338話 広場の決闘 その1
「貴様!何してくれるんだ!?」
リオはぶつかって来た男を見た。
その男はこの街の騎士とは異なる派手なプレートメイルを装備しているところから冒険者か傭兵の類だとわかる。
そのプレートメイル男がリオにガンをつける。
「貴様!俺様が“狂ったバーサーカー”だと知っててケンカを売ってんのか?売ってんだな!」
プレートメイル男には今自分で名乗ったように“狂ったバーサーカー”という二つ名を持っていた。
バーサーカー、つまり狂戦士にも“狂”という字が含まれているので、“狂った”と合わせて二つ重なるがそれぞれ指しているものが違う。
狂戦士の方は文字通り戦いに夢中になると近くにいる者を敵味方区別なく攻撃することが由来で、最初の“狂った”は頭がおかしいという悪口から来ているのである。
しかし、当の本人はその事に気付かず、彼のパーティも説明しなかった。
それは彼自身がこの二つ名を気に入ってしまい、事実を説明するか悩んでいるうちに自ら名乗るようになってしまったからだった。
下手に本当の事を言って八つ当たりされては敵わない、というわけである。
「ん?」
狂ったバーサーカーの言いがかりにリオは首を傾げる。
フォリオッドはリオの剣を研いでいたので、二人がぶつかった瞬間を見ていないが、狂ったバーサーカーの表情を見て言いがかりをつけているのだと察する。
「お、おいっ!ちょっとやめろよ!“俺の店の前では”やめろ!」
フォリオッドが荒事になりそうだと慌てて止めに入る。
思わず本音がぽろりと溢れたことに気づいていない。
だが、フォリオッドの制止を狂ったバーサーカーが聞くわけがない。
リオを決闘に持ち込むのがこの男の目的なのだから。
街中であっても両者が合意すれば決闘することが可能だ。
相手が死んでも罪に問われる事はない。
とは言え、時と場所を選ばずどこででも決闘して良いと言うわけでは無い。
王都セユウなら尚更だ。
しかし、狂ったバーサーカーはそんなことお構いなしであった。
そしてリオも全く気にしていなかった。
「よしっ、どっちの言い分が正しいか決闘で決めるぞ!」
「何も言ってないけど」
狂ったバーサーカーはリオの言葉を聞き流し、剣を抜き、盾を構える。
突然起こった決闘騒ぎに広場はたちまち大騒ぎになる。
慌てて逃げる者、面白がって賭けを始める者など様々だ。
「おいっ、やるなら俺の店から離れたところでやってくれ!」
フォリオッドは悲鳴に近い叫び声を上げる。
決闘は他人に迷惑をかけない事が絶対条件だ。
「よしっ、こっちに来い!」
狂ったバーサーカーが広場の中央に移動し始める。
狂ったバーサーカーはフォリオッドに迷惑がかかることを考えたわけではなく、戦うには障害物が多いと判断したのだ。
リオはといえば首を傾げながらもその後についていく。
(上手くいったぜ!)
狂ったバーサーカーは自分の作戦が上手くいったと内心ほくそ笑む。
ところで、彼の仲間の盗賊はどうしていたかといえば、彼の周りに集まって来ていた他のメンバーとともに頭を抱えていた。
言うまでもなく、狂ったバーサーカーの馬鹿げた行動にだ。
「……あれ、あからさま過ぎだろ。なんであんな作戦許可したんだ?」
仲間の一人が非難の目を盗賊に向ける。
「俺に言うなよ!あいつがいい作戦があるって言ってよ!聞いても話してくれなかったんだ!」
「ほんと腕は立つけど頭弱いよなアイツ」
「しっ、それ、本人の前で言うなよ」
「言うかよ。死にたくねえからな」
「だがよ、あんな強引な決闘でリッキーキラー倒してよ、サラは仲間になると思うか?」
「……あいつは力で全て解決できると思ってるからなぁ」
「どっちにしてももうやっちまったんだ。なるようにしかならんだろう」
「……そうだな」
広場の中央に立つのはリオと狂ったバーサーカーの二人だけだ。
先ほどまで旅芸人が芸を披露していたが、慌てて場所を空けた。
狂ったバーサーカーがわざとらしく周りを見渡した後、
「これから決闘を行う!お前らが立ち会い人だ!」
そう高々と叫ぶ。
野次馬達から歓声が飛ぶ。
「行くぞ!」
「ん……あ、剣忘れた」
リオは腰に手をやり、剣を武器屋に預けていたことを思い出す。
「構わん!あろうがなかろうが結果は変わらん!俺様が勝つ!」
リオは文句を言うことなく、短剣を左手で抜いて構える。
右手に食い終わったくしを持って。
とても決闘すると思えないリオの姿を見て、リオが勝つ方に賭けた客がリオの代わりに狂ったバーサーカーに抗議する。
「お前卑怯だぞ!」
「そうだ!剣の持つくらい待ってやれ!」
しかし、
「黙れ!戦いはいつも万全な状態で望む事はできん!どんな状況であろうと勝った者が勝ちだ!」
などと言い返す。
「なるほど」
その言葉に相槌をうつリオ。
狂ったバーサーカーの勝ちに賭けた客がリオに賭けた者達に叫んだ。
「相手が納得してんだ!外野がギャーギャー騒ぐな!」
「なんだと!?」
狂ったバーサーカーがリオに向かって鎧をガシャガシャ鳴らしながら走り出した。
と、突然、狂ったバーサーカーのスピードが加速した。
重量のあるプレートメイルを装備しているにしてはあり得ないスピードだった。
野次馬どもがどよめく。
このプレートメイルは魔道具であり、重量軽減の魔法がかけられていたのだ。
皆の予想を上回る速さでリオを射程圏内に収めた狂ったバーサーカーは剣を振り上げ一撃を放つ。
しかし、リオは狂ったバーサーカーの動きが素早くなった事に動揺することなく冷静にその攻撃をよけた。
そして短剣で反撃をする。
鋭い突きだったが、さすがBランク冒険者と言ったところか、狂ったバーサーカーがリオの短剣を盾で受ける。
盾に短剣が触れた瞬間、盾が一瞬薄い光を発した。
「!?」
攻撃を仕掛けた側のリオの体がよろめいた。
「これで終わりだ!」
狂ったバーサーカーが勝利宣言をしながら剣をリオに向かって再び振り下ろす。
その攻撃をなんとか短剣で受け流したが、その際に短剣を落とした。
バーサーカーが剣を振り下ろすが、リオはバックステップしてかわした。
狂ったバーサーカーは追撃せず、余裕の表情を見せてリオを賞賛する。
「ほう、大したものだな。俺様のパラライズシールドの効果は発動したはずだが直ぐに動けるとはな。貴様、耐性があるのか?それとも効果がテキメンではなかったか。まあ、どちらにしてももう終わりだがな!」
狂ったバーサーカーの言葉を聞いた野次馬が騒ぎ出す。
「やっぱりか!あの盾は魔道具かよ!」
「いや、盾だけじゃねえだろ!鎧を着てあの動き、あの鎧も魔道具じゃないのか!」
狂ったバーサーカーは野次馬の声を聞き、それが賞賛だと思い、満足げに頷くと説明を始める。
騎士道精神を持っているからではなく、自慢したいだけだ。
「その通りだ!俺様の鎧には重量軽減の魔法がかかっている!この盾も触れた相手を麻痺させる魔法がかけられているのだ!更にこの剣もな!」
狂ったバーサーカーが偉そうに説明している間は隙だらけだったが、リオは新たな短剣をベルトから抜いただけで攻撃しなかった。
リオに騎士道精神があった、という訳でもなさそうだったが。
狂ったバーサーカーのパーティは頭を抱えた。
「……なんで言うかなぁ」
「黙ってりゃいいのに」
「これじゃ勝っても俺達まで評判落とすぞ。武器もろくに持ってない相手を魔道具で完全武装して倒した卑怯者のいるパーティだってな」
そして、仲間の一人が皆が思っていても口に出さなかった言葉を口にする。
「……なあ、これで勝ってもよ、本当にサラが仲間になると思うか?」
狂ったバーサーカーのパーティの間に重たい空気が流れた。
リオに賭けた者達が狂ったバーサーカーに非難の声を浴びせる。
「汚ねえ!汚すぎるぞ!剣すら持っていない相手に魔道具まで使って戦うなんて恥を知れ!」
それに狂ったバーサーカーに賭けた者達が反論する。
「うるせえ!あのガキだってこの条件を認めたんだ!外野がゴチャゴチャ言うんじゃねえ!」
ガキ呼ばわりされていることからわかるように野次馬のほとんどが、狂ったバーサーカーの相手がリオであることを知らなかった。
賭けた者同士は言い合いからついには場外乱闘を始める者達も現れ、広場は収集がつかなくなる。




