280話 ベルダへ
翌日。
リサヴィはマルコギルドの依頼掲示板を眺めていた。
リサヴィに、正確にはサラとアリスに熱い視線があちこちから送られていた。
彼ら冒険者達も昨日、アリスに強引な勧誘を行った傭兵と同じくカシウスのダンジョン攻略に神官を欲していたのだ。
だが、ギルド内ではパーティ募集掲示板に書かれている者以外への勧誘は固く禁止されているので勧誘したくてもできず、彼らに出来るのは意中の相手に熱い視線を送り、奇跡が起こることを願うことだけだった。
もちろん、そんな奇跡は起きないのだが。
サラが一通り依頼をチェックし、ホッとしながら言った。
「リッキー退治の依頼はないようですね」
「そうだね」
最近はリッキー退治の依頼が少なくなっていた。
それはリッキー退治の依頼の数が減ったのではなく、マルコ近隣ギルドがリサヴィの活躍を知り、依頼譲渡を渋るようになったからだった。
「これで心置きなく旅立てますねっ」
「そうだね」
リオ達の会話を聞きつけたギルド職員のモモが猛ダッシュでやって来た。
「リサヴィの皆さん、すみませんがちょっとこちらへ来ていただけませんか?」
「一体何を……」
サラが確認する前にリオがモモの後をついて行く。
その後にアリス、ヴィヴィが続く。
サラはため息をついてその後をついて行った。
モモが案内したのはいつもの応接室だった。
「あの、先程ちょっと耳にしたのですが、リオさん達はどこかへ行かれるのですか?」
「そうだよ」
「盗み聞きはよくないですよ」
「たまたまです。それでどちらへ?」
サラの嫌味をモモは軽くスルー。
「あの、それはあなたには関係な……」
「ベルダに行くんだ」
「その途中に第三神殿とセユウに寄りますよっ!」
サラが口止めする前にリオとアリスがペラペラと話し始める。
「あの、マルコはカシウスのダンジョンの出現で活気が戻ってきています。そしてリサヴィの皆さんの活躍をみんな期待してるんですよ」
「みんなって、誰ですか?」
「みんなはみんなです」
「ぐふ。ギルド職員だけだろう」
「ぐっ」
サラとヴィヴィの攻勢に押され気味のモモ。
止めをアリスが刺す。
「あのっ、わたし達はまさにそのカシウスのダンジョンのせいで出て行くんですっ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「モモも見たでしょう。ギルドにやってきた王国に雇われた者の強引な勧誘を」
「あ、ああ、はい、確かに……」
「宿屋にも押しかけてくる者がいまして、迷惑しているのです」
「ぐふ。流石にあれは鬱陶しい」
「我慢の限界ですっ」
「……なるほど。確かにギルドの外での勧誘までは止めることはできませんね。だから皆さんはダンジョン探索が落ち着くまでマルコから一度距離を置こうということですか」
モモの都合のいい解釈にサラは即座に訂正する。
「距離を置くも何も、私達はマルコとなんの関係もありませんし、カシウスのダンジョンにも興味はありませんから戻ってくるかわかりません」
「ぐふ。戻って来る可能性ゼロとも言える」
サラに続いてヴィヴィも帰還拒否宣言をする。
それを聞き、モモは顔色を変えた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいっ」
そう言ってモモは一旦、応接室を出たかと思うとすぐに何かを手にして戻ってきた。
「お待たせしました。実はこのような依頼が来ておりまして」
モモが手にしていたのはベルダへの手紙の配達依頼だった。
しかし、それは今急いで書いたかのような殴り書きの依頼書だった。
正規の手続きを踏んだのか非常に怪しい。
「何故その依頼を私達に?そもそもこれ、あなたが書い……」
「何故でしょうね。で、リオさん、こちらのご依頼を引き受けていただけませんか?ベルダに行くのですからたいした手間ではないと思いますが?」
モモはサラの言葉を強引に遮りリオを笑顔で見つめる。
「ちょっとよく見せて……」
「わかった」
サラが依頼書に目を通そうと依頼書に手を伸ばした時にリオが承諾の返事をする。
「って、リオ!?」
「ありがとうございます!ささっ、カードをご提示願います」
リオがカードを取り出すとモモは引ったくるように受け取る。
「……あなたねえ」
「安心してください。今や皆の注目の的であるリサヴィがどこへ向かうのかは黙っておきますので」
「守秘義務は当然のことでしょう」
「そうなんですけど、絶対はないですから」
と、にっこりするモモ。
「あなた、私達を脅しているのですか?」
「とんでもないです!私がリサヴィの皆さんを脅すわけないじゃないですか!リオさんが進んでカードを出してくれたのを見てくれましたよね?ささっ、皆さんもカードをご提示願います」
(こんガキャー!)
リオが考えなしに受けたベルダへの手紙配達自体は大変なものではない。
しかし、依頼完了後、返事をマルコに持って帰って来なければならなかった。
マルコへの帰還を取り付けたモモの勝利であった。
(って、なんで私が負けてるのよっ!?)
ともあれ、リサヴィは久しぶりに長旅に出ることになったのだった。




