284話 続神官交換
リサヴィがある街のギルドで休憩しているときであった。
一組のパーティがギルドに入って来ると中を見回し、サラの姿を見つけると満面の笑みを浮かべて近づいて来た。
サラは戦士の姿をしてフードを深く被っているので、一見すると女であるかもわからない。
それでも迷わず真っ直ぐやって来たところを見ると彼らはサラにどこかで会った事があったのだろう。
「よしっ、サラ!ここで会ったのも何かの縁だ!俺達のパーティに入れ!」
「……」
そのパーティのリーダーらしき男の誘いにサラは反応しなかった。
「聞いてんのかっ!サラ!」
「お断りします」
サラは挨拶どころか名も名乗らないパーティに不機嫌さを隠さずに答える。
その態度に腹を立てるそのパーティの面々。
「生意気だぞ!知ってんだぞ!お前らは冒険者になってまだ一年そこそこだろ!俺達はお前らより前から冒険者をやってる先輩だぞ!」
「その通りだ!同じDランクとはいえ、俺達の方が先輩だ!先輩の言う事は聞くべきだぞ!」
サラがため息をつきながら反論する。
「私達はCランクですが」
「「「……え?」」」」
「私達はCランクですが」
サラが繰り返し言うことでその情報が彼らの頭に伝わったらしく、先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように消えた。
「お、おう、そ、そうか」
「う、うむっ」
「が、がんばれっ」
そのパーティは最後まで上から目線で言いつつも、こそこそと逃げるようにギルドから去っていった。
その後で、ヴィヴィがぼそりと呟いた。
「ぐふ。お前達ががんばれ」
その様子を見ていた冒険者達が慌て出す。
所々で「サラはいつの間にCランクになったんだ!?」「聞いてねえぞ!」などと悲鳴が聞こえた。
他のDランクパーティもサラがいると知り、先のパーティが勧誘に失敗した後、誘う気だったが、自分達よりランクが上だと知り、諦めたようだった。
その後、数組のCランクパーティがサラにアタックを仕掛けたが尽く敗れ去ったのだった。
「ぐふ……」
「どうしたんですかっ、ヴィヴィさんっ」
ヴィヴィのため息?が気になったアリスが心配して尋ねる。
「ぐふ。最近、奴らの誘い方がマンネリでな。もっとこう“ぐふっ!”と来るものはないかと思ってな」
「は、はあ、そうなんですねっ。その『ぐふっ!』と来るのものが何かわからないですけどっ」
「ぐふ。お前もそうだろうサラ」
「そんな訳ないでしょう!」
ヴィヴィはサラの賛同を得られずガックリしたように肩を落とす。
もちろん、演技である。
「そうなんだ」
ワンテンポ遅れてリオの相槌が聞こえた。
ギルドに一組のパーティが入って来た。
彼らも真っ直ぐリサヴィのもとへやって来た。
そして、リーダーらしき戦士がどこか偉そうな表情で話しかけて来た。
「聞いたぞサラ。とうとう俺達に追いついたようだな!」
サラは以前、彼らと会った気はするが、どこだったか思い出せない。
その程度の印象しかなかったが、次の言葉で彼らの事を思い出した。
「よしっ、サラ、再度神官交換のチャンスをやろう!」
(……ああ、あのバカパーティね)
サラは深いため息をつく。
そばで「ぐふっ」と呟く声が聞こえたが無視した。
「必要ありません」
「ほう、自信満々だな!その自信はよし!」
リーダーは神官交換の提案をサラが断るとは思っておらず、今のサラの発言を、無条件で男神官との交代を要求した、と思ったようだ。
サラに対抗意識を燃やす男神官もそう思ったらしく激怒する。
「ふざけんな!競うまでもないってか!」
サラは頭痛がして頭を押さえる。
「……本当にいい加減にしなさい」
サラは勧誘疲れでストレスが溜まっていたが、今の男神官の言葉で限界を超えたのだった。
サラはゆっくりと立ち上がるとリーダーを睨みつけた。
サラのあまりの迫力にリーダーだけでなく、パーティ全員が後退りする。
サラの怒気をはらんだ叫び声がギルド中に響き渡る。
「何故っ!私がっ!格下のっ!あなた達のパーティに入ると思うんですか!!」
「か、格下だと!?」
リーダーはサラの迫力に押されながらも、顔を真っ赤にして激怒する。
その表情にはさっきまでの余裕はまったくなかった。
「お前!ちょっと有名だからっていい気になって……」
「一番腹が立つのはあなたです!」
サラは文句を言おうとしたリーダーの言葉を遮り、男神官をビシッと指差す。
「お、俺がなんだっていうんだ!?」
「あなたは何故まだこんな人達と一緒にいるのですか!彼らはあなたをバカにしているんですよ!」
「そ、そんなことは……」
「あります!私と比べて私の力が上ならあなたを捨てると言ってるのです!バカにしている以外の何ものでもない!」
男神官は今までそんなふうに考えたことがなかったらしく、サラの言葉に呆然とする。
サラは更に追撃する。
「私だったらこんな失礼なパーティはさっさと見限って抜けます!」
全く想定外の展開にリーダーをはじめバカパーティの面々は頭が追いつかない。
ただ、このままではまずい事だけはわかっていた。
しかし、サラはこのバカパーティにトドメをさすべく、先ほどまでとは打って変わり優しい声で男神官に話しかける。
「あなたは神官です。それも回復魔法が使える優れた神官です。あなたならどこのパーティにだって歓迎されるでしょう」
「そ、そうか?」
男神官が頬を緩める。
それは褒められた事もあるが美しいサラに見つめられたからでもある。
今までは対抗意識が邪魔してサラの美しさに気づかなかったのである。
「ええ、もちろんです。そもそも何故あなたはこんなパーティにいるのですか?私にはそれが不思議でなりません」
「こんなパーティとはなんだ!?」とそのパーティが怒鳴るが彼らの声は男神官には届いておらず、サラにこのパーティに加わった経緯を話し出す。
「そ、それはリーダー達が旅に出た俺に最初に声をかけてくれたから……」
「たったそれだけですか?いえ、確かに初めて旅に出たばかりの、心細かったあなたに最初に声をかけてくれたのは嬉しかったのでしょう。それはわかります。しかし、それだけでしょう?もう彼らがどのような者達かわかったでしょう。そもそも彼らの中にあなたは勇者の資質を感じる者がいましたか?」
「そ、それは確かに……」
「お、おいっ、サラ!やめろっ!お前もサラの話を信じんな!」
リーダーが焦って口を挟むがサラはそれを遮り続ける。
男神官はリーダーの言葉ではなくサラの言葉に耳を傾けていた。
「これはあなたにとって丁度いい機会です。これを機にもっとあなたのことを認めてくれるパーティを、あなたが真に勇者と認める者を探してみてはどうですか?」
男神官が考え始めたのをみてバカパーティのメンバーがサラを怒鳴りつける。
「サ、サラっ!お前!何勝手なこと言ってんだ!」
「あなたにだけは言われたくありません」
サラは自分勝手なリーダーにすかさず言い返す。
「パーティ干渉するな!」
「そうだぞ!」
「ですからあなた達にだけは言われたくありません」
男神官の心は大きく揺らいでいた。
バカパーティの今までの彼への扱いだけでなく、冒険者としての行動も鑑みて、その酷さに今更ながらに気づいた。
沸々と怒りが込み上げて来る。
「……そうか。俺が間違っていたのか。俺は、俺の力を正しく認めてくれるパーティで力を発揮すべきだったんだ。俺は、俺が本当に勇者だと思う者を探しに行くべきだったんだ……」
男神官の呟きにバカパーティ全員の顔が真っ青になる。
「ちょ、ちょ待てよ!」
「そうだぞ!落ち着けって!」
「早まるな!」
しかし、男神官は彼らの制止を無視し、何かにとりつかれたかのようにブツブツ独り言を言いながらギルドを出て行った。
その後を慌てて追うバカパーティ。
「なんでこうなった!?」とバカパーティの誰かの悲鳴が聞こえた。
今の話を聞いていた何組かのパーティがその後を追って出て行った。
今のパーティを抜けるに違いない男神官を勧誘するためであろう。
サラが席に着くと、ヴィヴィが嬉しそうに声をかけてきた。
「ぐふ。一仕事やり終えたという顔だな」
「どういう意味かしら」
サラがヴィヴィを睨みつける。
(実際、その通りだけど。あースッキリした!)
アリスがサラを絶賛する。
「流石ですっサラさんっ」
「ぐふ。確かに見事だったな。あの神官がパーティ抜けるのは確実だ」
「そうなんだ」
「自業自得です」
後日談。
男神官は新しいパーティと冒険する事になった。
神官を失ったバカパーティはサラに固執したリーダーを他のメンバーが責めるのを皮切りに修復不可能なケンカに発展してパーティを解散する事になった。
こうして、また一つ、リサヴィに関わった為に不幸になったパーティが増えたのだった。
サラの言う通り自業自得であったが。




