表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/865

296話 宿屋選び

「今日はもう疲れた。宿を探して休むか」


 盗賊は戦士に声をかけたのだが、ギルドへの罵詈雑言を吐いていたカリスが反応した。


「おお、そうだなっ。セユウに来た時にはいつも泊まってる宿があるんだ。案内してやるからついてこい!」


 二人が不満たらたらの表情をしているのに気づかずカリスはスタスタと先を歩く。

 二人が躊躇しているとカリスが催促するので、仕方なく後をついていく。

 カリスが案内した宿屋は外見から高級宿屋だとわかる。

 カリスが宿屋に入ろうとするが、戦士と盗賊はその場を動かない。

 

「どうした?」

「ここ、相当高いぞ」

「んなことたぁわかってるぜ。俺は泊まったことあるんだからな!」


 盗賊がため息をついてカリスに肝心な事を尋ねる。


「で?誰が金出すんだ?」

「あとで返してやるぜ」

「……なあ、俺達がなんで依頼を受けようとしたか覚えているか?」

「ケチくさい事言うな!」


 カリスは軽く笑い飛ばす。

 その態度に二人はカチンときた。


「……そうか、じゃあ、明日の朝、街の入り口で待ち合わせしようぜ」

「そうだな。じゃあな、カリス」


 立ち去ろうとする二人の前にカリスが回り込む。


「待て待て、慌てんなって」

「……なんだ?」

「俺はお得意様なんだ。ツケで泊めてもらえるぜ!」

「「……」」

「安心しろ。お前らも俺のツケで泊めてやるからよ、ついて来い!」


 そう言ってカリスは自信満々の表情で宿屋に入って行く。

 二人は半信半疑の表情でカリスの後に続いた。



「これはこれはカリス様、お久しぶりです。お連れの方々もようこそいらっしゃいました」


 宿屋の主人が営業スマイルでカリス達を迎える。

 

「おうっ!一泊頼むぜ!」

「ご利用ありがとうございます。お部屋は四人部屋の貸切でよろしいでしょうか?」

「おいおい。ボケたのか?俺はいつも一人部屋だっただろ。コイツらは同じ部屋でいいぜ!」

「これは大変失礼しました。それではカリス様は金貨一枚、お二人は二人部屋で合計小金貨六枚となります」

「おうっ。今は金がないからつけておいてくれ」

「……」


 カリスのその言葉を聞いても宿屋の主人の表情は笑みのままだったが雰囲気が変わった。


「……申し訳ございません。私どもの宿は前払いしか受け付けておりません」

「おいおい、固えこと言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「申し訳ありませんが、商売には私情を挟まない事にしております」

「そう言うなって。なっ、頼むぜっ」

「では、」

「おうっ」

「またのお越しをお待ちしております」


 宿屋の主人の営業スマイルから出た言葉にカリスは一瞬意味が理解できずポカンとしたが、すぐにその顔を怒りで真っ赤に染める。

 

「てめえ!こっちが下手にでてりゃあいい気になりやがって!こっちは客だぞ!」

「いえいえ、お金を払わない者を客とは呼びません」


 宿屋の主人のもっともな意見にカリスは納得しない。


「ふざけんな!大体ツケがきかねえだとぉ!?俺は知ってるぞ!ナックの野郎が女にぼったくられてすっからかんになった時、ツケで泊めただろうが!!」

「正しくは後払いですね」

「うるせえ!どっちにしろ前払いじゃねえだろう!」

「その通りではございますが今とは状況が全く違います」

「どう違うってんだ!?あん!?」


 宿屋の主人はカリスに凄まれても怯える様子もなく説明を続ける。


「あの時は仮にナック様が払えなくても一緒に泊まられたウィンドの方々から払ってもらえると確信しておりました。実際、宿を出る時には支払って頂きました」

「俺らが払わねえと言うのか!?」

「払えるのでしたら今払うのではないでしょうか?」


 宿屋の主人のもっともな意見にもカリスはやはり納得しない。

 ちなみに戦士と盗賊はカリスに勝ち目なしと早々に判断して宿から出るタイミングをはかっていた。


「わかったぜ」

「ではまたのご利用をお待ち……」

「ベルフィにつけておいてくれ」

「……は?」


 今度は宿屋の主人がポカンとしてからカリスの表情をマジマジと見つめる。

 

「聞こえなかったのか?ベルフィだ、ベルフィ。ナックかローズでもいいぜ。それなら文句ないだろ」

「……何故、そのお方達に?」

「何言ってんだ。俺はウィンドのメンバーだぜ!」

「“元”ですよね?」


 宿屋の主人は“元”を強調して言った。

 

「な……」


 カリスは宿屋の主人の言葉に驚きの表情を隠せなかった。

 

「私が知らないと思っておりましたか?」

「あ、いや……」

「カリス様、あなたはウィンドを“追放”されたのですよね。そんなあなたのためにベルフィ様達がお金を出すとは思えません」


 宿屋の主人の「カリスの方がウィンドから追放された」という言葉に戦士と盗賊が驚くと同時に納得した。

 しかし、当の本人だけは納得出来なかったようだ。


「ち、違う!俺が自ら出ていったんだ!奴らに愛想をつかせてな!」

「左様でございますか」

「おうっ!だから……」

「どちらにしましてもベルフィ様達がカリス様のためにお金を出すとは思えません」

「いやっ、そんな事はない!俺を信じろ!」

「……」


 カリスの自信ありげな顔を見ても宿屋の主人の考えは変わらなかった。

 カリスがまだウィンドに所属していると騙った時点で信用はゼロだったのだ。

 そのやり取りに飽きた戦士がため息をついて言った。


「カリス、俺達は他の宿探すぜ」

「じゃあな」


 戦士と盗賊が宿屋を出ていった。



 すぐにカリスが戦士と盗賊の後を追って来た。


「ちょっと待てよ!お前ら泊まらねえのかよ?」


 戦士と盗賊は立ち止まると、アレだけ言われてまだ泊まる気だったのか、と呆れた表情でカリスを見た。


「自腹で泊まる余裕はないな」

「俺もだ」

「ったく。しゃあねえな」


 そう言ってカリスが二人に向かって手を差し出す。

 

「……なんだ?」

「俺だけ泊まるぜ」

「寝言は寝て言え」


 戦士はその言葉が自然と口から出た瞬間、サラの苦悩をハッキリと理解した。


「な、なんだと!?」

「なんで金借りる方がいい宿屋に泊まるんだ?」

「返す宛もないのによ」

「ざけんな!そんなのサラと合流できりゃ何倍にでもして返してやるぜ!」


 ストーカー登録までしているサラが金を出すと信じているカリスに二人は呆れる。


「寝言は寝て言え」


 今度は盗賊の口から自然とその言葉が出た。


「んだとっ!?」

「泊まりたけりゃ自分の金で泊まれ」

「ざけんな!ねえから言ってんじゃねえか!」

「ふざけてるのはお前だ」

「お前、まるでタカリだな」

「なんだと!?」

「そんなにあの宿に泊まりたければその辺に立ってろよ。マッチョ好きの女か、そっち趣味の男が寄ってくるぜ」

「てめえ……」


 カリスが大剣に手をかける。

 それを見ても戦士は動じることなく、彼も腰の剣に手を伸ばす。

 そしてどこか諦めた口調で言った。


「わかったわかった」

「おう、わかれば……」

「俺もここまでだ」

「なに?」

「貸した金は惜しいが、これ以上たかられたら敵わん。じゃあな」


 「ほら吹きカリス」と心の中で加え、戦士が去って行く。

 これにはカリスも流石に慌てた。


「ちょ、ちょ待てよ!」


 しかし、戦士は立ち止まることも振り返ることもなかった。


「……くっ!てめえなんかこっちからお断りだ!クソ野郎!しゃーない。あんな奴ほっといて俺らだけで……って、ちょ待てよ!」


 声をかけた盗賊も戦士の後を追うのに気づき、カリスは慌てて盗賊の後を追う。

 それに気づいた盗賊が顔も向けずに面倒くさそうに言った。


「俺の事も見捨てていいぜ」

「な……」

「俺が貸した金はお前がサラを仲間にしたら回収しにいくぜ」


 「仲間に出来るはずないけどな」と心の中で付け加える。

 カリスは唖然としていたが我に返り、二人の後を追う。

 

「おいおい、ちょっと待てよ。わかったわかった。俺も安い宿で勘弁してやるぜ」


 まだ上から目線で話をしてくるカリスに怒りを覚える二人。


「……いや、俺達の事は気にするな」

「じゃあな」


 しかし、カリスは卑屈な笑みを浮かべつつ彼らにくっついて行き、なし崩しに彼らの金で安宿に泊まったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ