331話 美女仮面団
セユウの冒険者ギルドで紹介されたリッキー退治の依頼は三件だった。
そのうちの一件は完了した。
サラは他の依頼を受ける気はなかったのだが、その依頼の完了処理をしている時に残り二件が提示され、サラが止める間もなくリオがもう一件受けてしまった。
既に当初の予定とは異なっているとはいえ、サラ自身はさっさとセベルダへと向かいたかったのだが、他の二人が反対しないので渋々リオに従ったのだった。
しかし、「これが最後ですよ!」とリオに念を押すのを忘れなかった。
その後でギルマスに呼ばれてなんかよくわからない話を延々と聞かされた挙句に「セユウ所属にならないか?」と熱心に誘われたが断った。
出発は明日ということにして、宿屋を探すのだが、まだまだフラインヘイダイの件で冒険者達が普段よりも多く、空きを探すのが大変だった。
どうにか宿屋を確保して一階の酒場で食事をとっていると自然に冒険者達の話が耳に入ってくる。
多くのテーブルではフラインヘイダイの話で盛り上がっていたが、ある盗賊団の話題で盛り上がっているところもあった。
普段、人の話もろくに聞かないリオであるが、珍しくその盗賊団に興味を持ったようだった。
「痴女盗賊団?」
アリスはその盗賊団の事を知っておりリオの疑問に答える。
「はいっ。なんでもその盗賊団はみんな若い女性で仮面“だけ”つけているそうですよっ」
「そうなんだ」
リオの頭が不意に下を向いた。
サラに殴られたと気づく。
「なんで僕殴られたのかな?」
「変な想像をしたからです」
「変な想像って?」
「ぐふ。今のはリオではなくても納得いかないな。私もぜひ教えてほしいな。お前はリオがどんな想像をしたと思ったのだ?いや、妄想したのだ?」
「くっ……」
サラが返答に窮していると声をかけてくる者がいた。
「あなた達はその美女仮面団に興味があるのかしら?」
「……え?」
話しかけて来たのは隣のテーブルの四人パーティだった。
全員女性、それも美女揃いだった。
見た目で判断すると戦士二人に盗賊、そして魔術士といったところでバランスの取れたパーティだった。
「ん?美女仮面団?僕達が話してるのは痴女……」
「だからそいつらの本当の名前は美女仮面団だって言ってんだ!それで興味あるのかって聞いてんだ!てか男は黙ってろ!!」
「……」
男装美女の戦士が乱暴な言葉使いでリオの言葉を訂正する。
今の言葉から彼女は男性嫌いのようだとわかる。
「落ち着きなさい。みんな驚いた顔をしてますわよ」
「わ、悪い、だんち、リーダー!」
その男装美女の戦士はもう一人の戦士であるリーダーには頭が上がらないらしく大人しくなった。
「ごめんなさいね。この子は美女仮面団に憧れててね、悪口言われると黙っていられないのよ」
「は、はあ」
サラはフードの奥を覗き込むように見てきたリーダーに引きつつ頷く。
(って、痴女盗賊団、いや、美女仮面団って名前はどっちでもいいけど結局裸なのよね!?憧れるって何!?露出狂ってこと!?っていうかこの人達……)
サラの心の声は「この者達とは関わってはいけない!」と強く叫んでいたが他の者達は心の声がしなかったのか態度を見る限り危機感はなかった。
「ぐふ。そいつらは美女なのか?」
「あんたには聞いてないんだよ!」
大人しくなったと思った男装美女がヴィヴィを睨みつける。
男装美女はヴィヴィが男だと思っているようだった。
その思い込みにヴィヴィは気付いたが訂正しなかった。
リーダーが「まあまあ」といいながら美女仮面団の説明を始める。
「私達が聞いた話ではそうみたいですわ。その美女仮面団は元々はもっと西の方にいたらしいですわ」
「西、と言うことはカルハンですか?」
「さあ、そこまでは私にはなんとも」
「はあ、そうですか」
「それでですね、なんでもフラインヘイダイを神のように崇拝しているそうです。それでフラインヘイダイがこの辺に現れたと聞いて追って来たようですわ。私はちょっと怖いですけど、この子はちょっと変わっててね」
「リ、リーダー!!……い、いや、なんでもない」
「そ、そうですか」
「その美女仮面団ってあなた達ですよね」とサラは口から出かかったが必死に飲み込む。
ただ、アリスは彼女らの正体に気付かないようだった。
「わたしはもう遠慮したいですっ」
「もう?」
「お前、まさかフラインヘイダイさ、ヘイダイに会ったのかよ!?」
サラは余計な事は言わない方がいいわよ!と目で合図するがアリスには通じなかった。
「はいっ、わたしも狙われて危なかったですっ」
「……そうですか。あなた、フラインヘイダイに選ば、いえ、狙われたのですか……」
アリスの言葉に女パーティの目つきが一瞬鋭くなった。
それに気づかずアリスは続ける。
「リオさんが助けてくれなかったらと思うとぞっとしますっ」
アリスの言葉に女パーティ全員が立ち上がる。
「そ、それはまさかフラインヘイダイ、を倒したというわけではないですわよね!?」
「違いますよっ」
「そ、そうですわよね」
「ビックリさせんなよ!てか、こんなガキが倒せるわけねえって思ってたけどな!」
そう言って男装美女がリオを鼻で笑う。
女パーティが皆ホッとした表情で腰を下ろした。
「それで出会ってどうしたのですか?」
「わたし達が出会ったフラインヘイダイは目がないみたいでっ、音で居場所を掴んでたみたいなんですっ。それでっしばらく静かにじっとしていたらどっかに行っちゃいましたっ」
「そうですか……」
「ちなみにだ、フラインヘイダイさ……フラインヘイダイがどこ行ったかわかるか?」
「いえっ。飛んでいった方向は公国の方でしたけどっそのまま進んだとも限らないですしっ」
「そうですか」
女パーティは心底残念そうな表情をした。
その後、その女パーティは明日の予定とかを熱心に聞いてきた。
サラが止める間もなく、アリスがペラペラと答える。
アリスは相手が女性だからか全く警戒する様子がない。
さっき会ったばかりの者達に情報を教え過ぎだと注意しようとしたところで別のパーティが話に割って入って来た。
「お前らも痴女盗賊団を狙ってんのか!?実はよ、俺達もあいつらを追ってきたんだぜ!」
その言葉を聞き、男装美女が露骨に嫌な顔をしてそのパーティを睨みつける。
その男装美女が言葉を発しようとするのをリーダーが止めた。
「では、そろそろ私達は行きましょう」
「……わかったよ」
そう言って女パーティは立ち上がる。
「おいおいっ、何だよつれねえなあ!俺達も混ぜろよ!なんならまぐわいながらでもいいぞ!わははは!!」
女パーティは卑猥な言葉を連発するパーティを無視し、
「また会いましょう」
とリサヴィにだけ挨拶して酒場を去っていった。
サラはリーダーの言葉が妙に心に引っ掛かった。
結局、サラ達もその後すぐに切り上げて二階の借りた部屋に戻った。
声をかけて来たパーティのセクハラ発言連発、更にはアリスの体に触ろうとしてきたこともあるが、それ以上に彼らの臭さに耐えきれなくなったからだ。
以前、リサヴィにまとわりついて来た臭パーティに匹敵する臭さだった。
それは他の客も同様だったようでリサヴィが二階上がった後、「臭え」などと叫ぶ声が聞こえ、乱闘が始まったようだった。
部屋に戻るとアリスが真剣な表情で言った。
「美女仮面団だか痴女盗賊団だか知りませんけどっ、リオさんにそんな破廉恥な人達を会わせてはダメですっ」
その言葉にサラとヴィヴィは心の中で突っ込んでいた。
(さっき会ったわよ)
(さっき会っただろ)
と。
声に出さなかったのはアリスが口を滑らすのを恐れての事だ。
あの者達に関わると面倒になる。
珍しくサラとヴィヴィの意見が一致したのだった。
翌朝。
宿屋を出るとフラインヘイダイ討伐隊の一員であったCランクパーティBが待ち構えていた。
彼らはサラを仲間に入れるのをまだ諦めておらず、朝早くから宿屋の前でサラ達が出てくるのを見張っていたのである。
ちなみに彼らは宿屋に泊まる金がないので昨夜はギルドで夜を過ごした。
ギルド職員には散々嫌味を言われたが彼らは腐ってもG世代の冒険者である。
嫌味など効かぬ通じぬ、でサービスの菓子や茶で腹を満たしたのだった。
リサヴィは彼らに気付いたが無言で彼らの前を通り過ぎる。
「おいおい、パーティメンバーを置いてくなよ」
彼らは意味不明な事を言ってリサヴィの後をついてきた。
以前、ボコられたリオを警戒しながらもしつこくサラとアリスの勧誘を始める。
サラがため息をついて言った。
「私達に構っていないでいい加減、真面目に依頼を受けたらどうですか?」
「ですねっ!」
すかさずアリスが同意する。
だが、彼らはサラの言葉を見事に自分達に都合がいいように解釈した。
「何言ってんだ。前から受けようと言ってんだろっ」
「やっとやる気になったんだな。遅えぞ!」
「Cランク以上の依頼を受けるんだぞ!俺らが降格しないようにな!」
CランクパーティBはリサヴィに寄生する気満々であった。
「……ダメだこりゃ」
「ですねっ」
リサヴィは既にFランクのリッキー退治の依頼を受けていたがその事を彼らに話すことはなかった。
話す必要性を全く感じなかったからである。
彼らはといえば、今度こそフラインヘイダイ討伐に行くはずだと根拠もなく確信していたのだった。




