291話 ハンドレッドアイズの襲撃 その1
この旅劇団では見張りは子供を除いた劇団員全員が交代で行う。
劇団員は皆少なからず武術の心得があり、冒険者も何人もいる。
そのため劇での戦闘シーンは迫力があったのだ。
このように護衛は自前でなんとかなるので長旅や今回のようなアクシデントが起きない限り護衛を雇う事はなかった。
護衛を依頼されたサラ達は見張りには参加せず、何かあった時に対応することになっている。
その時が来るまでテントの中で待機だ。
団長には待機場所は馬車の中でもいいと言われたが、寝るには狭いので断った。
そして、夜中になった頃。
リオがムクリと上体を起こした。
それに合わせるようにサラとヴィヴィが起き上がる。
「アリス」
サラがアリスの体を揺すって起こした。
「あ、リオさん、まだ心の準備が……」
「寝ぼけてないで敵が来ますよ」
「むにゃ……て、き?……敵っ!?」
アリスがガバっと起き上がる。
「まだ大丈夫です。慌てず準備して下さい」
「はっ、はいっ」
「ぐふ。それにしてもリオ、お前はこうなる事がわかっていたのか?」
ヴィヴィがリムーバルバインダーを両肩にマウントさせながら尋ねる。
「ん?」
剣を腰に装備しながらヴィヴィを見るリオ。
サラがヴィヴィから質問を引き継ぐかのように尋ねる。
「護衛を引き受けるときに妙な間がありましたよね。それに護衛を受けるとき笑っていたではないですか。こうなる予感、のようなものがあったのですか?」
「笑っていた?僕が?」
「ええ」
「そうなんだ。まあ、そんな感じかな」
リオは曖昧な返事をする。
「流石ですっ、リオさんっ」
特に何も考えずアリスが絶賛した。
テントから出てきたリオ達の姿を見て、見張り番は不思議そうな表情をし、すぐに不安を感じた。
「あ、あの……」
「皆を起こして下さい。敵が来ます」
「え?敵?敵って!?」
「ぐふ。いいから急いで起こせ。戦えるものはすぐに準備させろ」
「わ、わかった!」
リサヴィのただならぬ雰囲気に押され、見張り番は慌てて団員達を起こしに向かう。
「あのっ、リオさんっ、敵って一体何なのですかっ?」
「さあ?」
「へっ?」
アリスがボケた表情をする。
「あのっそれっ……!!」
アリスはリオの笑顔に魅せられ言葉を失った。
どこか妖しく、どこか神秘的とさえ思える不思議な笑み。
その笑みにアリスだけでなく、サラとヴィヴィも一瞬見惚れたほどだった。
リオが笑みを絶やさずに言った。
「それを知りたいんだ。僕もね。コイツは今までに遭ったことのない相手だ」
リオはどこか陽気な声で言った。
それはサラもリオと同様の意見だった。
ナナルとの特訓で数多くの魔物と戦ってきたが、この気配は今まで感じた事のないものだった。
「皆さん!」
団長とランを始め戦える劇団員がやって来た。
「サラ、どうしたんだっ!?」
「ラン、魔物が近づいています。それも相当強力な魔物が」
「え!?ど、どこ!?」
ランの言葉にリオがスッとある方向を指差す。
だが、その方向は暗闇で何も見えない。
「リオ、ボクには何も……!?」
ランがもう一度確認しようとした時、微かに音が聞こえて来た。
月明かりが照らす中、最初に現れたのは魔物ではなかった。
劇団員達は冒険者らしい一団が旅劇団の焚き火を目指して向かって来ているように見えた。
そして、彼らの後ろに魔物らしき姿が多数確認された。
その冒険者達は深夜にも拘らず旅劇団が既に戦闘準備を終えているのに気づき驚いた。
「……ちっ、予定と違うぜ」
彼らの誰かがそう呟いた。
「お前ら!魔物がやって来るぞ!」
冒険者達の一人がそう言って旅劇団の横を通り過ぎて行く。
その言葉に劇団員の一人が激怒する。
「馬鹿野郎!何が『やって来るぞ』だ!!お前らが引き連れて来たんだろうが!」
「まさかボクらが“押し付け”にあうとは思わなかったよ」
「押し付け?」
ランの言葉にリオが首を傾げる。
「リオは知らないんだね。ボクはクズ冒険者達が話しているのを聞いたことがあるんだ。自分が助かるために他人に魔物を押し付けて逃げる事だよ」
「誰がクズだ!?」
ランの声が聞こえたらしく、走り去る冒険者達の中からそう叫ぶのが聞こえた。
「「「お前らだ!」」」
すかさず劇団員の何人かが怒鳴り返す。
「おいおいっ、数多すぎじゃないか!?」
「こんなの聞いた事ないぞ!?」
「奴らどっから来たんだ!?」
魔物の数の多さに腕に自身のない劇団員達が想定外の状況に怯え出す。
「慌てるな!まだ距離はある!」
劇団員の戦闘リーダーが浮き足立つ者達を落ち着かせようとする。
「……ぐふ。確かな。いや、距離があり過ぎるな」
ヴィヴィは少し考える素振りをしながら言った。
リムーバルバインダーの目で魔物を押し付けた冒険者達の姿を追うと彼らは逃げ去っておらず、旅劇団から距離をとった所で立ち止まり、こちらの様子を探っていた。
「ん?」
「ぐふ。なんでもない。……魔物はガルザヘッサが多いな。あと後ろのデカいのはハンドレッドか?……ハンドレッドアイズのようだな」
「ハンドレッド、アイズ?」
その名に聞き覚えがないらしく、ランを始め劇団員が首を捻る中で、アリスがぷるぷる体を震わせる。
「ヴィ、ヴィヴィさんっ、ほ、本当なんですかっ?ハンドレッド、それもアイズだなんて……」
「ん?アリエスわかるの?」
「は、はいっ。あ、でもっ、私は本で読んだだけですけどっ、って私はアリスですっ」
「うん、知ってた」
「ぐふ。説明してやれ。私も大して知ってるわけではない」
「は、はいっ。ハンドレッドはそのっ、確かAランクの魔物ですっ。百個の目を持つもの、百本の腕を持つものなどがいてっ、それぞれハンドレッドアイズ、ハンドレッドアームズと呼ぶそうですっ」
Aランクの魔物とは出会ったことのない劇団員達が動揺する中、サラが冷静な声で質問する。
「ハンドレッドアイズはどんな攻撃をするのかわかりますか?」
「確か目から強力な状態異常魔法を放つと言われていますっ!」
「そうなんだ」
リオが大した事ないように呟く。
「あ、あの、逃げてはダメなのですか?」
団長の質問に何人もの劇団員が頷くがアリスは悲しい表情をして首を横に振る。
「ハンドレッド自体はそんなに速くはないそうですがっ、率いている魔物が……」
「ガルザヘッサは速いね」
リオの言葉にアリスが頷く。
「は、はいっ!ですから馬なら逃げ切れるかもしれませんが、馬車では難しいですっ」
「ど、どどどどうしましょう!?」
動揺する団長に返事したのはリオだった。
「奥の奴、ハンドレッドアイズ?は僕がやるよ。他は任せる」
「ちょっと待ちなさいリオ!あなた一人でハンドレッドアイズを相手にする気ですか?」
「そうだよ」
「『そうだよ』ではありません!」
「そうなんだ」
「リオ、私達への依頼は魔物退治ではなく、劇団員の護衛ですよ。ハンドレッドアイズも脅威ですが、ガルザヘッサの数も脅威です」
「そうだった。じゃあ、ガルザヘッサの数を減らそう。ヴィヴィ」
リオの言葉に応じてヴィヴィはリムーバルバインダーをひとつパージした。
リオは正面に来たリムーバルバインダーのドアを開け、弓と矢筒を取り出す。
そして矢筒をアリスに預けると一本抜き取り魔物に向けて構える。
劇団員の誰もがまだ距離があり過ぎると思っていたが、リオは気にすることなく適当に矢を放った。
少なくともランを始めとした劇団員達にはそう見えた。
しかし、直後、微かな悲鳴と共に爆発が轟いた。
リオが矢を放つ度に爆発音と共に魔物の悲鳴が聞こえる。
合計二十本ほど放ったところで手を休めると誰の目にもハッキリわかるほどガルザヘッサの数は激減していた。




