314話 記憶の綻び
冒険者の街ヴェイン。
ウィンドで金を出し合って買った家にベルフィとナックはいた。
ローズは買い物に出かけておりこの場にはいない。
ベルフィの復讐が終わり、報奨金も入って金に全く困っていないウィンドの面々はいまだ気力が復活せず、開店休業中であった。
二人はベルフィの秘蔵のワインを開けて飲んでいた。
ベルフィが口を開いた。
「俺は最近よく考える事があるんだ」
「何をだ?」
「何故、俺はリオを仲間にしたのかと」
「そりゃ、同じ境遇で同情したからだろ?」
「俺も以前はそう思っていた」
「てことは今は違うと?」
「ああ。金色のガルザヘッサと戦う前に奴に滅ぼされた村で同じ境遇の子供がいたよな」
「いたな。今はまだ俺の守備範囲じゃないが将来は期待が持てるぞ」
「はは。……あの時、サラに聞かれたんだ。『もしこの子が親の仇をとりたい、と言ったら連れて行くのか』と。俺は即否定した。戦力は揃っているし、足手まといになると言ってな」
「その通りだろ?」
「ああ、その通りだ。だが、サラにリオの時と違う、と言われた」
ナックは背筋にぞくりとするものを感じた。
ベルフィは何が言いたいのか。
その先の言葉を聞いていいのか、と。
躊躇している間にもベルフィの話は続く。
「サラの言う通りだ。リオの時、カリスやローズは足手まといだと最初から反対した。だが、俺はリオを仲間に加えた。即戦力でもない、足手まといにしかならないのに仲間にしたんだ。行動が矛盾してるだろ?」
「考えなんてそのときの状況で変わるもんだろ?」
「それはそうなんだが……そういえは、お前も反対しなかったな?」
「そ、そりゃ……」
ナックは一瞬、言葉に詰まる。
(聞かれたくない事を聞かれたな……!?聞かれたくない?……何故?何故俺はそう思った!?)
当時、ナックはベルフィがリオに同情しているのを察し、リオの同行に賛成した。
(はずだったが、今思えば俺もあり得ない選択をしていた)
上手く説明できる言葉が出てこない、そんな自分に動揺する。
それを隠すようにベルフィに質問を返す。
「で、結局お前は何が言いたいんだ?」
「俺は自分の意思で行動しているつもりだったが、実は何者かによって与えられた役を演じていたのではないかと思ってな」
「何馬鹿な事言ってんだよ。Bランク冒険者のベルフィ様ともあろう者がよ」
「俺もそう思う」
「なら……」
「だが、本来ならありない行動をとり、リオを仲間に加える事でガルザヘッサを倒す戦力が整った」
「サラとヴィヴィだな」
ベルフィが頷く。
(あの二人の行動も変と言えば変なんだよな……)
「あの二人がいなければ俺達は返り討ちにあっていただろう。その二人を連れてきたのはリオだ」
「偶然だろ」
「それにだ、リオはあの二人が加わってから異常な速さで強くなった。あのスピードで今も成長してるなら俺はもう勝てんだろう」
それにはナックも同意見だった。
ナックがベルフィに疑問を投げかける。
「いつからだ?いつからそんな事考えるようになったんだ?」
「一番最初はリオが俺達と別れると言った時だろうな」
「あの時か。あれは俺もびっくりしたぜ」
「結構ショックだったぜ。この俺がな」
「そうなのか?」
「ああ。ただ、すぐにカリスがバカな行動を始めたんでそれどころじゃなくなったがな」
「はははっ、確かにな」
「再びその事を思い起こしたのはナナル様に言われたひと言だ。『見捨てられた』ってな。あれはサラにではなく、リオにだと感じた。俺はリオに選ばれなかったんだ……勇者の仲間にな」
ナックはベルフィの言わんとしている事を察した。
「それは……星に選ばれなかったって事か?」
勇者は味方に力を与える。
その中でも勇者が信頼する七人には強力な力が与えられる。
その者達は体のどこかに星のアザが現れることから勇者の七星と呼ばれる。
ナックのいう星とはこの七星の事を言っているのだ。
ベルフィは無言で頷く。
「お前はリオが勇者になると思ってるんだな?」
「いや」
「って、そりゃ……」
「思っているんじゃない。リオは勇者だ」
「断定かよ」
ナックは笑ったがベルフィは笑わなかった。
「リオが勇者だと最初に言ったのはお前じゃなかったか」
「冗談だぜ?」
「今もか?今も冗談と思っているのか?冗談だと言えるか?」
「……」
ベルフィほどではないが、ナックもリオが勇者になる可能性は高いと思っている。
しかし、口では「わからん」と言った。
「ま、星から落ちた者同士楽しくやっていこうぜ」
「何を言っている。お前は選ばれただろう?」
「は……?」
ベルフィの意外な言葉にナックはベルフィの顔をマジマジと見つめる。
「自分で星にしてくれと言った事を忘れたか?リオは『わかった』と言ったぞ」
「いや、忘れてねえけど冗談だぜ?」
「お前はそうでもリオは冗談と思っていない」
「おいおい……」
「俺の知る限り、リオが嘘や冗談を言ったのを聞いた事がない」
ナックがワインをグッと一気に飲み干す。
「ま、俺はベルフィの思い過ごしであってほしいぜ」
「ほう?嬉しくないのか?」
ベルフィがナックの空になったグラスにワインを注ぐ。
「考えてもみろよ。勇者が現れるって事はだ、魔王がこの世界に現れるってことだぞ。魔族の軍勢を連れてな。俺たちゃ、たった一体の魔族ですらひいひい言ってんだ。勘弁だぜ」
「……そうだな」
ベルフィがワインをグッと一気に飲み干し、お返しとばかりに今度はナックがベルフィのグラスにワインを注いだ。
ナックが話題を変える。
「そう言えば、またサラちゃんから手紙が来たんだ」
「また文句か?」
ベルフィが笑いながら尋ねる。
「おいおい、なんでそう思うんだ?ラブレターかもしれんだろ?」
「そうか。よかったな」
「ったく。そうだよ。文句だよ。俺が書いた“冒険者の心得”を無条件で読ませろってさ」
「はははっ。何を書いたか知らんが相変わらずリオはそれに従ってバカな事をやってるみたいだな」
「おうっ。みたいだなっ。俺も書いた甲斐があったと言うもんだぜ!」
「お前、サラと再会したら間違いなく殴られるな」
「ははははっ。まあ、それはそれとしてだ。カリスの事も書いてあった」
一瞬、シンとなった後でベルフィが口を開いた。
「カリスがどうした?」
「あまりにストーカー行為が酷いんで、再起不能にしたってさ」
「……そうか」
「で、まあ、かつての仲間だからって謝ってたぜ」
「サラらしいな。だが、そうか。カリスは終わったか」
「まあ、あいつはギルドからの出頭命令を無視し続けてたっていうし、遅かれ早かれ冒険者じゃなくなってたけどな」
「そうだな……本当にバカな奴だ」
「全くだ」
そこで二人はグラスのワインを一気に飲み干した。
「それでな、サラちゃんからの手紙にはもう一つあってな。前から催促されてたんだが覚えてるか?」
「何をだ?」
「『何をだ』って、ベルフィ、お前もかよ」
ベルフィは「ん?」と首を傾げる。
「ったく、しょうがないなあ」
「なにかは知らんがお前もなんだろ?」
「まあ、そうなんだがな」
「で?」
「ああ、サラちゃんにさ、リオの故郷の場所を教えてくれ、ってさ。お前も聞かれてただろ」
「ああ、そうだったな。だが、てっきりお前が連絡したものだと思ってたぞ」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
「確かにお互い確認してなかったな」
「おう。でだ、恥ずかしい事に俺、場所どころかその村?の名前も覚えてないんだわ、これが」
ナックが「わははっ」と笑う。
「お前なあ……」
ベルフィが仕方ないやつだなあ、という表情から徐々に困惑気味の表情に変わる。
「ん?どうした?」
「……俺もわからん」
「何……?」
二人は一気に酔いが覚め、真剣な表情でお互いの顔を見る。
「思い出せん……何故か、その辺りの記憶が曖昧だ」
「お前もか?」
「「……」」
「リオ自身もわからんのだよな?」
「ああ。アイツは記憶喪失だからな……」
二人をなんとも言えない不安が襲う。
ナックの脳裏にベルフィが話していた「何者かに与えられた役を演じていた」という言葉が蘇る。
ベルフィが考えながらナックに尋ねる。
「俺達、何者かに記憶を操作されていたって事はないか?偽の記憶を」
「……わからん。だがもし、記憶を操作されたのだとしたらそいつは俺より相当レベルの高い魔術士だ……だが、やっぱり信じられん。過信してるつもりはないが何かされたのだったら絶対気づくはずだ。それこそ相手が大戦から生きているロストマジック持ちのエルフだってなら話は別だが……!!」
ナックはエルフという言葉を発して思い当たる人物がいる事に気づいた。
それはベルフィも同様だったようだ。
「……エルフと言えばリオはファフとかいうエルフを探しているんだったな」
「あ、ああ。サラの手紙にそう書いてあった。だが、そのエルフの冒険者ランクはFだったはずだ。ちょっと考えにくい」
「そうだな」
「……ローズが帰ってきたら聞いてみるか?」
「ああ、そうだな……」
しかし、二人はローズにリオの村の場所を尋ねる事はなかった。
酔いが回ったせいか、他の要因か、ともかくその事をすっかり忘れていたのだった。
今回で3部は終了です。
ざまあ展開を書くのが楽しくて予想以上に長くなってしまいました。
次回からは勇者と魔王編となります。
とはいえ、もうしばらくざまあの話が続きます。
その後はシリアスになっていく、ハズです。
……話まとまってないのでコロリと翻すかもしれません。
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