354話 キラーザム その1
商隊はベルダ山の山道に入った。
ベルダ山には山賊がいないと言われている。
実際、山賊に襲われたという話は聞いた事がなかった。
仮に旅人や商隊を襲うために山賊が待ち構えていたとしてもその間に彼ら自身が強力な魔物に襲われるのでとても割に合わないのだ。
そんなわけでリサヴィ達が注意すべきは人間ではなく魔物であった。
商隊の先頭の馬車にリトルフラワー、最後尾の馬車にリサヴィが乗る隊列で山道を進む。
荷物をたくさん積んでいることもあり、そのスピードはそれほど速くない。
道中に魔物に襲われる事を心配していたが大所帯になったおかげか、キャンプスペースまでは何事もなく到着した。
見張りはいつも通り、リオとアリス、サラとヴィヴィのペアだ。
リトルフラワーはリリスとオテク、マウとジェージェーのペアだった。
パーティ毎で分担しなかったのは移動中に護衛する場所が先頭と最後尾で異なるためだ。
その他に各商隊専属の護衛も参加していた。
焚き火の前でじっと座っているリオとそれに寄り添うアリス。
その姿は遠目に見れば恋人同士に見えなくもなかったが、実際にリオの表情を見ればそうは思わないだろう。
アリスはどうかといえば、うっとりした表情で目を瞑り、というか寝ていた。
しかし、リオが注意する様子がないので同じ時間帯の見張りの護衛は注意しなかった。
そろそろ次の見張りと交代する時間だと護衛が思った時だった。
リオがゆっくりと立ち上がった。
リオという壁が消え、倒れかけたアリスだが、ハッと目覚めて地面とキスするのを辛うじて回避する。
「リオさんっ?」
「……なんか来た」
そう呟いたリオの表情はちょっと嬉しそうだった。
「み、みんな起こしますねっ!」
アリスがそう言った時にはサラとヴィヴィがやって来るところだった。
「あっ、サラさんっ!ヴィヴィさんっ!」
「わかっています」
「そ、そうですかっ。あ、リリスさん達はっ?」
「ぐふ。向こうも気づいている。放っておいても大丈夫だろう」
「わかりましたっ」
リサヴィの行動についていけない護衛が遠慮がちに一番話しやすいサラに尋ねる。
「あのっ、何が?何か近づいているんですか!?」
「ええ。念の為、みんなを起こして下さい」
「わ、わかりました!」
護衛達がかけて行く。
「ぐふ。そんな装備で大丈夫か?」
ヴィヴィは暗に魔法武器のポールアックスかリムーバルバインダーで魔法強化された魔法剣を使うかと尋ねたのだ。
しかし、
「大丈夫、問題ない」
リオはあっさりとその提案を断った。
その後、思い出したかのように付け加える。
「ああ、僕一人で戦うよ。補助魔法もいらない」
「わかりました。でも危険だと思ったら加勢します」
「わかった」
間もなくしてウォルーの集団が姿を現わした。
アリスが予め決めておいた手順に従って商隊全体をエリアシールドで包む。
戦闘要員ではない商人達がエリアシールドの中で安堵の表情をする。
しかし、ウォルーとの戦いは起きなかった。
いや、全くないわけではなかったがそれはウォルーの進路上にいた者だけだ。
他のウォルーは商隊に一切目もくれず走り去っていった。
唖然としている護衛達をよそにヴィヴィが呟いた。
「ぐふ。まさか魔物に“押し付け”とやらをやられるとはな」
護衛達がヴィヴィの言葉の真意を尋ねようとしたが、すぐにその必要はなくなった。
ウォルー達がやって来た方向から強力な魔物の気配がしたからだ。
それも二つ。
リオ達の前にその魔物達が姿を見せた。
アリスがエリアシールドの中から叫ぶ。
「キ、キラーザムですっ!」
「そうなんだ」
「リオさんっ、キラーザムの甲殻は固いので気をつけてくださいっ!剣が折れちゃうかもしれませんっ」
「そんなに硬いんだ」
キラーザムは全身を非常に硬い甲殻で覆われており、普通の武器ではその甲殻に傷をつけることもできない。
では、通常の武器では倒せないかというとそういうわけでもない。
体を覆う甲殻は複数枚で構成されており、甲殻と甲殻の間には僅かな隙間があり、その隙間を狙えばダメージを与える事ができる。
ただ、言うまでもなく、隙間を狙うのは非常に難しく、高度な技術を必要とする。
リオは二本の剣を抜き、キラーザムに向かって行った。
ほぼ同時にリトルフラワーももう一体と戦闘に入った。
キラーザムのハサミのような形をした腕がリオを襲う。
リオはそれを難なくかわして手にした二本の剣でキラーザムを斬った。
しかし、どちらもキラーザムの硬い甲殻に阻まれ、まったくダメージを与えることはできなかった。
それどころか、左手に持つ剣はアリスが警告したように、甲殻の硬さに負けて刃こぼれしていた。
「フォロの剣は丈夫だな」
そう、刃こぼれしたのはリオが前から持っていた剣で、フォリオッドから買った剣は刃こぼれしていなかった。
とは言え、キラーザム相手に剣の耐久試験をするつもりはリオにはない。
今のは甲殻の硬さを確認しただけだ。
剣を一本ダメにするという代償を支払うことになったが、リオは気にしなかった。
(フォロの剣がもう一本あるしね)
ウーミはもっと間近でリオの戦いを見ようとエリアシールドの境界ギリギリまで移動する。
それに気づいた他の商人達もおっかなびっくりの表情でウーミの後をついて来た。
商隊の護衛達がキラーザムに怯える中、ただ一人、ウーミだけはどこか酔ったような表情でリオを見つめていた。
(またリオさんの戦う姿をこの目で見れるなんて!)
「え、援護しますっ!」
エリアシールドの外にいた護衛の言葉でウーミは我に返る。
「必要はありません!」
「でも……」
「リオさんに、リサヴィに任せておけば大丈夫です。それよりあなた達はリトルフラワーの方達の様子を見て来て下さい。彼女らが助けを必要としたら加勢してください。くれぐれも勝手に行動して彼女達の邪魔だけはしないように!」
「は、はい!」
「それと周辺の警戒もお願いします。ウォルーが戻ってこないとも限らないですから」
「わ、わりました!」




