281話 依頼選び
リサヴィが立ち寄った街の冒険者ギルドは静かだった。
冒険者が少ないわけではない。
特にリオ達がいる依頼掲示板の周りには多数の冒険者達が集まっていた。
彼らは会話するのも忘れてリサヴィの挙動に注目していたのだ。
彼らはカシウスのダンジョンに挑みたいが回復役がいないため探索を躊躇していた者達である。
そんな彼らの前にリサヴィがやって来たのだ。
彼らはリサヴィがEランクパーティのニューズと一緒に依頼を受けた事を知っており、
「一緒の依頼を受けてそこでサラにアピールすればいいんじゃね?」
と考えたのであった。
周りの雰囲気にアリスは落ち着きなくそっとリオの袖を掴む。
そんな中で、リオがある依頼書を指差した。
「これ、どうだろう?」
その依頼はリッキー退治ではなかった。
そもそもリッキー退治の依頼はなかったが。
リオが興味を持った依頼は街道沿いの草原に出没する魔物退治だった。
魔の領域の影響で周辺には以前よりも凶悪な魔物が出現するようになり、魔の領域は消えたがそれらの魔物は消えていないのだ。
報酬は狩った種類、数に応じて支払われるもので、ギルドポイントが与えられる分、依頼なしで魔物を狩るよりお得だった。
「ちょっと待って下さいっ」
アリスがその依頼書の隣にも同じ依頼書があるのに気づいて指差して言った。
「これ、複数パーティへの依頼ですよっ」
サラが顔をしかめる。
以前、複数パーティの依頼をした時の事を思い出したのだ。
先日のニューズとの依頼ではなく、知らないパーティと一緒に受けた依頼のほうだ。
依頼を一緒に受ける事になったパーティの身勝手な行動で迷惑を被った。
結局、そのパーティは身勝手な行動が災いし魔物に襲われて全滅した。
自業自得なのだが、リサヴィに関わると不幸になるという噂のひとつの例となった。
サラ達とは対照的にリオが選んだ依頼は周囲の冒険者達にとって願ってもない依頼だったのでみんな色めき立つ。
リサヴィと同じ依頼を受けられるのは一パーティだ。
一つの依頼を複数パーティで受ける事もできるが、彼らは皆サラを取りあうライバルなのでそんな事はしない。
リオ達が受けるのか微妙だったのでフライングして依頼書を剥がすものはいなかったが、皆の意識がその依頼書に集中する。
サラは異様な雰囲気を感じながらリオに確認する。
「他のパーティもいますけど受けますか?」
「うん、これ面白そうだ」
リオが何を面白そうだと思ったのか、リサヴィの面々はさっぱりわからないが聞いたところで「なんとなく」と答えるのが目に見えているのであえて尋ねる者はおらず、誰も反対しなかった。
「では受けますか」
「うん」
リオが依頼書を剥がした直後、冒険者達が同じ内容の依頼書に殺到した。
いち早く掲示板から剥ぎ取ったパーティがそのまま一直線にカウンターへ向かう。
「てめえ!足引っ掛けやがって汚ねえぞ!」
膝を抱えて悔しそうに叫ぶ冒険者にそのパーティのリーダーらしき男が勝ち誇った顔を見せる。
「はんっ!勝手に転んで人のせいにすんなよな!」
その男のパーティの依頼処理が終わってもリオは依頼書を持ったまま、ヴィヴィと立ち話をしていた。
そのパーティがリオに依頼処理するよう急き立てる。
「おいっ、リッキーキラー!さっさと依頼処理して来い!待っててやるからよ!」
しかし、リオはそのパーティの者の声に反応せず、ヴィヴィと会話を続ける。
無視され、カッとなったその冒険者がリオの肩を強く掴む。
「おいっ!無視すんな!」
「ん?」
「『ん?』じゃねえ!さっさと依頼処理して来いって言ってんだ!」
リオは自分の手にした依頼書を男が指差すのを見て、「ああ」と頷いてカウンターへ向かった。
「しっかりしやがれ!」
そう言うとそのパーティの面々がリオの後に続こうとしたサラの周りに集まって来た。
「おいっサラっ、やっぱあんなガキ見捨てろよ」
「そうだぜ!俺達と一緒に来いよ!」
「まあ、今回の依頼で俺のスゲエとこ見せてやるからよ!」
「“俺”じゃなくて俺達だろ!」
「ははは、わかってるよ」
「……失礼」
そのパーティが勝手に盛り上がる中、サラは迷惑そうな表情を隠さずに行く手を塞ぐ彼らを強引に押し退けるとリオ達の元へ向かった。
何故かその後をついて来るそのパーティ。
リオが受付嬢に依頼書を渡し、しばらくして受付嬢が「あら?」と呟くと申し訳なさそうな表情でリオを見た。
「すみません。この依頼ですが申し込みがいっぱいとなり、受付終了になりました」
「そうなんだ」
リオは不満な表情もせずあっさりと諦めたが、納得いかない者達がいた。
先に依頼を受けたパーティだ。
リオと受付嬢のやり取りをそばで聞いていた彼らはリオを押し退けて受付嬢に詰め寄る。
「おいっ!そりゃどういう事だっ!?」
「嘘つくんじゃねえぞ!」
リオ達のパーティではない者達が話に割り込んできた事に驚きながらもその受付嬢はプロ根性を発揮して不快な表情を見せる事なく説明を始める。
「実は近隣のギルドにも同じ依頼が出ておりまして、別のギルドで依頼が受領されたのです」
「おいっ嘘だろ!?……って、ちょ待てよ!」
去ろうとするリオの肩をリーダーらしき男が乱暴に掴む。
「ん?」
「『ん?』じゃねえ!どうしてくれんだ!!」
「何が?」
「『何が』じゃねえ!オメエがトロトロしてるから依頼が埋まっちまっただろうが!」
「そうなんだ」
「『そうなんだ』じゃねえ!お前責任取れよ!」
「言ってる事がよくわからないんだけど」
リオは首を傾げる。
今回に限ってはリオでなくとも首を傾げたことだろう。
リオ達が先に依頼を受けて彼らが依頼を受けられなくなったのなら怒るのもわかる。
だが、実際には受けられなくなったのはリオ達の方である。
彼らが怒る理由など全くないはずであった。
だが、彼らの怒りは収まらない。
「テメエがフラフラしてやがるから依頼を受けれなくなっただろうが!」
「誰が?」
「バカか!お前らがだ!」
リオが再び首を傾げる。
「テメエ馬鹿にしてんのか!」
「もう我慢できませんっ!」
「ぐふ、待て」
アリスが割って入ろうとするのをヴィヴィが止める。
「どうして止めるんですかっ!?」
「ぐふ。リオがリーダーとして目覚め頑張っているのだ。ここは温かく見守ってやろう」
ヴィヴィのその言葉にアリスは感動する。
「そ、そうですねっ!いつもサラさんに任せっきりのリオさんが頑張ってるんですもんねっ。流石ヴィヴィさんはリオさんと心が繋がってるだけの事はありますっ。そんなヴィヴィさんが羨ましいですっ嫉妬しますっ」
「ぐふぐふ」
二人の会話を聞いてため息をつくサラ。
「ヴィヴィ、あなたは面白がってるだけでしょう?」
「ぐふっ?」
ヴィヴィのどこか笑いを含んだような声からサラは自分の考えが正しいと確信する。
「確認したいんだけど」
「あん!?」
「もしかして僕達が依頼を受けれなかった事を怒ってるの?」
「他に何があるっていうんだ!!」
「お前本当に馬鹿だな!」
「それをなんであなた達が怒るの?」
「本当に救いようのない馬鹿だな!」
とパーティの一人が言ったところでその様子を見ていた他のパーティ、さっき転ばされた男が話に割り込んできた。
「わはははっ!バカはお前らだろう!」
その声に呼応してあちこちで笑いが起きる。
他の冒険者達にもバカにされ、彼らは怒りで顔を真っ赤にする。
「な、なんだとテメエ!依頼が取れなかったグズどもが!」
しかし、転ばされた冒険者は笑顔で応えて逆に挑発する。
「おおっ、今はお前に感謝してるぜ。よくぞ足を引っ掛けてくれたってな!お陰で無意味な依頼を受けずに済んだぜ!」
そこへ「頑張れよ応援してるぞ」とからかい混じりの野次が飛ぶ。
「て、テメエら……」
「冷静に考えろよ。リッキーキラーの言う通りだろ。依頼を受けられなかったリサヴィがお前らに『横取りしやがって!』と怒る事があってもお前らが怒る理由など一つもねえだろっ」
しかし、怒りに我を忘れた者達に正論が通じるはずもない。
「ふざけんな!リッキーキラーがさっさと依頼処理してりゃ、俺らはサラの前で活躍するとこを見せれたんだ!」
「ああ、その通りだ!年下趣味のサラに大人の魅力をわからせてやれたんだ!」
「おいっこらっ!誰が年下……」
サラの否定の言葉は怒りに我を忘れた者達に遮られる。
「そうだぞ!そしてショタコンである事を恥じて俺達のパーティに入るはずだったんだ!」
「わはははっ!お前ら如きの戦いを見たくらいでサラのショタコンが治るかよ!」
あちこちで「ああ、その通りだ」「お前らじゃ無理無理!」と彼らへの野次が飛ぶ。
ちなみにサラがショタコンではないと否定する者は一人もいなかった。
「……お前ら」
サラとヴィヴィが違う意味で身を震わせる。
「お静かに!」とギルド職員が叫ぶが誰も耳を貸さない。
そして、ついには彼らはギルド内で乱闘を始めるのだった。
乱闘のキッカケを作ったリサヴィは我関せずとギルドを後にした。
サラは精神力を削られげっそりしていたが、ヴィヴィは「ぐふぐふ」と呟き楽しそうだった。




