33話 リッキー退治 その1
依頼人はフィルの街から一時間ほど西に歩いた先にある村の村長であった。
村の人口は二百人程度である。
早速依頼主である村長の家に向かう。
村長の年は五十を半ば超えたところだろうか。
出迎えた村長は三人を見て驚いた様子を見せる。
その視線の先は魔装士の姿をしたヴィヴィである。
「ギルドで依頼を受けて参りました」
三人の中で唯一まともにコミュニケーションが取れるサラが挨拶する。
「あ、あの、失礼ですが私達が依頼したのは畑を荒らすリッキー退治なのですが……」
魔装士が珍しくヴィヴィをチラチラ見ながらサラに確認する。
「はい。私達はリッキー退治に来ました」
村長はパッと見た限りでは誰も弓などの飛び道具を持っていなかったので、リッキー退治をしに来たとは思えなかったようだ。
サラも村長が勘違いするのも無理はないと思う。
「そ、そうなんですか。それは失礼しました」
「いえ。では早速ですが話を詳しく聞かせていただけますか?」
「はい。どうぞこちらへ」
村長は三人を部屋に案内し、今までの状況を説明する。
だが、まじめに話を聞いているのはサラだけだった。
サラは内心ムッとしながらも真面目な表情で村長の話を聞いていた。
部屋の中に入ってからフードをあげ露わになったサラの顔を見て村長は年甲斐もなく顔を少し赤くした。
村長の話によると深夜にリッキーが畑の作物を食い散らかしていくとの事だ。
畑を囲う柵の高さは二メートル近くあるが、出現するリッキーは軽々飛び越えるという。見張りを立てもしたが、流石に全部の畑を監視する事はできず、見張りのいない畑が狙われた。そしてどうしようもなくなってギルドに依頼を出したとのことだった。
「何度も依頼を出しているのですがなかなか受けていただけず困っていたので本当に助かります」
「そうなのですね」
「ところで、依頼を受けていただいてこんな事を聞くのは失礼ですが、」
「はい、なんでしょう?」
「あの、本当に大丈夫でしょうか?見たところ弓を持っていないようですが」
(やっぱりそう思うわよね。リッキー退治で弓を持ってないなんて普通ないわよね)
「そうですね。実は私達、冒険者になったばかりで難易度が低いのでこの依頼を受けたのです」
「やはりそうですか」
村長のガッカリした口調からサラ達のように難易度が低いからという理由で挑戦したパーティがいたようだ。
そして失敗したのはまだ依頼があることから明らかだ。
「私達もこの依頼が難しいのは理解しているつもりです。全力を尽くしますのでよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言った村長はあまり期待していないようだった。失敗したら報酬を払わずに済むのでダメ元とでも思っているのだろう。
その夜から早速、三人は畑を監視することになった。
とはいえ、全ての畑をたった三人で監視するのは当然無理がある。そこで、今夜はまだ狙われていない、一番狙われる可能性の高い畑を選び、そばで身を隠して待機する事にした。
本来、見張りは交代で行うところであるが、一日二日寝なくても大丈夫だろう、というかそういう経験もリオには必要とサラは判断して皆で見張ることを提案し、異論は出なかった。
サラはそっと二人の様子を伺う。
リオはどこか嬉しそうに見え、ヴィヴィは仮面で全く表情が読めず見るだけ無駄だった。
サラはといえば、村長に言ったようにこの依頼が失敗する事を覚悟していた。
実はサラは遠距離攻撃の手段を持っていた。
だが、それをこんなどうでもいい、と言っては村人に失礼だが、この依頼中に使用するつもりはなかった。
まだ自分の手の内を明かす気がなかったのが第一の理由だが、何も考えず依頼を選ぶと失敗する、という事をリオに実際に失敗してわからせる必要があると思ったからだ。
「……ぐふ。来たぞ」
サラとリオは目を凝らして畑を見るがリッキーの姿は見えなかった。
「ヴィヴィ、リッキーの姿見えないよ」
「ぐふ。この畑ではない。右斜め前だ」
「右斜め前……」
リオがそう呟き、サラもヴィヴィが言った方へ目を向ける。
月明かり下、小さな生き物が動くのがサラに見えた。それがリッキーかまでは判断できない。
(よく見つけたわね。魔法を使ったのかしら?それとも魔装士の、あの仮面の機能なのかしら?気になるけど聞いても教えてくれないわよね。聞くのもなんか癪だし)
「……あ、本当だ。何か動いてる」
「ぐふ。どうする?」
「仕留めるよ」
ヴィヴィの問いにリオは答えると、サラが止める間もなく隠れていたところから立ち上がり、リッキーに向かって走り出した。
「……まったく」
サラがため息をつく。
「ぐふ。お前はどうするのだ?」
「……もう少しここで様子を見るわ。リッキーに追いつけるとは思えないし」
「ぐふ。では私はリオの援護をするとしよう」
そう言った瞬間、ヴィヴィの右肩に装備していた盾、リムーバルバインダーがパージし、宙高く上がっていった。
リオが畑を荒らしていたリッキーに近づくと、リッキーもそれに気づき、逃走を始める。
その後をリオは追いかけるがリッキーの方が足が速く追いつかない。
(……うーん、これは追いつけないなぁ。剣を投げても当たる気しないし、届かないよなぁ)
「キキキっ」
リッキーが走るのをやめ、振り返るとリオに向かって猿っぽい声を上げた。
(ん?もしかして僕、バカにされた?)
そうリオは思ったが、リッキーに対して特に怒りも何も感じなかった。
その様子を見ていたサラはリッキーの動きに違和感を覚えた。
「あれ?あのリッキー止まったわね。なんで逃げないのかしら……え?」
リオは立ち止まっていたリッキーに追いつくと剣を振るった。
リッキーは素早く剣を避けると驚く事にリオに蹴りを放った。
予想外の攻撃にリオは蹴りをもろに受けて転倒する。
そこへもう一匹のリッキーが駆け寄りリオに蹴りを入れる。
「……リッキーから攻撃しかけるって」
「ぐふ。私も初めて見るな」
リッキーは臆病で武器を持った相手に自ら攻撃を仕掛ける事は追い詰められていない限りまずない。
リオはリッキーに相当格下と判断されたようだ。
食物連鎖の下層に位置するリッキーにである。
リッキーにボコボコにされるリオを見て、サラは呆れつつも流石に助けに向かわなければと思ったが、行動はヴィヴィの方が早かった。
リッキーは完全に油断していた。
リオを攻撃していた一匹が、突然頭上から落ちてきたものに体を押さえつけられた。
それはヴィヴィの操るリムーバルバインダーであった。
身動きが取れなくなりジタバタもがいているリッキーに立ち上がったリオが剣を向ける。
「ききぃ……」
リッキーがさっきとは打って変わって瞳を大きく開け涙を溜めて命乞いをするようなかわいい声をあげる。
しかし、リオには全く通じず、手にした剣でその頭を斬り落とした。
「ひとつ」
リオが小さく呟くと『ぐふ』という声がリムーバルバインダーから聞こえた。
「どうしたの?」
『ぐふ。左だ』
リオが左に体を向けるとその先でもう一つのリムーバルバインダーが見えた。その下で何かがもがいている。さっきリオを攻撃していたもう一匹のリッキーだ。逃走を図ったが失敗したのだ。
「今いくよ」
リオはそこへ向かって走り出す。
「……すごいわね」
サラはヴィヴィのリムーバルバインダーのコントロールの精度の高さを素直に感心した。
パッと見だが、ヴィヴィの位置からリムーバルバインダーまでの距離は百メートル以上はありそうだ。
これだけ離れておりながら全長六十センチメール程のサイズのリッキーに狙い違わず命中させているのだ。
(私は魔装士についてよく知らないけど、間違いなくヴィヴィは魔装士の中でも相当の実力者ね。これが普通、誰でも出来るというのなら、魔装士が“棺桶持ち”なんて陰口を叩かれたりしないはずよ)
「何故トドメをリオにさせているんですか?」
リオが二匹目のリッキーを仕留めた。
ヴィヴィはすでに三匹目をリムーバルバインダーで押さえつけているようで、そちらにリオが走り出す。
「ぐふ。盾が汚れる」
サラはヴィヴィが自分を嫌っているのを知っているので(サラもヴィヴィを嫌っているが)答えを期待していなかったが、返って来たことをちょっと意外に思った。
 




