリングを借りて手ほどきを受ける事になった。
「これ手作り?」
「はい」
「すごいね」
「別にすごくはないです。必要に迫られて作っただけです。実際、職人が作ったものの方がずっと飛距離も命中率もいいですよ」
「じゃあ、何でこれを使ってるの?」
「私に関して言えばこのスリングが一番扱いやすいからです。長年使っていますし、愛着もあります」
「そうなんだ」
サラはスリングを自作することになった事を思い出していた。
ナナルの特訓でろくな装備も与えられず、どこともわからない森へ放りこまれた事があった。
食料もなく、獲物を狩るために数少ない所持品から文字通り必死になって作った相棒である。
作り方はナナルに前もって教わっていたが、狙った場所へ飛ぶようになるまで何度もトライアンドエラーを繰り返した。
このスリングのお陰で食料確保する事ができ、ナナルの特訓を乗り切ったのである。
(……あー、辛かったこと思い出したわ。……あれ?このスリングって、何を材料に作ったんだったかしら?)
「サラ?」
「あ、すみません、ちょっと昔の事を思い出してしまって」
「そうなんだ」
「では、始めましょうか」
「うん」
結論からいえばリオは全く上手くならなかった。
「リオ、人には向き不向きがあります。スリングは諦めませんか?」
「うーん、もう少しでコツを掴めそうなんだけど」
「そうですか?」
サラの見たところでは、そんな様子は全く見られなかった。
何度注意しても同じミスをするし、弾は全く見当違いの方へ飛んでいく。
弾は武器屋で購入したものでタダではない。
「私にはとてもそうは見えませんが?」
「ぐふ。弾ではなく匙を投げたか」
「上手いこと言ったつもりですか!」
「ぐふ。そのスリングはお前に調整されているのだ。他の者には扱いづらいのではないか?」
「確かにそれはあるかもしれませんね。私の癖がついているのかもしれません」
(無駄使いになるかもしれないと私のスリングを使いましたが、逆にお金を使った方が元を取るために必死になるかもしれないわね)
サラはそう思ったもののリオが必死になっている姿は全く想像できなかった。
「リオ、私のスリングを使っていて何か感じる事はないですか?例えば思った方と違う方へ飛ぶとか」
「うん、いつも思った方向に飛ばないよ」
「……そうでしたね」
(私の癖以前の問題だったね)
更に練習しているところに雨がポツポツと降り始めた。
「リオ、ここまでにしてそろそろ出発しませんか?」
「わかった」
以降、リオはスリングの事をすっかり忘れてしまったようで手解きを受けたいと言ってこなかった。




