343話 さらばセユウ
応接室から出て来たリサヴィは多くの冒険者達の視線を浴びた。
いつもならそのほとんどがサラとアリスに注がれるのだが、今回は違った。
それに加え、リオに視線を向ける者も少なくなかったのだ。
ただ、彼らは視線を向けるだけで声をかけてくる事はなかった。
いつもなら数組のパーティやパーティを組んでいないソロ冒険者達が根拠のない自信を持ってサラやアリスを勧誘するのだが誰も寄って来なかった。
いうまでもなく、先の狂ったバーサーカーとの決闘でリオの実力を知ったからだ。
今までリオはリッキーキラーと呼ばれてバカにされていた。
一部では“冷笑する狂気”と呼ばれて恐れられてはいたが、その二つ名がつくことになったCランク冒険者との決闘の場におらず、その事を噂で耳にした者達は、
「無名のCランク冒険者をボコっただけで大袈裟だぜ!」
と笑い飛ばしていたのだ。
確かにその意見は正しい。
Cランク冒険者が下のランクの者に敗れる事はそれほど珍しくない。
もし、リオがサラとパーティを組んでいなければその決闘が噂に上ることもなく、“冷笑する狂気”、そして“リッキーキラー”の二つ名がつく事はなかったであろう。
それゆえ、リオへの大多数の評価は、そこそこの力はある、程度にしか思われていなかったのだ。 だが、今回の決闘はリオの評価を大きく変える事になった。
頭の出来と性格はともかく、間違いなくBランクの力を持っていた狂ったバーサーカーをあっさりと倒したのだ。
それも相手が魔道具でフル装備していたにも拘らずだ。
それを目の当たりにした者達はもとより、これから決闘の噂を耳にする者達にもリオの実力が正しく伝わることになる。
狂ったバーサーカーとの決闘が転換期となってリオの名が知られるようになるのだった。
リサヴィは中央広場に向かった。
リオがフォリオッドに預けた剣を受け取り、そのまま街を出る予定だ。
「おうっ、来たか。リッキーキラー、いや、リオだったか」
「うん。剣返すよ」
「おうっ。ほれっ」
リオはフォリオッドに借りた剣を返し、代わりに自分の剣を受け取った。
リオはその場で剣を抜く。
「……前より良くなってる気がする」
「ったりめえよ!」
リオは剣を鞘に収め、腰に吊るす。
「また来いよ!てか、今度は新品買ってけ!いや、なんなら今買ってけ!」
「これがあるからいいよ」
「お前なあ、確かにその剣はいい出来だ。俺様が認めてやるぜ」
「ありがとう」
「いや、お前が作ったんじゃないだろ」
「そうだった」
「なんかお前調子狂うな」
「そうなんだ」
「まあいい。それでお前、予備の剣は持ってんのか?」
「ん?持ってないよ」
「バッカ野郎!どんなに優れた剣だってな、永久に使い続ける事は出来ねえんだぞ!いつ折れたり無くしたりするかわからんからな!予備の三本や四本は持っとくのは常識だ!」
「そうなんだ」
「いえ、それは流石に多過ぎです」
サラに突っ込まれ、フォリオッドはサラに目を向ける。
「おいおい……って、なんだ姉ちゃんも剣持ってんじゃねえか。ちょっと見せてみな」
「いえ、大丈夫です」
「おいおい、俺の腕を信用してねえのか?リオの剣見ただろ?」
「いえ、あなたの腕を信用していないのではなくて私達はこれから街を出るところなのです」
「何?よしっ、わかった!じゃあ、リオ、と姉ちゃん、それぞれ一本ずつ買ってけ!それで手を打ってやる!」
「あの、何を言ってるのか……」
「わかった」
「リオ!?」
「よっしゃっ!まいどー!!」
フォリオッドはサラの抗議を聞き流し、売れ残った剣を二本取り出した。
フォリオッドの名誉のために言っておくと売れ残ったのは出来が悪いからではない。
フォリオッド会心の出来であった。
しかし、悲しいかなフォリオッドは鍛冶屋としての名声は全くない。
無名の鍛冶屋が作った剣に高い金を出す者はいなかったのだ。
リオはフォリオッドが出した剣を二本とも鞘から抜いて観察する。
「……いいね」
リオの表情が笑顔に変化した。
いつもの作り物の笑顔ではなく、本当に嬉しそうに見えた。
「だろっ?」
「うん、これもらうよ」
「まいどっ!!」
「……たく」
サラはため息をついた。
「サラが買わないなら二本とも僕が買うよ」
「おうっ!俺はどっちでもいいぜ!」
フォリオッドは“予定の値段より高く”売れて満足げな表情をした。
購入した予備の剣はヴィヴィのリムーバルバインダーにしまい、広場を後にする。
街の出口に一組のパーティが待っていた。
パーティ名、美しき妖精である。
美女仮面団ともいう。
彼女達の姿を見てサラがため息をついた。
それに気づかず、美しい妖精のリーダーが笑顔で言った。
「また会いましたわね。リサヴィのアリス、そしてサラ」
リーダーをはじめ、パーティメンバーが二人に笑顔を向ける。
彼女達にはリオとヴィヴィの姿は見えていないようだった。
「どうしたんですかっ?誰かと待ち合わせですかっ?」
ただ一人、美しき妖精の正体を知らないアリスがのほほんとした顔でリーダーに尋ねる。
「そうですわね」
「実はよ、フラインヘイダイさま……フラインヘイダイの新たな目撃情報が入ったんでお前達にも教えようと思ってな」
「はあ」
「もちろん、一緒に来ますわよね?」
「いえ、行きません」
リーダーの肯定を前提とした問いかけをサラが拒否する。
彼女達全員が何故か断られるとは思わなかったようで驚きの表情を見せた。
「り、理由を伺っても?」
「いえ、そもそも何故私達がフラインヘイダイを追うと思ったのですか?」
「そ、それはあれだっ!なっ?わかるだろ!?」
男装美女は言葉を選び過ぎて何を言いたいのかわからない。
「残念ながら」
サラが素っ気なく答える。
リーダーが詰問口調で尋ねる。
「ではあなた達はどこへ向かうというのですか?」
「フラインヘイダイさ、を追うより大事な事なんてそうそうないだろう!?」
「ぐふ。いや、山ほどあるな」
「お前には聞いてないんだよ!」
「そうよ!」
「男は黙っていないさい!」
「ぐふ」
ヴィヴィは今回も自分が女である事を明かさず沈黙する。
リーダーはしばし悩んだ表情を見せた後でアリスとサラに笑顔を向ける。
「……いいでしょう」
「リーダー!?いいのかよ!?」
男装美女はリーダーの決断に驚きを隠せない。
「ええ。大丈夫ですわ。今は道が違えども私達の道はやがて一つに交わりますわ」
「それはどうでしょう?」
サラはささやかな抵抗を見せるがリーダーは全く気づかなかった。
男装美女を始め他のメンバーも納得はしていないようだったがリーダーの決定に従う。
「ではアリス、そしてサラ、また会いましょう!」
「はいっ。ではまたっ」
「……まあ、運があれば」
彼女達の正体に気づかないアリスが元気よく、そしてサラが面倒くさそうに答えた。
こうしてリサヴィは美女仮面団の誘いを振り切り?セユウの街を後にしたのだった。




