345話 自称自警団
その村には二つの自警団があった。
その一つは村の大人達で作られた正式な自警団、もう一つは働き盛りの若者が集まって作った自称自警団である。
彼ら自称自警団の夢は冒険者になって世界を周り、危険なダンジョンに挑み、数々の魔物を葬って富と名声を得て、美女に囲まれた日々を送ることであった。
その野望のために自警団の訓練と称して畑仕事をサボり、自作した木刀や棍棒でチャンバラごっこをして日々を過ごしていた。
極論すると彼らは村の無駄飯食い集団であった。
彼らには村人達も手を焼いていたが、この村は他の村と比べ裕福だったので、彼らが畑仕事をサボってもやっていけた。
そのため、その我儘が通っていたのだった。
彼らは自警団を名乗るからにはそれなりの結果を残す必要があると考え、森へ向かいウォルーを退治した事があった。
群れから弾き出され一頭でフラついていたウォルーを運よく見つけ、数人がかりで倒したのであった。
それだけで彼らは冒険者になるための力を十分を持っていると思い込んでしまった。
そんなときである。
最近、村の近くでウォルーの姿をよく見かけるようになったのを不安に思い、村長は冒険者ギルドにウォルーの退治依頼を出した。
それを知って自称自警団は腹を立てた。
「俺達に依頼しろ!」と村長に詰め寄ったが受け入れられるはずもない。
彼らの親達はバカ息子とはいえ、危険に晒したくなかったのである。
そこへウォルーの退治の依頼を受けたリオ達リサヴィがやって来たのだった。
自称自警団のリーダーは村の入り口で冒険者達を待ち構えていた。
そしてやって来たリオの姿を見て拍子抜けする。
こんなガキでも冒険者になれるのか、と。
リーダーは自分より年下と思われるリオが冒険者であることに嫉妬し、怒りが込み上げてきた。
「俺達を差し置いてこんなガキを雇っただと!?」
「なんで俺達に頼まねえんだよ!」
「そうだぜ!俺達を舐め過ぎだろ!」
「こんな奴らに金払うなら俺達に払えってんだ!ウォルーくらい俺らで退治できるぞ!」
リーダーの言葉に続き、自分達の力を過信している自称自警団の連中も口々に罵詈雑言をリオ達に浴びせる。
リオをバカにされ、ムッとした表情でアリスが反論する。
「リオさんは強いんですよっ!」
リーダーはアリスの美しさに一瞬見惚れたものの、皆の前である事を思い出し、顔を赤くしながらも挑発する。
「はっ、なに言ってんだ神官様よ……まさかお前、このガキが勇者だとでも思ってんのか?笑わせるぜ!」
自称自警団の若者達がリーダーと共に笑う。
自称自警団のリーダーはリサヴィのパーティ構成を確認する。
(戦士二人に、神官、とあれは棺桶持ちとかいう荷物を運ぶしか能のない奴だな。てことは実際に戦うのはたった二人で、そのうち一人がこんなガキかよ)
リーダーは勝機ありとほくそ笑む。
「よしっ、じゃあ、どっちが強いか勝負しようぜ!勝敗はそうだな、どっちがウォルーを多く倒すかだ。俺達が勝ったら今回の依頼報酬を俺達に寄越せよ。あと俺達をギルドに推薦しろ!いいなっ!」
「リーダー!あとその神官ももらおうぜ!」
「そうだぜ!パーティには神官が必要だぜ!」
自警団の若者達の性欲丸出しの視線を浴び、アリスが「リオさーんっ」とリオに抱きつく。
リーダーも彼らに負けず劣らずの好色な笑みを浮かべて頷く。
「よしっ、その条件も追加だ!いいな神官!勝ったら俺達のパーティに入れよ!」
もう勝った気でいる自称自警団を前にリオが首を傾げた。
「サラ、僕はこの人が何を言ってるのかわからないんだけど」
「なんだとてめえ!黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
リオが再び首を傾げる。
「ん?黙ってた?」
「バカにしやがって!いいだろう!ここで勝負をつけてやるよ!俺とお前の一対一の勝負だ!かかって来いやー!」
自称自警団のリーダーは「かかって来い」と言っておきながら手にした棍棒を振り上げて自ら飛びかかっていった。
リオはアリスを退避させてからひょいっ、とかわし、足を引っ掛けてリーダーを転ばせる。
起き上がろうとしたところで顔を踏みつけながら片腕を捻じ上げた。
「痛ててえっ!畜生っ!足を退けろ!腕を放しやがれっ!」
リオは締め上げた腕を更にねじ上げる。
「痛えって言ってんだろっー!放しやがれクソガキーっ!」
「放してあげなさいリオ」
「……」
サラの言葉はリオの耳に届いていたはずであるが、リオは離さない。
リーダーの腕からバキッと嫌な音がした。
「ぎゃあああ!」
リオはリーダーから手を離し、顔から足を退かした。
リーダーが腕を押さえながら転がる。
「こ、こいつっ、俺の腕を折りやがったぁー!」
「リオ!」
「うん?」
サラの詰問調の呼びかけにリオは不思議そうな顔をする。
「そこまでする事はないでしょう!」
「でも森までついて来られたら邪魔だよ。これでついて来ようなんて思わないでしょ」
自称自警団一の力を誇るリーダーがあっさりやられ、自称自警団のリオ達に対する嘲りはすっかり消えていた。
その代わり、リーダーの腕を躊躇なく折ったリオに恐怖を覚えた。
「他にも勝負したい人いる?」
すると皆、無意識にリオから顔を背けた。
「ど、どこが勇者だ!!こいつ、狂ってやがる!」
腕を折られたリーダーは自称自警団の皆にみっともない姿を見られ、屈辱と痛みで顔を真っ赤にしながらもまだ虚勢を張る元気があった。
「僕は勇者だなんて言ってないけどね」
リオはあっさり勇者である事を否定する。
「お、おいっ、お前、神官だろ!そこのバカのせいで怪我したんだぞ!この腕を治せっ!今すぐだ!」
リーダーはなんとか威厳を取り戻そうと必死で、アリスに命令する。
アリスはと言えば、チラリとリオの様子を見てからリーダーから顔を背け聞こえない振りをした。
「て、てめえっ、そこの神官!聞こえてねえ振りすんじゃねえ!」
リーダーがなおも頑張って凄むが全く効果はない。
「俺が死んでもいいのか!?依頼主を殺していいと思ってんのかっ!」
リーダーは涙目になりながらも未だ謝罪の言葉は出ず、虚勢を張る。
「その程度じゃ死なないよ」
リオが全く感情を込めずに反論する。
サラがため息をつきながらリーダーに近づくが、
「必要ない」
とリオに止められた。
「このままというわけにも行かないでしょう?」
「まだ早い。治したらついてくるかもしれない。治すのは依頼が終わってからだよ」
「……わかりました。そういう事ですのでしばらく我慢してください。こうなったのは自業自得なのですから」
「ふざけんなよ!今すぐ治しやが……ひっ」
リオがいつの間にか抜いた短剣の刃をリーダーの首に当てていた。
「うるさいから静かにさせよう。永久に」
「ひっ!」
「やめなさい!」
サラの制止でリオの手が止まる。
リーダーの首の皮が切れ、つつつ、と微かに血が流れる。
「脅しはそれくらいで十分です!」
今のは本当に脅しだったのか、と自称自警団の若者達は思った。
リオはまだ短剣をリーダーの喉元から離していない。
ただ止めただけなのだ。
しかし、リオはすっと短剣を離した。
リーダーが失禁して気絶したからだった。
自称自警団の若者達は冒険者との力の差を思い知り、借りて来た猫のようにおとなしくなった。
その後、ウォルー退治はつつがなく終了し、依頼は完了した。
自称自警団だが、リオの戦いを見て目が覚めたようで冒険者になるのを諦め、真面目に畑仕事をするようになった。
こうして自称自警団は消滅した。
村人達にはウォルー退治よりもそちらの方を感謝された。
今後の投稿は不定期となります。




