308話 魔術士の離脱
リサヴィとストーカーパーティの警備だが、ファイアボールで焼けた畑から左側をリサヴィが担当し、右側をストーカーパーティが受け持つ事になった。
持ち場を明確に分けたにも拘らず、リサヴィの持ち場に魔術士を除くストーカーパーティがやって来た。
「何故来たのですか?あなた方の持ち場は向こうですよ」
「気にするな。向こうもちゃんと警備してるぜ」
リーダーが指差す先に人影が見えた。
この場にいない魔術士が一人で警備しているということだろう。
サラは呆れ顔で言う。
「魔術士一人置いて来たのですか?少なくとも前衛が一人は必要でしょう」
「しかしな、みんなやりたがらないんだ」
リーダーが笑って言う。
笑い事ではないはずだが、リーダーだけでなく残りのメンバーも笑っていた。
(……ダメだこりゃ)
サラは説得を諦めた。
村長には彼らと持ち場を分け、失敗は各々でとることを了承してもらっている。
村には申し訳ないが、彼らが失敗しようが知ったことではなかった。
(彼らを認めたのは村長達ですしね)
「見学は構いませんが、私達の邪魔だけはしないでくださいね」
「お前な!俺らがそんなヘマすると思ってんのか!」
「ぐふ。すでに実績を作ったではないか」
ヴィヴィが会話に割って入る。
「はっ、お前も頭が悪いな。あれは俺らのせいじゃねえ!」
「「おうっ」」
彼らのなかではすべての失敗の原因が魔術士となっているようだった。
深夜、リッキーが現れた。
「ぐふ。来たな」
「やはり誰かが森に居座っていたので奥に隠れていただけだったようですね」
サラをしつこく勧誘していたストーカーパーティにサラ達が視線を向けると彼らは速攻で顔を背けた。
「行くよ」
いたのかと思うほど存在感のなかったリオがぼそりと呟くと、月明かりだけが照らす畑に向かって歩き出した。
「リオさんっ、気をつけてくださいねっ」
アリスのやや声を抑えた声援にリオは振り向く事はなかったが、右手を上げて了解の意思を示す。
「けっ、カッコつけやがって」
すかさず、盗賊が文句を言った。
リッキー達はリオの接近に気づいていなかった。
しかし、リオがベルトから短剣を抜いたその時、
「おいっ!!リッキーキラー!!弓はどうした!!」
盗賊がリオに向かってバカでかい声で叫んだ。
もちろん、その声が聞こえたのはリオだけではない。
リッキー達はその声に驚いて辺りをキョロキョロ見回し、リオの姿に気付いて慌てて逃げ出した。
リオは短剣を構えたものの、すぐに下ろす。
射程圏外に逃げられたのだ。
その様子を見て盗賊が馬鹿にしたような声を上げる。
「見たかよ、あのバカ!弓持って行くの忘れてやがった!それでリッキーに逃げられるとは間抜け過ぎるだろ!」
「本当バカだな!」
「おいおい、リッキーキラーの名が泣くぞ!」
ストーカーパーティは馬鹿笑いしながら同意を求めるようにサラを見ると、サラは怒りで肩を震わせていた。
それをリオの間抜けさから来るものだと思い込んで更にリオを貶す。
「やっぱ、アイツは勇者の素質はないぜ!」
「おうっ、武器忘れるなんて馬鹿すぎるだろ!」
「なあサラ、それにアリエッタ、俺達んとこ来たくなったんじゃないか?」
その言葉に反応したのはサヴィヴィだった。
「……ぐふ。言いたいことはそれだけか?」
「なんだ?棺桶持ち、お前……ぐはっ!」
盗賊が鼻を押さえる。
ヴィヴィのリムーバルバインダーが掠ったのだ。
「て、てめえ……」
盗賊は鼻を手で押さえながらヴィヴィを睨むが、その表情には怯えが見てとれた。
「ぐふ。邪魔するなと言ったはずだ」
「じゃ、邪魔だと!?なんの事だ!?」
「……ぐふ。ここまでバカだと救い難いな」
「な、なんだ……ひっ」
リムーバルバインダーが再び動くのを見て盗賊は怯む。
「ぐふ。お前が素人丸出しに大声で叫ぶからリッキーに気づかれただろ」
盗賊は一瞬、はっ、としたものの即反論する。
「弓を持ってないでどうやって倒すんだ!?仮に、そう、仮に俺の声で気づかれたとしてもだっ、あいつには攻撃の手段がねえだろう!」
「何故、弓で攻撃すると決めつけるのですか?」
怒りが多少収まったサラが盗賊に詰問口調で尋ねる。
その態度からストーカーパーティはサラも盗賊の行動に怒っていたのだとやっと気づいた。
「リ、リッキーを倒すのは弓って常識だろう!」
「ぐふ。まさかお前から常識、という言葉が出るとは思わなかったぞ」
「なんだとっ!」
「リオは投剣が得意なのです。もう少しで攻撃範囲に入るところだったのです」
「それをあなたが邪魔したんですっ!」
アリスも抗議の声を上げる。
しかし、盗賊は自分の主張が正しいと疑わない。
「そ、そんな訳あるか!俺でさえあそこまで近づけば気づかれるぞ!」
「ぐふ。自分の無能さを自慢するな」
「な、なんだと!?」
「そうですね、リオなら問題ありません……!!」
サラはこちらへ歩いてくるリオの手にまだ短剣が握られたままであることに気づく。
その表情はいつもと同じく無表情だが胸騒ぎを覚えた。
「ともかくです!あなたは邪魔ですからさっさと自分の持ち場へ戻りなさい!」
「なっ……」
「ぐふ。全員邪魔だ」
「「なっ、なんだと……」」
「そうですね。あなた達も彼と同じで邪魔するかもしれませんからね」
「はいっ」
サラのこの言い方は効果抜群であった。
彼らストーカーパーティは協力しているようで実は違う。
皆がサラを狙っているのだ。
そこを狙い、内部分裂を図ったのだ。
そして見事成功した。
「な、サラッ、俺は……」
盗賊が言い訳しようとするが、それをリーダーが遮った。
「おいっ、お前は持ち場に戻ってアイツとリッキー退治してろ」
「そうだな。確かにあそこで大声出したのはまずかったな」
「なっ、てめえらっ……」
ストーカーパーティが内輪揉めを始めるが最後には盗賊がブツブツ言いながら彼ら本来の持ち場へ戻っていったが、リーダーと戦士はそのまま居座った。
結局、それ以降リッキーがやってくる事はなく夜が明けた。
リッキーを退治したのは魔術士だけだった。
アイスアローで二体仕留めた。
それを盗賊が我が事のように自慢する。
「なんだよお前らっ、あんだけ言っといでゼロかよゼロ!」
「「「「……」」」」
「ま、俺達は二体倒したけどな!」
魔術士の手柄に便乗して自慢する盗賊をサラは冷めた目で見る。
「それはよかったですね」
サラの投げやりの返事に盗賊はどこか誇らしげな顔をするが、実際にリッキーを倒した魔術士は済まなそうな顔をする。
「だが、少しとはいえまた畑を荒らしてしまった。謝らないとな」
「大丈夫だ。あの程度!」
「おうっ!ゼロよりマシだぜ!ゼロよりはよっ!」
村人でもないのに好き勝手な事を言うリーダーと戦士。
彼らに至っては持ち場にすらいなかったにも拘らず盗賊と同様、自分達の手柄であるかのように威張っていた。
魔術士が村人達に謝罪すると村人達は状況を確認後、「大したことない」と笑って許してくれただけでなく、リッキーを二体倒した事を褒めていた。
しかし、魔術士は宿屋に戻ると他のメンバーに畑を荒らしたことを責められた。
残りのメンバーは魔術士だけが褒められたのが面白くなかったのだ。
例え自分達はサボって何もしていなくても、である。
魔術士は一通り彼らの文句を聞いた後、ずっと考えていた事を口にする。
「わかった。俺はこのパーティを抜ける。迷惑をかけて悪かったな」
魔術士の言葉を聞き、他のメンバーは流石に言い過ぎたと思った。
まさか魔術士がパーティを抜けると言い出すとは思わなかったので皆は元気づけようとするが、上から目線の態度は変わらない。
「いや、そこまで反省してるならそれでいい。これから気をつければいい事だ」
「おうっ」
「だな!」
しかし、魔術士は首を横に振る。
「俺はお前達に迷惑をかけすぎた。また同じ事をやるかもしれん」
魔術士の決意が固いとわかり、リーダー達は焦り出す。
正直なところ、このパーティの要は魔術士であった。
彼がいたからこそCランクに上がれたし、Cランクの依頼をこなす事が出来たのだ。
もし、魔術士が抜ければパーティから魔法を使える者がいなくなり、ダンジョン探索をはじめあらゆる依頼をこなすのが困難になる。
極論すれば戦士や盗賊ならいくらでも代わりがきくので他の三人の誰かが抜けても大きな支障はない。
だが、魔術士はそうはいかない。
冒険者になる魔術士は神官の次に少ない。
しかも彼はサラが認めるほどの力の持ち主だ。
例え代わりの魔術士が見つかったとしても彼以上の力を持っている可能性は低い。
今まで散々言いたい放題言って魔術士を責めていた彼らだが、魔術士を失うことが現実味を帯びてきてやっとそのことに気付いたのだった。
「そ、そんなことないぜ。なあ?」
「お、おうっ」
「き、気にすんな!済んだことだ!」
魔術士の説得を始めるが上から目線の態度は変わらない。
その事が関係しているかはともかく、魔術士の意志は変わらなかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺はやはりお前達にこれ以上迷惑をかけたくない。こんな俺がパーティにいれば致命的なミスを犯すだろう。その時は誰かが死ぬことになるかもしれない」
「お、おいっ」
「お、落ちつけって、なっ?」
リーダーと戦士が必死に魔術士を引き留めようとする。
しかし、
「……まあ、いいんじゃないか」
盗賊の言葉にリーダー、戦士が驚きの表情を見せる。
「お、おいっ!」
「お前、何言ってんだ!?」
「確かにこいつの言うことも一理あるだろ。それによ、こいつのせいで俺達は散財したんだぞ」
盗賊は自分の失敗を棚に上げ、上から目線で言う。
盗賊が心変わりしたのは魔術士が抜けても自分が得する考えが思い浮かんだからだ。
本来、人をおだてたり宥めたりするより貶める方が得意なのは盗賊だけでなく、リーダーと戦士も得意だった。
そのため盗賊が魔術士を責めるのを見て、慣れない説得に疲れ頭が回らなくなっていた事もあり、「俺らもやっていいんじゃね?」と特にその後の事を考えもせずに責めに転じたのだった。
こうして魔術士はパーティメンバーに散々文句を言われたが、パーティを抜ける事ができたのだった。




