318話 フラインヘイダイ
リサヴィはレリティア王国の王都、セユウに到着した。
セユウは王都というだけあり大都市であり、それだけ冒険者の数も多い。
ストーカーランク一位のカリスの脅威が去ったとはいえ、サラを狙っている者は他にもいる。
こんな場所でリサヴィ、(正確にはサラ)だと知られたら今まで以上に勧誘攻めにあう可能性がある。
そのため王都には長居せず、必要な物を揃えたらすぐ出発する事を予め話し合って決めていた。
しかし、リオは冒険者ギルドを見つけるとサラが止める間もなく中に入っていってしまった。
「何やってるんですか!」
サラの怒りを他所にリオの後にヴィヴィとアリスが続き、仕方なくサラも冒険者ギルドに入った。
ギルドの中は異様に騒がしく、入ってきたリサヴィに誰も目を向けない。
聞こえてくる彼らの会話から騒がしい理由が明らかになった。
「この騒ぎはフラインヘイダイが目撃されたからみたいですね」
「フライングヘンタイ?」
リオの間違いをヴィヴィが訂正する。
「ぐふ。フラインヘイダイだ。まあ、あながち間違いとも言えんがな」
「それって魔物?」
「ぐふ。魔物ではない。オートマタの一種だな」
「オートマタ……ああ、ラビリンスで魔族を封じ込めていた人形みたいなヤツ?」
「ぐふ」
「フラインヘイダイは“あの”サイファ・ヘイダインが作ったと言われています」
サラが嫌悪感を隠さず吐き捨てるように言った。
「そうなんだ。それでそれは見てすぐわかる姿してる?」
「あっ、わたしっ本で見たことがありますっ。背中に蝶のような羽があって妖精みたいなんですっ」
「そうなんだ。どんな攻撃するの?」
「ぐふ。男には腕に内蔵された武器で攻撃する。死ぬまで攻撃し続けるらしい」
「男には?じゃあ、女は?」
リオの質問に三人が沈黙した。
「ん?」
リオが首を傾げながらアリスを見た。
アリスが頬を染めながら答える。
「あのっ、そのっ、服を剥いで、し、下着を奪うそうですっ」
「なんで?」
「さ、さあ?趣味、じゃないでしょうか?」
「そうなんだ」
リオはいつものようにとんでもない事を平気で口にした。
「じゃあ、サラとアリエッタなら裸で行けば無傷で……」
リオの頭が不意に下を向いた。
リオはサラにどつかれたのだと気づく。
いつもは殴られた理由を尋ねるリオであるが今回は自分でもわかった、と思った。
「あ、ごめん、ヴィヴィもだっ……」
リオの頭が不意に下を向いた。
リオは再びサラにどつかれたのだと気づく。
しかし、珍しく今度も理由を理解した、と思った。
「ごめん、サラは男だっ……」
リオの頭が不意に下を向いた。
リオはまたもサラにどつかれたのだと気づく。
今度は殴られた理由がわからなかった。
「僕……」
「バカな事ばかり言ってると殴りますよ」
「サラさんっ、もう殴りまくってますっ」
「ぐふ。ここ数日、リオを殴っていなかったからな。限界だったのだろう」
「はっ!?リオさん欠乏症っですねっ!?わかりますっ」
「そうなんだ」
「ち、違います!大体その欠乏症って何ですか!?」
話がフラインヘイダイに戻る。
「それで何人くらい殺されたの?」
「今のところ被害者はゼロのようです」
「ん?じゃあ、目撃者は逃げ切ったんだ」
「ぐふ。フラインヘイダイは誰彼構わず襲いかかるわけではない。あくまでも襲うのは女だけだ。その邪魔をする男を殺すのだ」
「そうなんだ」
「あっ、あとっ個体ごとに女性の好みが違うらしくてですねっ、好みじゃない女性は見向きもしないそうですっ」
「そうなんだ」
「もしものときはわたしを守ってくださいねっ」
「わかった」
「リオーさんっ」
アリスが再びリオに抱きつく。
その様子をサラとヴィヴィは呆れた表情で見ていた。
もっともヴィヴィのほうは仮面で隠れて誰も気づかなかったが。
リオはアリスに抱きつかれたまま話を続ける。
「じゃあ、そんなに危険はないんじゃないの。なんでみんなあんなに騒いでいるの?」
「リオさんっ、フラインヘイダイ自体がお宝だからですよっ」
「ん?」
「ぐふ。フラインヘイダイは暗黒大戦時代に作られたと言われていてな、内蔵されている武器はすでに失われた古代の魔法技術で作られたものなのだ」
「そうなんだ……ん?サイファが作ったのならそれも“ナンバーズ”?」
「ぐふ。いや、それはあくまでも噂だ。サイファが作ったという確証はないからナンバーズとは言わない。実際、今までフラインヘイダイから抜き取った武器に奴のサインや番号が振られていた物は見つかっていないはずだ」
「そうなんだ。じゃあなんでサイファが作ったって話になってるの?」
「フラインヘイダイがセクハラ行動するからです」
「なるほど」
「もしかしてリオさんっ、戦いたいですかっ?」
「ん?どうだろう?」
「『どうだろう』ってあなた自身の事ですよ」
サラが呆れた顔で言った。
「そうだね。特になんとも思わないかな」
「そうなんですねっ」
アリス自身は変態、もとい、フラインヘイダイと戦うどころか見たくもなかったのでほっと胸を撫で下ろす。
そこへ一組のパーティがやって来た。
彼らの目はアリスに向けられており、下心丸わかりの表情だった。
「おい、そこの神官っ!」
「え?わたしですかっ?」
「おうっ、俺達、神官を探していたんだ。ちょうどいいからお前を俺達のパーティに加えてやる」
「光栄に思えよ!」
「えっ?嫌ですけどっ」
アリスはそのパーティの誘いを悩む素振りすら見せずに断る。
しかし、彼らは納得しなかった。
「いいから来いって……イテッ!?」
アリスに向かってのびてきた男の手をリオが無造作に弾いた。
「てめえ!何しやがる!?」
「それはこっちのセリフです」
サラがリオ達の前に立ち塞がる。
「なんだブス!お前は関係ないだろ!」
サラはフードを深く被り顔は見えないが、声で女であることはわかる。
自己主張の強い冒険者が顔を隠すのは容姿に自信がないからだと思われるのが普通で、今回絡んできた冒険者達もそう思ったのだ。
サラは内心、ムッとしながらも努めて冷静に話す。
「関係あります。私達は同じパーティです。既にパーティに入っている者の勧誘が禁止されているのを知らないわけはないでしょう」
しかし、サラの正論は彼らには通じず、逆ギレされた。
「ざけんな!そんなの脱退すれば済むことだろう!」
「おうっ」
「おい、お前!さっさとそのブスとのパーティ脱退してこい!」
「ふざけているのはあなた達ですーーあなた方、どこのギルド所属ですか?」
「ぐふ。マルコか?」
サラは名前をあえて出すのを避けたのだが、ヴィヴィは直球で尋ねた。
ヴィヴィの言葉にそのパーティは顔を真っ赤にする。
「ふ、ふざけんな!誰があんな腐ったギルドに所属なんかするかよ!」
「おうっ、とっとと抜けてやったぜ!」
「俺達の意思でなっ!」
ヴィヴィは偏見ありありで尋ねたのだが、どうやら当たりだったようだ。




