309話 盗賊、抜け駆けする
昼前、
リオ達の部屋の鍵のかかったドアを開けようとする者がいた。
カギではなく、キーピックでだ。
リサヴィの面々は朝まで警備していたので睡眠をとっていたのだが、ドアからカチャカチャする音で目覚めた。
そして、鍵が解除され、ドアがそっと開かれる。
侵入した男、ストーカーパーティの盗賊は皆が起きているとは思わず、皆の非友好的な視線を受けて一瞬固まるが持ち前の図々しさを発揮して、
「よっ」
と何事もなかったかのように挨拶をした。
「何しに来たのですか?」
サラに詰問され、盗賊は内心怯えながらも、表情は努めて冷静を装う。
「ちょっと話があってな」
「ぐふ。話だと?盗みに失敗した言い訳にしてもお粗末だな」
「盗みなんてするかよ!」
「信用できませんっ。本当に話があるならノックしますっ!無理矢理開けたりしませんっ!」
「そ、それはだな……」
「アリスの言う通りです」
「悪かった!鍵を無断で開けたのは謝る!本当に話があるんだ!鍵開けはその話に関係ある事なんだ!」
「「「「……」」」」
「本当だ!信じてくれ!な、サラ」
盗賊はサラにキメ顔をするが効果はなかった。
「今までの行いのどこを見れば信用できるのです?」
「た、頼むよっ」
「……それで話とは?」
「おうっ、実はだな、」
盗賊は先ほど魔術士がパーティを抜けることになった事を話した。
盗賊はすべての責任が魔術士にあるように説明した。
実際、魔術士はそう説明したので間違ってはいないが、サラはそれを聞いて魔術士がこのパーティを抜けるためにワザと自分を貶めて追い出されるように誘導したのだと気づいたが、当の盗賊、そしておそらくは他のメンバーも魔術士の意図に気づかず、彼の言う事をそのまま信じたに違いないと思った。
その後、盗賊は魔術士の身勝手さを延々と話し始め、終わりが全く見えない。
最初に我慢できなくなったのはヴィヴィだった。
「ぐふ。愚痴なら他でやれ」
盗賊はムッとした顔をヴィヴィに向けるが、すぐに愛想笑いを浮かべる。
「済まねえ済まねえ。まあ、というわけで本題だ。俺はお前達のパーティに入る事に決めたぜ」
盗賊は魔術士がパーティから抜けると言い出したとき彼が抜けた場合のことを他のメンバーよりいち早く考えていた。
彼の選択肢はそのままパーティに残るかリサヴィに入るかのどちらかであった。
何故かサラ達に相談するまでもなくリサヴィ入り出来ると根拠のない自信を持っていた。
この二つの選択肢を持っていると思い込んでいる盗賊がどちらを選ぶかは考えるまでもない。
魔法を使える者がいない、しかもメンバーはむさ苦しい男どもしかいない今のパーティに残る方を選ぶはずがないのだ。
「は?」
「ぐふ?」
「はいっ?」
「……」
リサヴィ全員から冷めた視線を受けても盗賊は身を凍らす事なく続ける。
「お前らのパーティには盗賊がいねえだろ?丁度いいかと思ってな。で、さっきの鍵開けは俺の実力を見せるためだったんだ!大した腕だっただろ」
自画自賛して誇らしげな顔をする盗賊にヴィヴィが冷たく言い放つ。
「ぐふ。お前などいらん」
「何だと棺桶持ちが!」
盗賊が怒りを露わにヴィヴィに喰ってかかるが、
「そうですね。必要ありません」
とサラもすげなく断る。
盗賊はサラにまで断られた事で先ほどまで持っていた根拠のない自信が崩れて慌て出す。
「ちょ、ちょ待てよっ!何でだ!……ああっ、そうかっ!リッキー退治のとき大声出した事まだ怒ってんのかよ!?」
盗賊は他人が自分の邪魔をしたら絶対許さない。
しかし、自分にはとても寛容だった。
自分が失敗した場合はすぐ許すのでサラ達も自分の失敗を許していると思っていたのだ。
「ったく、ケツの穴の小さい奴だなぁ。よしっ、俺がどのくらい小さいか実際に……い、いや、何でもねえ!忘れてくれ!」
盗賊はついいつも酒場とかで行っているセクハラ発言を口に出してしまった。
サラ達から周囲の温度をも下げるかのような冷たい視線を浴びて残りの言葉を飲み込む。
しかし、パーティ入りを諦めたわけではない。
「ま、まあ、なんだっ、盗賊ってのは戦いがメインじゃないだろ!なっ!?だから大目にに見ろよ!なっ?これから一緒にやって行くんだからよっ」
後半はともかく、前半は盗賊の言う事は正しい。
盗賊クラスの役目は宝箱の鍵開けや敵の接近、罠などの危険をいち早く察知し、仲間に知らせるサポート役がメインで戦闘力は二の次だ。
「「「「……」」」」
サラ達は盗賊の図々しさに呆れて物も言えない。
盗賊はその沈黙を肯定と捉え気をよくして話を続ける。
「あ、今のパーティの事なら問題ねえぜ。魔術士が抜けたからな。もう終わりだぜあんなクズパーティ」
盗賊は自分がいたパーティを平気でクズパーティと言って笑い飛ばす。
その言い方からしてその“クズ”に自分は含まれていないようだった。
盗賊はリサヴィ入りが確定したかのように話を続ける。
「俺が入った後の事だが、俺はお前らよりランクが上だし先輩だが贅沢は言わねえ。いや、なるべく言わねえ。わはははっ」
「「「「……」」」」
盗賊は何がおかしいのか突然笑い出す。
サラ達は盗賊が自分達をDランクだと思い込んでいることを今回も訂正しなかった。
疲れるから会話したくなかったのである。
「よしっ、じゃあ、そう言うことでよろしくなっ!リーダーに報告してくるぜっ!」
盗賊は言いたい事を言い終えると部屋を出ていった。
盗賊が去った後すぐストーカーパーティの借りた部屋の方から騒ぎ声が聞こえたかと思うと、ドタドタ足音が近づいて来る。
サラ達が部屋の鍵を閉めていない事に気づいた時には既に遅く、部屋のドアがノックもなく乱暴に開けられる。
そしてストーカーパーティのリーダーが血相を変えて部屋に入ってきた。
続いて勝ち誇った顔の盗賊、そして不機嫌な顔をした戦士が入って来た。
「勝手に入ってこないでください」
サラが常識皆無のストーカーパーティに文句を言うがもちろん聞くわけがない。
「おい、サラ!こいつをパーティに入れるって言うのは本当か!?」
「嘘です」
「「「……」」」
サラが間を置かずに否定したのでストーカーパーティは一瞬、思考が停止する。
ついさっきまで誇らしげな表情をしていた盗賊がショックでアホ面を晒す。
再起動したリーダーが安堵の息を吐いて言った。
「なんだぁやっぱり嘘か!」
「そうだと思ったぜ!」
リーダーの後に戦士が笑いながら続くが、盗賊は慌てる。
「ちょ、ちょ待てよサラ!さっきパーティに入るって決まっただろ!今更取り消しはなしだぞ!」
しかし、サラは素気ない態度で答える。
「取り消しも何も私達はパーティに入れるなんて言っていません」
「ふざけんな!さっきここで言っただろうが!」
「言ってないですっ」
「ぐふ。言ってないな。お前が一人で勝手に喚いていただけだ」
「何だと棺桶持ちぃ!?」
「確かにあなたは先ほど無断で部屋の鍵を開けて侵入して来ましたが」
「サ、サラァ!そ、そんな言い方すんなよっ!それは俺の腕を見せるためだって説明しただろ!」
サラは盗賊の言い訳を聞き流し、続ける。
「途中から独り言を言い出して帰って行きました」
「ざけんな!独り言じゃねえ!」
サラが首を傾げる。
「そうなんですか?言いたい事を言って帰っていきましたので独り言だと思ってました」
「人の部屋にやって来て独り言を言って帰って行く奴がいるか!!」
「ぐふ。最近、そういう奴らが私達の周りをよくウロチョロしてるぞ。てっきりお前もそうだと思って気にしてなかった」
「ざけんなぁ!!」
「ぐふ。どちらにしてもだ。私達は拒否した」
「て、てめえ……」
盗賊は顔を真っ赤にしてプルプル震えながらヴィヴィを睨む。
リーダーが満面の笑みで言った。
「よしっ、わかった!邪魔したな!」
「ほれ、行くぞ!独り言男!」
戦士も満面の笑みでリーダーに続く。
「誰が独り言男だ!って、ちょ、離せよ!俺はサラのパーティに……」
「うるせえ!抜け駆け野郎!」
「なんだとぉ!?」
盗賊はリーダーと戦士に引きづられて部屋を出ていった。
「鍵閉めますねっ」
アリスがドアの鍵を閉めた。
もちろん、これで話が終わるはずがない。




