339話 広場の決闘 その2
当初、野次馬達の多くはリオがあっさり負けるものと思っていた。
狂ったバーサーカーの実力を知る冒険者なら尚更だ。
魔道具で完全武装している狂ったバーサーカーに対し、対戦者のリオはいつもの軽装に武器はなんの変哲もない短剣のみ。
その唯一の武器である短剣はリーチが短く、魔法剣と一度でも刃を交えれば短剣のほうが砕け散るのは明らかだ。
盾で防がれればパラライズが発動し、体を麻痺させられる可能性がある。
それらをかわしても全身を覆うプレートメールが待っている。
元々頑丈なのに魔道具として強度が増しており、普通の短剣では傷一つつける事はできない。
どう見てもリオが勝つ要素は全くなかった。
だが、リオは狂ったバーサーカーの斬撃をかわし、盾による打撃もかわす。
「……あれ?」
「あいつ、なんか強くないか?相手はBランクの狂ったバーサーカーだよな?」
「ああ、そのはずだ。さっき自分で名乗ってたぞ」
リオは右手に食べ終わった串を持ったままだった。
つまり左手の短剣一本で狂ったバーサーカーと渡り合っているのだ。
それだけで誰の目にもリオにはまだ十分余力があることがわかる。
野次馬達が狂ったバーサーカーの対戦相手であるリオに興味を持ち出した。
「あの対戦相手は一体何者だ!?最初見た時はせいぜいEランク冒険者だと思ったんだが……」
「まさか、狂ったバーサーカーが手を抜いている、なんて器用な事できないか」
「ああ、無理無理。奴には無理だ。そんな芸当」
「にしてもあの対戦相手、動きが綺麗だな」
「ああ……」
狂ったバーサーカーがテクニックを笑い飛ばすかのようにただ力任せに振り回しているのに対し、リオは優雅で、まるで剣舞を舞っているかのような動き見せて見る者達を魅了する。
狂ったバーサーカーは自分の攻撃が当たらずイラついて喚く。
「汚ねえぞ!こそこそ逃げねえで堂々とかかってこい!!」
狂ったバーサーカーの自分勝手な言い分にリオではなく、リオが勝つ方にかけた者達が反論する。
「汚ねえのはお前だ!装備が同じならとっくに負けてるぞ!」
その言葉に狂ったバーサーカーがキレた。
「ざけんなぁ!俺様が!Bランクの!狂ったバーサーカー様がリッキーキラー如きに負けるかよ!!」
狂ったバーサーカーの叫びに冒険者達が驚く。
彼らは狂ったバーサーカーの対戦相手が鉄拳制裁のサラが勇者だと思っている(と彼らが思い込んでいる)リオであることをこのとき知ったのだった。
「マジかよ!?アイツがあのリッキーキラーなのか!?」
「でもよ、サラはショタコンだろ!?アイツどう見てもショタって歳じゃないぞ!」
「あいつの勘違いじゃないのか!?あいつ、腕は確かだが頭は……」
「そんな事どうでもいい!強いのは確かだ!あのBランク冒険者の、狂ったバーサーカーと互角以上に渡り合ってんだぞ!」
狂ったバーサーカーの発言を聞き、彼のパーティが揃って頭を抱えていた。
「あんのバカが……」
彼らは目立たずに事を終えたかったのに狂ったバーサーカーは話を彼らの嫌がる方へ嫌がる方へと持っていく。
戦いはなかなか決着がつかなかった。
狂ったバーサーカーの攻撃は全く当たらないが、リオの攻撃は当たってもダメージを与えられないのだ。
と、リオが右手の串を放った。
その串が狂ったバーサーカーの左腕の肘関節部、鎧の隙間に突き刺さった。
「いでえ!」
狂ったバーサーカーは思わず剣を手放し、右手で串を引き抜く。
その隙にリオが追撃を行う、
いや、行わなかった。
何故か狂ったバーサーカーが体勢を整えるのを待っていた。
「今の!鎧の隙間を狙ったのか!?」
「偶然だろ!?」
「……いや。狙ったんだ!でなければこのチャンスに何もせず突っ立ってるわけがない!」
「だな。マジで強いぞ、あいつ」
「あの串っ!!」
突然、広場に若い女性の大きな声が叫び声が響き渡る。
何事かと声の主に注目が集まる。
「あの子が今放った串は、わたしんとこの串焼きの串だよ!!」
串焼き屋のお姉ちゃんはリオの戦いを店の宣伝に利用しようと考えたのだった。
見事な商売根性であった。
狂ったバーサーカーは怒り心頭であった。
屈辱に顔を真っ赤に染める。
「もう遊びはおわりだっー!!」
狂ったバーサーカーはそう叫ぶと剣と盾を今まで以上に力強く振り回し始める。
「くらえ!クレージーバスター!!」
狂ったバーサーカーが技名を叫び発動させた。
と言っても、剣と盾をやたらめったら振り回すだけで技もへったくれもない。
それでも込めた力は今まで以上で、一発でも当たれば即死する可能性が高い。
流石にあれだけ無茶苦茶に不規則に動かれると先ほどのように鎧の隙間を狙うのは難しいだろう。
店から決闘の様子を見ていたフォリオッドは最初他人事のように決闘を見ていたが、負い目も感じていた。
リオの剣の手入れを申し出た事だ。
狂ったバーサーカーが決闘を有利に進めるためではないか、と彼の共犯を疑う囁き声と視線を少なからず感じていたのだ。
全くの言いがかりなのだが証明する手段がなく、それが商売に悪影響を及ぼすのは間違いなかった。
チラリとリオから預かった剣に目を向けるが、柄を外したままですぐには元に戻せない。
仮に戦いに間に合ったとしても研磨の終わっていない中途半端なものだ。
一度預かった剣を中途半端な状態で返すことは彼のプライドが許さなかった。
そんなときだった。
串焼き屋のお姉ちゃんが叫んだのは。
(それだ!)
フォリオッドもリオを宣伝に使う事を思いつき、売り物の剣を掴んだ。
が、
「おっとこれは勿体ねえ!」
とそこそこの出来の剣を選び直す。
「坊主!コレを使え!」
フォリオッドがリオに向かって手にした剣を力いっぱい投げた。
しかし、リオには聞こえなかったのか振り向きもしない。
「おいっ坊……!!」
フォリオッドの声はリオに届いていた。
リオはバックステップすると振り向きもせず、くるくる回転しながら迫る剣に向かって右手を伸ばした。
タイミングを測ったかのようにその手に剣の柄が収まり、迫る狂ったバーサーカーが無茶苦茶に振るう剣をその鞘で受ける。
リオは狂ったバーサーカーの剣を鞘に食い込ませ、彼が振り抜く力を利用して剣を鞘から抜いた。
そのままリオは流れるように体を回転させ、勢いを殺すことなく攻撃へと転じる。
狂ったバーサーカーがリオに盾を叩きつけようとしたが、それを剣で弾き返す。
パラライズ効果発動の光を発したがリオは止まらない。
狂ったバーサーカーは思った以上の力で盾を弾かれて体勢を崩しつつも右手の剣を振るう。
それをリオは反す刀でその剣の腹を叩いて弾く。
狂ったバーサーカーの剣が魔道具で通常より切れ味がよくなっているとはいえ、剣の腹なら魔道具も普通の武器と変わらない。
これがナンバーズなどの強力な魔道具であれば話は別であるが。
必殺技を破られ、隙だらけになった狂ったバーサーカー。
リオは狂ったバーサーカーが体勢を立て直すより早く、剣を右肘関節の鎧の隙間に突き刺した。
そして捻り、狂ったバーサーカーから距離を取る。
「ぎゃああああ!!」
狂ったバーサーカーの絶叫が響き渡る。
狂ったバーサーカーの右腕は半分以上を切断されていた。
剣を落としてうずくまり、もう片方の手は盾を放り捨てて右腕をおさえる。
狂ったバーサーカーの悲鳴でリオの動きに見惚れていた野次馬達が我に返る。
リオはわめく狂ったバーサーカーに見向きもせず、手にした剣を観察する。
「これ、よく斬れ……」
「いでえ!いでえよお!!」
「……」
狂ったバーサーカーは辺りを見回し、自分のパーティを見つけると叫んだ。
「お前ら!早く来い!俺様の腕を治しやがれ!」
彼のパーティは周りの冷たい視線に晒され、近づくのを躊躇する。
ただでさえ狂ったバーサーカーは反感を買っているのだ。
しかも今は決闘中で、そこに割って入るのは流石にまずいだろうと。
しかし、狂ったバーサーカーは全く気にならないようで仲間に催促する。
「何やってやがる!!早く俺様の怪我を治しやがれ!!治ったら一気にリッキーキラーを仕留めるぞ!!」
「「「……」」」
その言葉が彼らの行動を決定づけた。
流石に最後の言葉を聞いてはもう近づけない。
それではもはや決闘ではない。
「早く来い!リーダー命令だぞ!!」
リオは喚き続ける狂ったバーサーカーを見て呟いた。
「うるさいな、こいつ」
リオはスタスタと無防備な狂ったバーサーカーに近づくとその頭を蹴った。
ヘルメットが飛び、痛みで涙と鼻水を垂らした無骨な顔が現れる。
狂ったバーサーカーはそこで初めてリオの接近に気づく。
「ちょ、ちょ待て……」
狂ったバーサーカーは左腕を上げ、待てとジェスチャーする。
もちろん、リオが言う事を聞くわけがなく、その顔を容赦なく力いっぱい蹴り飛ばした。
「ぐへっ!?」
鼻が潰れ、顎が砕けた。
そして、地面に後頭部を思いっきり打ちつけて狂ったバーサーカーは静かになった。




