358話 騒ぐ者達
「隊長!」
見張り台の部下の興奮した声に守備隊長が顔を上げる。
「どうした!?まさか魔物が再び現れたのか!?」
「違います!商隊です!商隊が来ています!!それも大商隊です!!」
ベルダが魔物の包囲から解放された事を知って集まって来た住人達が見張りの声を耳にして歓声を上げた。
ベルダに滞在していたクズ冒険者達が素材漁りをしているのを尻目に魔物を追い払った冒険者達、リオ、サラ、そしてマウは商隊と合流してそれぞれの馬車に戻り、ベルダの街の門をくぐった。
待ち望んだ物資の到着に街中から住人が集まり拍手と歓声が彼らを包んだ。
そして最後尾のリサヴィが乗る馬車に引かれた簡易的な荷車の積荷、キラーザム二体の死体を見て住民達が驚愕の声を上げるのだった。
「……あいつら何やってんだ?」
「クズ、ですわね」
「だね」
リトルフラワーの視線は商隊と並んで歩く冒険者達に向けられていた。
彼らは住民の歓声に手を上げて応えているが商隊とは全く無関係の者達である。
彼らはさっきまでリオ達が倒した魔物の素材漁りをしていたクズ冒険者達であった。
彼らはこの商隊と共に街へ入れば、街を包囲した魔物を追い払った英雄だと住人達に思わせることができ、後で美味しい思いが出来ると考え、素材漁りを切り上げて商隊と一緒に街へ入って来たのだった。
彼らの顔はとてもそのようなクズ行為を行っているとは思えないほど誇らしげな表情をしていたので、住民の多くは疑うことなく彼らにも歓声を送る。
もちろん、ベルダにいた冒険者達は彼らのクズ行為に気づいていたが見下した視線を送るだけだった。
下手に指摘して彼らの活躍 (していないが)を僻んでいると思われるのも嫌だし、当の商隊が彼らに抗議する様子がなかったからだ。
ちなみにウーミ達が抗議しなかったのはクズ冒険者とは極力関わりたくなかったからである。
だが、どこにでも二番煎じを狙うものはいるものである。
商隊から苦情が出ないと見ると次々にクズ冒険者達がその列に加わり手を振り出したのだ。
そして更に子供達がお祭りと勘違いして参加し始めた。
「……これなんですっ?」
馬車の中からこっそりと外の様子を眺めていたアリスが首を傾げる。
「ぐふ?」
「あのっ、知らない冒険者達が商隊の列に参加して、『自分も関係者だっ』みたいにみんなに手を振ってたんですけどっ、なんか次々と冒険者達がマネしだしてっ、今は子供も一緒に並んで手を振ってますっ」
「ぐふ、まあ子供はお祭りとでも思ったのだろうな。クズの事は考えたくもない」
「ですねっ」
「さっさと馬車の中に戻っておいて正解でした」
「そうなんだ」
その後、子供達を連れ戻そうと商隊に近づく親を見た住人が何か勘違いしたようで住民達もその列に加わり出した。
結局、なんだかよくわかならない集まりになり、前を塞がれた商隊はしばらく立ち往生する事になった。
その間、リサヴィとリトルフラワーを除く商隊の護衛はどさくさ紛れに荷物を奪われないよう必死に警備した。
その後、守備隊と冒険者ギルドの警備員がやって来て人々を追い払い、商隊は商業ギルドへ到着したのだった。
ベルダの街は久しぶりに活気づいていた。
言うまでもなくウーミ達の商隊によって大量の物資が運ばれたこととリオ達が倒した魔物の肉が大量に手に入ったからだ。
マナッド・レインで強化された魔物は素材の質が非常に良い。
その肉質も良く、同じ魔物でも他の地域で狩ったものであれば毒でしかない部位が、マナッド・レインの影響か毒が消えただけでなく美味しくなるのであった。
このため、ベルダでは特に魔物の料理の研究が進んでおり、日々改良もされていた。
ベルダはゲテモノ料理の街としても有名であったのだ。
クズ冒険者達はリサヴィとリトルフラワーが倒した魔物の素材を換金して得た金を酒場や娼館などにばら撒いていた。
この結果から商隊をしつこく追ってきたフットベルダのクズ冒険者達の嗅覚は確かだったと言える。
もし、彼らが商隊と共にベルダにやって来ることができたならば、ベルダのクズ冒険者達と同じくおいしい思いができたことであろう。
ちなみにリオ達が倒した魔物の素材は一緒にやって来た商隊の者達も回収していた。
もちろん、彼らはクズ冒険者達とは違い、きちんとリオ達に了承を得た上で、である。
酒場で騒いでいたクズ冒険者達はまるで自分達がベルダを魔物から解放したかのように自慢し合っていた。
酒を飲んで酔っ払っていたからと思うかもしれないが、それは関係なかった。
彼らは酒が入ろうがなかろうが他人の手柄を自分の手柄のように語るのである。
「うめえ!流石俺が獲った肉だぜ!」
「馬鹿野郎!それは俺が獲った肉だ!」
彼らは魔物の肉を直接店に持ち込んで飲み食いしていた。
「な、俺の肉だろ、ねえちゃん、っと!」
クズ冒険者の一人が後ろを通りかかったウェイトレイの尻を撫でる。
「きゃっ!?」
ウェイトレスがムッとした顔でそのクズ冒険者を睨んで去って行く。
「がはは!」
「お前なあ……羨ましいぜ!」
「だろ?」
二人で「ガハハ」と笑った。
ちなみにそのクズ冒険者達はどちらが獲った肉かで争っていたがそれはどちらも正解ではなかった。
「リサヴィ達から盗った肉」が正解である。
同じ頃、混成商隊の商人三人が合同で主催したパーティが行われていた。
費用は全額商人持ちである。
リサヴィとリトルフラワーも当然出席していた。
パーティは和やかに進んだが、ちょっとした問題も起きた。
一つはクズ冒険者達である。
その会場に商隊の列に並んでいたクズ冒険者達がやって来た。
彼らは最初に商隊の列に並ぶ事を思いついた者達で、自分達も商隊の一員であり、パーティ参加は当然だと本気で思っていたのだった。
これは別に彼らに限ったことではない。
上級クズ冒険者ともなると妄想を現実と思い込む能力を持っているのだ。
それゆえ、彼らの語る言葉には真実味があり、彼らの事を知らない者達はコロリと騙されてしまうのだった。
しかし、商隊の者達は彼らが自分達と全くの無関係で何もやっていないことを知っているし、彼らの妄想に付き合う義務もない。
パーティの出席表に載っていない彼らが堂々と入室しようとするのを警備員達が慌てて止める。
連絡を受けてやって来たウーミは彼らを一目見て警備員に彼らが無関係であると告げて会場に戻っていった。
納得いかず妄想を垂れ流して抗議するクズ冒険者達を警備員達は力づくで排除したのだった。
もう一つは商人だ。
彼は前回の失敗での違約金やその他の問題を抱えていたが、今回無事荷物を運ぶことができ、Aランク相当の魔物となっていたキラーザムを一体丸ごと手に入れることができた事で、それらの解決に目処が立ちとても気分がよかった。
そこでうっかりリトルフラワーのことを蔑称である二つ名のサキュバスと呼んでしまい、彼女らの冷たい視線を浴びた。
彼の酔いはすっかり覚め、酔いとは別の意味で顔を青くし、「急用を思い出しましたっ」と言って会場を出て行き、その後会場に戻ってくる事はなかった。
パーティが終わり、リサヴィとリトルフラワーはウーミが用意してくれた高級宿屋に移動した。
リサヴィ達はこの宿屋に三日間無料で宿泊できる事になっている。
これは護衛のお礼の意味が大きいが、思った以上にクズ冒険者が多い事を初日に知ったウーミは、リサヴィ達が商隊を護衛をしていた事を彼らクズ冒険者達が知れば絡んでくるのが目に見えていたので少しでもリサヴィ達の負担を減らそうという心遣いでもあった。
幸い、リサヴィ達がベルダに来ている事を知っているのは今の所、商隊関係者に限られている。
ベルダ周辺で戦っている姿を兵には見られているが、リサヴィとリトルフラワーの混成チームだとはわからなかっただろう。
素材漁りをしていた冒険者達がサラ達の顔を見ていたのではないかと思うかもしれないが、彼らは見ていなかった。
素材漁りの文句を言われるの恐れ、顔を合わせようともしなかったのだ。
そのため、近くにいながらも顔を覚えていなかったのである。
そしてベルダの街に入った時も馬車の中にいて姿を見せていない。
その後も商業ギルド、パーティ会場、そしてこの高級宿屋への移動も馬車だったので姿は見られていないはずだ。
フットベルダからやって来る者達の中にはリサヴィ達が商隊の護衛をしていたことを知っている者達もいるだろうが、それはまだ先の話だ。
もちろん、ウーミは善意だけでこのような事をしたわけではない。
リサヴィ達の護衛依頼は片道だけの契約であった。
リサヴィの目的はユーフィに会うことなのだからユーフィに会わずにフットベルダに戻る気はない。
そのため、もし、ユーフィと会ってベルダに戻ってきた時にまだウーミが残っているようであれば優先的に護衛依頼を受けるという約束を取り付けたのだっだ。
ということでリサヴィ達はウーミの心遣いをありがたく受ける事にし、ベルダでの活動はクズ冒険者達の様子を見てからにすることにした。
その余裕が今のリサヴィにはあった。
ユーフィの館へ向かうにはベルダ鉱山を通り抜けなければならない。
しかし、今のベルタ鉱山は魔物の襲撃で立ち入りが禁止となっており、いつ解除されるかはわからなかったからだ。
そしてこのベルダ鉱山への立ち入り禁止はウーミにも影響を与えていた。
ウーミは、いや他の商人達もだがベルタに荷物を納品して終わりではない。
馬車の荷台を空にしたまま帰る気は毛頭なく、ベルタ鉱山で採掘されるマナタイト鉱石を仕入れる予定だったのだ。
しかし、鉱山が立ち入り禁止となったことでマナタイト鉱石の購入が困難な状態になっていた。
もちろん、ベルダにはまだ在庫が残っているがこのような状況のため、いつもより割高になっており、今買うと儲けが少なくなるため鉱山が解放されるのを待つか今の価格で仕入れるかの選択を迫られていたのだ。




