317話 あるBランクパーティの憂鬱 その2
Bランクパーティは酒場でやけ酒を飲んでいた。
今更だが、Bランクパーティの構成は、
戦士三人、
盗賊一人、
と非常に偏っており、Bランクの依頼をこなすのに必須と言われる回復魔法を使える者が一人もいなかった。
リーダーがテーブルを思いっきり叩いた。
「マルコギルドのクソが!俺ら真っ当な冒険者の稼ぎを奪いやがって!」
「おうっ!」
「まったくだ!」
「ざけんな!」
彼らのいう“真っ当”と、一般人の“真っ当”は意味が違うようであった。
「俺らが稼いでやってるからマルコはまだ存続できてんだぞ!」
「おうっ、その通りだ!」
嘘である。
彼らはクズスキル?で他人から報酬を奪うのがメインであるため、彼らがいなくなってもマルコの依頼達成率は変わらない。
それどころか彼らのようなクズ冒険者が居座るために真面目な冒険者がマルコを離れ、マルコギルド復興の障害となっているのである。
「あんなふざけたギルドこちらからお断りだ!」
「おうっリーダー!マルコ所属を解約してやろうぜ!」
「所属冒険者が減って奴らが泣いて引き留める姿が目に浮かぶぜ!」
「だなっ!」
そんな事はない。
もし、この言葉をギルドで発していればモモは小躍りしながら解約手続きをした事であろう。
とはいえ彼らも本気で言ってるわけではない。
マルコの所属を解約してもマルコ以上の特典があるギルドに所属できるとは思っていなかったのだ。
彼らはBランク冒険者であるが、Bランクの実力を持っていないことを自覚していた。
だが、彼らは実力を遥かに超えるプライドの持ち主だったので自分達の方が立場が上である振る舞いをしないと気が済まなかったのである。
ちなみに彼らは何度かBランクの依頼を受けた事があったが尽く失敗し、そのなかで貴重な魔術士を失っていた。
「はははっ。まあ、そう言ってやるなって。こんな暴挙がいつまでも続くわけがねえ。俺達のような善良な冒険者からの苦情が相次いですぐに撤回するに決まってるぜ!」
「だな!」
彼らのいう“善良な冒険者”と一般人の……は以下省略。
リーダーの言う通り苦情は来ていたがどれもマルコのブラックリストに載っている者、あるいは登録間近の者達ばかりだった。
真面目に依頼をこなしている冒険者達からは好評だったので覆る事はないだろう。
それどころか、他のギルドも同様の動きを始めているのだった。
このような不正を行うのはマルコだけではないという事である。
もしかしたらマルコギルドを追い出された者達が他のギルドでコバンザメなどのクズスキル?を使用して真面目な冒険者達から苦情が殺到した可能性も捨て切れないが……。
「だがよ、どうすんだBランクの依頼」
「「「……」」」
盗賊の言葉で現実に戻され、皆一気に酔いが覚めた。
彼らは悲愴感を漂わせる。
「くそっ、クズンの野郎、ちゃんと後釜を用意しとけってんだ!」
「だな!」
今はそう言ってるがクズンが追放された時は「もう賄賂を贈らなくて済むぜ!」と喜んでいたのだから勝手なものである。
「……しゃーない、コバンザメが使えないんなら正式な手順を踏んでBランクの合同依頼を受けてやるか」
リーダーは偉そうに言ったが単独依頼ではなく、合同依頼と言ったことからわかるようにもう一方のパーティ頼りで、実際にやる事はコバンザメと変わらないと容易に推測できる。
「だがよ……他のBランクパーティだと俺達、マウント取れねえだろ?」
この言葉を直訳すると、
「他のBランクパーティには相手にされないだろ」
である。
「「「……」」」
場が一瞬しん、となるが、リーダーが笑い飛ばす。
「なあに言ってやがんだ!相手にCランクパーティを選べばいいだろ!」
「おおっ!」
「確かに!」
「流石だなリーダー!」
「がはははっ!」
彼らにとって冒険者は冒険ランクが全てであった。
冒険者ランクさえ上であれば相手の方が自分達より実力が上であろうと従えさせることが出来る。
そう信じて疑っていなかった。
実際、それで今までうまくいっていたのも事実であった。
次の日、マルコギルドで彼らBランクパーティがCランクパーティに絡んでいた。
「これ受けろよ。俺達が一緒に受けてやるからよ」
胡散臭そうにCランクパーティの面々がBランクパーティを見る。
そのCランクパーティは最近力をつけてきてそこそこ名が知られるようになってきたパーティだった。
Bランクパーティは彼らの事を事前調査した上で声をかけたのだ。
「……遠慮しとく。俺達まだCランクなんだ。Bは早い」
Cランクパーティのリーダーがそっけなく断るが、それで諦める彼らではない。
そこへ割って入るものが現れた。
「無理矢理依頼を受けさせようとするのはおやめください」
「あんだとっ!?誰にものを……!!」
リーダーが睨みをきかせた相手はギルド職員だった。
リーダーをはじめ、メンバーが慌てる。
「無理矢理なんてさせてねえ!」
「おうっ、それに一緒に受けてフォローしてやるって言ってんだぞ!断る理由など何もないだろ!」
「……フォローですか」
「おうっ」
ギルド職員はため息をついて言った。
「ランクはあなた方が上で、しかもあなた方が受けたい依頼なのにフォローなのですか?」
「け、経験を積ませてやるためだ!」
「おうっ、こいつらのためを思ってな!」
絡まれていたパーティは彼らがギルド職員に言い訳しているのをチャンスとばかりにそそくさとギルドを出ていった。
「あっ、こらっ!」
「てめえら!逃げんじゃねえ!」
「……すみませんが、こちらへ来ていただけますか?」
ギルド職員の表情を見て危険を察知したBランクパーティは、
「悪いな!用事を思い出したぜ!」
「おうっ」
「急ぎだ!」
「じゃあな!」
とギルドから逃げて行った。
Bランクパーティは酒場で酒を飲みながらギルドの悪口を言っていた。
「くっそ、ギルド職員の野郎!俺らを目の敵のようにしてやがる!」
「これまでの恩を忘れやがって!」
「恩を仇で返すとはこの事だな!」
「「「だな!」」」
リーダーがボソリと呟いた。
「……もうマルコは、俺達の天国だったマルコじゃねえんだな」
「「「……」」」
彼らの脳裏に“コバンザメ”、“ごっつあんです”、“押し付け”、と今まで行った数々のクズスキル?を成功させた、充実した日々が頭を過ぎる。
中でも盗賊は気に入らない冒険者に“三途の川渡し”を食らわせて魔物に殺させた光景を思い出し、「ありゃ、会心の一撃だったぜ!」とうっとりしていた。
「……しゃーない。マルコを出るぞ」
「リーダー?」
「逃げるのか!?」
盗賊がリーダーに喰ってかかる。
クズとはいえ、Bランクにまで上がったプライドがある。
マルコを出て行くということはマルコギルド職員に屈するようでプライドだけはBランク以上のものを持つ彼は我慢ならなかったのだ。
だが、リーダーは笑顔で首を横に振る。
「逃げんじゃねえ。また戻ってくるさ。Bランクの依頼を達成してな!」
「それって……」
「マルコじゃなければ俺らの得意なコバンザメが使える」
リーダーがニヤリと笑う。
その言葉に皆があっとした表情をする。
「そうかっ!他のギルドならBランクの依頼を受けるCランクパーティにコバンザメを使えるな!」
「そうだ。それにだ、合同依頼だってマルコほどギルド職員は邪魔してこないだろう」
「「「流石だなリーダー!」」」
皆の尊敬の眼差しを受け、リーダーは満更でもない顔をする。
盗賊があっ、とした表情で言った。
「どうした?」
「リーダー、コバンザメでも合同依頼でもいい当てがあるぞ」
「ほう。どいつだ?」
「リサヴィだ」
「!!鉄拳制裁のサラのか!?」
リーダーがニヤリと笑った。
「……いいな。リサヴィに俺達の依頼を手伝わせてやろうぜ!そしてサラを新たな仲間として加える!」
「だな!元はといえばアイツらが昔のマルコをぶち壊したと言っても過言じゃねえからな!」
「おうっ、責任をとって俺達の仲間になるのは当然だ!いやっ、必然といっても過言じゃねえ!」
「その通りだ!」
「でもよ、リサヴィはマルコを拠点に……って、そういや、最近見かけねえな」
「マルコを離れたらしい」
「マジか!?」
「ああ、噂ではベルダへ向かったって話だ」
「なら問題ないな!」
「「「おうっ!」」」
リーダーは改めてメンバーの顔を見回した。
彼らの顔は皆、リーダーと同じく根拠のない自信に満ち溢れていた。
その顔を見て、リーダーは確信する。
「俺達ならやれる!」
と。
「よしっ!リサヴィを追うぞ!そしてサラを仲間に加えるぞ!」
「「「おうっ!!」」」
マルコギルドのギルマスの部屋にモモが報告にやって来た。
「ギルマス、彼らが動き出しました」
「彼ら?」
「ブラックリスト上位ランカーが集まったあのBランクパーティです」
「何?彼らがマルコを出て行ったのか?」
「はい。残念ながら所属解約は出来ませんでしたがもうその必要はなさそうです」
「それはどういう意味……いや、まさか……」
「はい、彼らはリサヴィを追いかけて行ったようです」
「……リサヴィを利用しようというのか?」
「恐らく。コバンザメ対策の事後依頼禁止が功を奏しましたね。後はリサヴィの皆さんが片付けてくれるでしょう」
「言い方!」
「失礼しました」
そう言ったモモだが、表情を見る限り全く反省しているようには見えなかった。
ギルマスのニーバンの頭に一つの疑問が浮かんだ。
「モモ、彼らはどうやってリサヴィの行き先を知ったのだ?」
「さあ?彼らの盗賊の腕がいいのでは?Bランクですし」
「……そうか」
ニーバンはモモの顔を見てこれ以上尋ねるのをやめた。
モモの言う事が事実であろうとなかろうと今から出来ることは何もなかったからである。




