353話 クズ冒険者達の悪あがき
商隊の出発は仰々しいものとなった。
それはクズ冒険者達のせいであった。
彼らがしつこく商隊に付きまとうのでギルドの警備員を総動員して必死に彼らを引き剥がしにかかっていた。
騒ぎを耳にして集まってきた住人達は商隊が大規模なこととギルドの警備員が大勢いるのを見て勘違いした。
住民達もベルダで品不足が起きていることを知っており、それを助けるためにギルドが独自に大規模な商隊を編成して向かわせる、と思ったのだった。
その勘違いに商人達は気づいたが、訂正できるような雰囲気ではなかったので沈黙する事にした。
こうして商隊は勘違いした住人達に盛大に見送られ、ベルダに向けて出発したのだった。
「いよおっー!お前らっー!どこ行くんだっー!?」
しばらくしてそんな叫び声が背後から聞こえた。
アリスが馬車の中からこっそりと後方を見ると何組かのパーティが全速疾走で追いかけてくる姿が見えた。
「なんか冒険者達が追って来ますっ」
「ぐふ。クズ達だな。なし崩し的にこの商隊に加わろうとでも考えたのだろう」
大正解であった。
彼らはギルドの警備員の制止を振り切って商隊を追いかけて来たクズ冒険者達であった。
再び彼らが大声で叫んだ。
「なにっー!?ベルダだとっー!?」
「俺らもなんだっー!」
「奇遇だなぁー!!」
「よーしっ!俺らも護衛をしてやるかっー!!」
「「「だなっー!!!」」」
「報酬は〜他の奴らと〜同じでいいぜっー!!」
「「「おうっー!!!」」」
「よーしっ、決まったっー!」
「「「だなっー!!!」」」
「馬車を止めて〜俺らを乗せろっー!!」
アリスがポカンとした顔で言った。
「……なんかっ、会話が勝手に成立してるみたいですっ」
「ぐふ」
「何が奇遇なのかしら、全く」
「ですねっ」
商隊から何もリアクションがないことから商隊に加わるのは無理だと気付きそうなものであるが、彼らは気づかなかった。
いや、気づいていたかもしれないが諦めが悪かった。
最初、商隊とクズ冒険者達との距離は結構離れていたが、その距離は縮まりつつあった。
荷物満載という事もあるが、何としてでも楽して金儲けしてやるという彼らの執念が足をつき動かしたのだ。
その後もクズ冒険者達は走りながら大声で叫び続けていたが、流石に息が苦しくなって来たようで発する言葉が途切れ途切れになっていた。
「な、なあっ!!って!」
「ま、待てよ!って、待ちやがれ!!」
「ちょ、ちょ待てよっー!」
「じゅ、じゅじゅ、重要なっ、話がっ、あるんだっー!だ、だからよっー!わかんだろっー!」
「と、止まれっー!!止まりやがれ!!げほっげほっ!」
アリスが首を傾げる。
「なんか重要な話があるっ、って言ってるみたいですけどっ」
「ぐふ。クズの言う重要な話ほどどうでもいい話はない」
「そうですね。それに話を聞くか判断するのは私達ではありません」
「ですねっ」
「そうなんだ」
しかし、この追跡劇にも終わりがやって来た。
彼らの大声が引きつけたのだろう、いつの間にかウォルーが彼らと並走していた。
そして彼らが疲れ切ったと判断したのか、彼らに一斉に襲いかかったのだった。
ウォルーとの戦闘に入った彼らとの距離は広がっていき、やがて見えなくなった。
ヴィヴィがどこか呆れた感じの口調で言った。
「ぐふ。もはや奴らは存在自体がギャグだな」
「ですねっ」
一難去ってまた一難。
しばらく進むと商隊の行手を遮る者達が現れた。
もちろん、クズ冒険者達である。
商隊は彼らに前を塞がれているため仕方なく馬車を止める。
商隊がもともと雇っていた護衛達が警戒しながら彼らに声をかける。
「通行の邪魔だ!さっさと退け!」
しかし、彼らは全く退く様子はなく、ヘラヘラ笑いながら言った。
「お前ら、ベルダに行くんだろう?」
「ってか、護衛する馬車の数が予定よりすげえ増えてんじゃねえか」
「こりゃ、護衛の数が心細いだろう」
「だな!」
「よしっ!俺らが護衛してやるぜ!」
「まぁ、安心しろ。護衛代は他の奴らと同じで許してやる」
そう言うと彼らは「ガハハ」と笑い出した。
そこへ面倒臭そうな顔をしたリトルフラワーが商人と共にやって来た。
「おうっ、お前らリトルフラワーだったな。同じ護衛同士よろしくなっ!」
既に彼らの中では護衛することが確定しているようだった。
リリスが呆れ顔で商人に尋ねる。
「どうしますか?彼らはああ言ってますけれど」
「いえ、必要ありません」
商人は悩む素振りもなくキッパリと言った。
「だそうだ。わかったらさっさと退け!」
マウが彼らを威嚇する。
一瞬怯えた表情をしたが彼らは退かない。
「ざけんな!なんで俺らがダメなんだ!?」
「そうだぞ!俺らが護衛してやるって言ってんだぞ!」
「俺らの護衛を断るなんて有り得ねえだろうが!」
彼らはリトルフラワーとは目を合わせず、商人を睨んで脅しにかかる。
もし、彼の護衛だけなら怯んだかもしれないが、今はBランク冒険者のリトルフラワーがそばについているし、揉めている時間が長ければ最後尾の馬車に乗っているリサヴィも駆けつけてくるはずなので、恐れる事なく堂々と断る理由を述べた。
「あなた方は『俺ら俺ら』と言いますが、私はあなた方の事を全く知りません」
「ざけんな!俺らだってな!リトルフラワーなんてパーティ知らねえぞ!」
「「「だな!」」」
商人は「ではサキュバスといえばわかるでしょう!」と思わず言いそうになったがなんとか堪えた。
この二つ名は蔑称であり、彼女達をその名で呼んで機嫌を悪くされて護衛をキャンセルすると言い出されたら困る。
そうなったら自分だけではなく、他の商人達にも迷惑をかけてしまうのだ。
「……あなた方がリトルフラワーの事を知っていようが知っていまいが関係ありません。私が知っていれば良いのですから」
「「「ざけんな!」」」
商人の正論にクズ冒険者達が怒り出した。
そして彼ら独自のクズ理論を展開し始める。
「俺らはなぁ、いつ魔物に襲われるかわからねえこの場所でお前らが来るのをずっと待ってたんだぞ!」
「それがどんなに危険なことだったかくらいわかんだろうが!」
「俺らはこれだけの覚悟をして今ここにいるんだ!その責任を取る必要がお前らにはある!」
「だな!」
お手本としてどこに出しても恥ずかしくない?言いがかりであった。
マウが呆れ顔で言った。
「その覚悟はもっと別なことに使え」
「ざけんな!」
「いや、ふざけてるのはあんた達だよ」
「ざけんな!」
ジェージェーの言葉も彼らには響かない。
リリスも呆れ顔で言った。
「この辺りの魔物にすら怯えているあなた達がベルダまでの護衛を出来るわけないでしょう。向こうにはもっと強い魔物がいるのですよ」
「ざけんな!だったらお前らが俺らも守ればいいだけだろう!」
「「「だな!!」」
「「「「……は?」」」」
今の発言はリトルフラワーだけでなく、その場にいた、いや、その言葉を聞いた者達全員に痛恨の一撃を与えた。
我に返ったリトルフラワーは「マジか、こいつら」と馬鹿を見る目を彼らに向けると、彼らは発言した者を含め、どこか誇らしげな顔をしていた。
マウが彼らに馬鹿を見る目を向けたまま尋ねる。
「なあ、ちょっと教えてほしいんだがよ、護衛に護衛してもらう護衛ってなんだ?」
ジェージェーとリリスもマウの後に続く。
「てか、それってさ、護衛じゃないよね。乗客だよね」
「いえ、護衛代を要求していましたから乗客でもありませんわ」
彼らはその言葉を聞いてやっと“うっかり本音”を言ってしまった事に気づく。
「よし、じゃあ、自分達が役立たずだとわかったところでさっさと退け、クズども」
マウの言葉に彼らはキレて各々の武器を手にする。
それを見て商人が震えるがリトルフラワーは全く動じない。
それどころか、
「ほう、あたいらとやる気か。お前ら盗賊確定だな!」
「だねっ」
「では、遠慮なく排除しましょう」
そう言ってリトルフラワーも各々の武器を抜いた。
クズ冒険者達はリトルフラワーの殺気を浴びて今更ながらに格の違いを思い知った。
「ちょ、ちょ待てよ!」
「わ、わかった!み、道を空けるぜ!」
「なっ、だから落ち着けって!」
彼らは慌てて武器を収めて道を空ける。
「最初からそうすればいいんだ。このクズどもが」
馬車がゆっくりと動き始める。
命の心配がなくなると彼らは商隊に向かって喚き始めた。
「チクショ!覚えてろよ!」
「絶対後悔するからな!」
「おう、ぜひ後悔させてくれ!」
マウが笑って答えた。
マウが車内に視線を移すとジェージェーが真剣な顔をして考え事をしているのに気づいた。
「なんだ、どうした?まさか、奴らが何かすると思ってんのか?」
「まさか、そうじゃなくてさ……」
「はっきり言ってください。あなたらしくないですわよ」
「そうだぜ!」
二人の言葉を受けてジェージェーはボソリと言った。
「あのさ、ボク達にもさ、移ってないよね?サラのクズコレクター能力……」
「「……」」
二人はジェージェーの問いに答えなかった。
ちなみにクズ冒険者達は喚いただけでは腹の虫が治まらないらしく、彼らの一人がまだスピードが乗っていない馬車に蹴りを入れた。
それを見て他の者達も真似をし出す。
中には蹴りがドアに当たり、歪むものもあった。
そして、リサヴィが乗る馬車にも蹴りを入れた。
最後という事でその冒険者は力いっぱいドアを蹴った。
ゴキっ、という音がすると同時にその冒険者が悲鳴を上げた。
足が折れたのだ。
実は蹴られることがわかっていたのでヴィヴィが予めドアにロックの魔法をかけて強化していたのだった。
「待ちやがれ!仲間の足が折れたぞ!」
「戻って来い!」
「責任取りやがれ!」
当たり屋の常套句が聞こえて来た(彼の足は演技ではなく本当に折れていたが)が商隊が止まる事はもちろんなかった。




