287話 待たせたな!
翌朝、リサヴィは再びギルドに向かった。
新しい依頼がないかと確認しにリオとアリスが依頼掲示板へ向かい、サラとヴィヴィは椅子に座って待っている事にした。
そこへある冒険者達がやって来た。
ギルドに入るなりその中の一人の男が叫んだ。
「待たせたなサラ!」
声をかけて来た人物の声にサラは聞き覚えがあった。
「!?」
サラは声の主を見て表情を変える。
その表情は再会の喜びではなく、嫌な奴に会ったときの表情だった。
サラとは対照的にその男、カリスは嬉しそうだった。
カリスのそばにいる冒険者達はカリスの知り合いのようだが、サラは見覚えがない。
その冒険者達はカリスとは対照的なサラの態度に訝しげな表情を見せる。
だが、カリスのみがその場の雰囲気に気づかず満面の笑みで言った。
「探したぞ!マルコにいるという情報を掴んで急いで行ってみたらもう姿がなかったからな!」
カリスがサラに向けて両腕を広げる。
サラが笑顔でその腕の中に飛び込む、事はなく、好意のかけらもない冷めた声で尋ねる。
「……やはりベルフィ達は一緒ではないのですね」
カリスは「やれやれ」とでもいうような表情をして両腕を下ろした。
「ああ。俺はウィンドを抜けたんだ!」
正しくはウィンドを追放されたのだが、カリスの中ではそうなっているようだった。
「コイツらが俺の今の仲間だ。全員Bランクだぜ!」
戦士、魔術士、そして盗賊がサラに挨拶をするが、サラは「はあ」としか言ない。
彼らはサラの態度から全く歓迎されていないとわかり、不安が広がる。
「よしっ、サラ、早速パーティ登録するぞ!」
「はあ?」
「そうそう、お前を探すのに結構金がかかってな。こいつらに金借りてんだ。悪いが払ってやってくれ」
「寝言は寝て言え」
サラのバカにしたような声に気付かなかったカリスは辺りを見渡す。
「それでリッキーキラーの野郎はどこだ?……そこかっ」
カリスは依頼掲示板を眺めていたリオのもとに向かうと背後から声をかけた。
「おい、リッキーキラー!サラは俺達のパーティに入るからすぐに脱退処理しろ!」
しかし、リオは無反応だった。
リオはカリスを無視したのではなく、自分が呼ばれたとは思っていなかったのだ。
だが、カリスはリオにシカトされたと思い、怒りを露わにする。
「てめえ、俺を無視するとは偉くなったもんだなあ!おいっ!」
カリスがリオを背後から殴りかかった。
Bランク冒険者とは思えない卑怯っぷりであった。
いや、それは当然であった。
彼はギルド本部からの出頭命令を無視し続け、本人の知らぬ間にCランクに降格していた。
Bランクのプライドを持っているはずがなかったのである。
とはいえ、Cランクなら卑怯な真似をしていいわけでもないが。
カリスの拳はヴィヴィのリムーバルバインダーによって防がれた。
カリスは加減することなく力いっぱい殴りかかった反動が全て自分の拳に跳ね返った。
グシャっ!とカリスの拳が砕ける。
「ぐああ!て、てめえ棺桶持ちぃいい!」
「ぐふ」
「ん?」
その時になってやっとリオが振り返り、砕けた拳を押さえているカリスに目を向け、首を傾げる。
「サラ!回復だ!」
カリスはヴィヴィに顔を向けたままサラが先ほどまでいた方へ砕けた手を伸ばす。
カリスはサラが回復魔法を使ってくれる事を全く疑っておらず言葉を続ける。
「ヴィヴィもろともまとめて仕留めるぞ!はっ!お前とペアを組むのは金色のガルザヘッサとの戦い以来だな!だが安心しろ!俺達ゴールデンペアにブランクなんて関係ないぜ!」
カリスが苦痛を我慢しながらサラに顔を向けキメ顔をする。
だが、
「って、いねえ!?」
そう、顔を向けた先にサラはおらず、どこに行ったと見回すとリオのそばに来ていた。
一人空回りするカリスを見て周りから失笑が漏れる。
カリスは顔をどく黒く染め、笑った者達を睨みつけたあと、サラに顔を向け、砕けた手を伸ばす。
「おいっ、サラ!真面目にやれ!お前を助けに来るのが遅くて怒ってんのはわかる!それは謝る!後でいくらでも謝ってやるから今はお前を誘拐したコイツらをぶちのめすのを手伝え!」
「寝言は寝て言え」
「な……」
サラの冷めた言葉を聞き、唖然となったのはカリスだけではない。
彼のパーティも同じだった。
「さっきから何を言ってるのさっぱりわかりません」
その言葉を聞いて、カリスを除くカリスのパーティにますます不安が広がる。
しかし、カリスは何も気にしていなかった。
「何を言ってるんだ!?お前を助けに来たに決まってるだろ!サラ!!」
サラはもはや慢性化しつつある頭痛に襲われた。
「……またそんな妄想話をしているのですか。私は誘拐などされていませんし、ウィンドと別れる時、はっきり言いましたよ。『あなたは私の勇者ではない』、『追って来るな』と」
サラから決定的な発言が飛び出し、カリスのパーティの面々が彼に詰め寄る。
「おいっ、カリス!これはどういう事だ!?」
「話が違うぞ!」
「お前、嘘ついたんじゃないだろうな!」
「おいおい、落ち着けって」
カリスはサラ本人に否定されたにも拘らず何故か余裕を見せていた。
「サラ、確かに前回、別れるときお前はそう言っていたな」
「覚えていて何故そんな妄想話をしているのですか?」
「だが、それはリッキーキラーがお前の勇者である可能性があった時の話だ!」
「……はあ?」
「全てわかってるんだ。リッキーキラーの野郎はお前がいるのにっ、他の神官をパーティに加えたそうじゃないか!」
「ええ。それは事実ですが……」
「つまり、サラっ、あいつはお前を選ばなかったんだ!」
「……」
「プライドの高いお前の事だ。今更、やっぱり俺のところに来たいと思っても素直に言えるわけがない。だから俺の方から来てやったんだ!」
カリスが満面の笑みで自分勝手な事を言い放つ。
サラがポカン、としていると「ぐふ!」とどこか馬鹿にしたような声が聞こえた。
そのムカつく声でサラは我に返った。
「ぐふ。バ・カリス、誘拐話はどうなったんだ?」
「誰がバカリスだ!すぐに俺達でぶっ殺してやるからもう少し大人しく待ってろ棺桶持ち!」
「ぐふぐふ」
サラは自分を落ち着かせるために一度深呼吸してから言った。
「バ・カリス、私はそんな事を思っていません。そんなに勇者になりたいならあなたを勇者だと思う神官を探しなさい」
「おいおいサラ、お前もかよ。まったく拗ねやがってよ。もう無理しなくていいんだ」
サラの言葉はカリスに通じなかった。
サラは深くため息をついた。
「行きましょうリオ。やはりこのバカには何を言っても無駄のようです」
「わかった」
「誰がバカだ!!」
カリスが走ってドアの前に立ち、サラ達の行手を塞いだ。
「……退いてください。私達はあなたに用はありません」
「俺は全ての女と別れて来た!」
嘘である。
確かにそのような動きをしたことは事実だ。
しかし、気前よく後先考えずに相手の言いなりに手切金を渡した結果、途中で金が尽きたのだ。
サラを探す調査費や旅の資金もなくなり、それを工面するために図々しくも追放されたウィンドのメンバーのベルフィ達に金を借りに行ったが、「金が欲しければ依頼を受けて作れ」とバッサリ断られた。
カリスは依頼をこなす時間がもったいないと考え、なんと一度支払った手切金を回収し始めたのだ。
抵抗すると暴力も辞さないゴロツキまがいのやり口はたちまちヴェインの街中に知れ渡った。
図々しいカリスも流石に街に居られなくなり、金の回収途中で逃げるように街を出たのであった。
その事実を知らなくてもサラの心が打たれる事はない。
「それで?それが私と何か関係があるのですか?」
「安心してくれ!これからはお前一筋だ!」
「意味がわかりません」
「本当だ!信じてくれ!」
「……私の言葉、届いてますか?」
二人の会話は全く噛み合っていなかった。
というかカリスはサラの話を全く聞いていなかった。
サラの目がカリスについて来たパーティメンバーに向けられる。
「皆さんがこのバカに何を言われたか知りませんがこのバカは私のストーカーです。それ以外の何者でもありません」
「「「な……」」」
「おいおい、冗談はそのくらいにしておけよ。みんなが本気にしたらどうすんだ。それよりこの手を早く治してくれ。痛くて敵わねえぜ」
カリスは苦痛に歪む顔に無理に笑顔を作ってサラに砕けた手を伸ばすが、サラはその手を乱暴に払った。
「ぐあっ……痛えだろ!サラ!」
手を押さえ文句を言うカリスをサラが冷たい、見下した目を向ける。
「いい加減妄想に浸らず現実を見なさい」
「さらぁ……」
カリスのショタマネした、情けない声で同情を誘うがもちろん、サラには効かぬ、通じぬ、であった。
「さっさと退きなさい。これ以上、付き纏うならストーカーへの自衛行動をとります」
「おいおい、もうわかったから早く治してくれよ」
カリスは一体何がわかったのか、再びサラに近づき手を伸ばす。
サラはその手を避けて懐に飛び込むと鉄拳をカリスの顎に放った。
カリスは「ぐへっ」と奇声を上げてぶっ飛び、くるくるくるくるっと四回転してテーブルの上に乗っかり無様な格好でアホ面晒して気絶した。
カリスの巻き添いを食う者はいなかった。
サラは意図的に人がいないところを狙ってカリスをぶっ飛ばしたからだ。




