272話 新米冒険者達の戦い
反面教師Aの視界の片隅にガドタークが転倒したのが見えた。
誰が何をしたのかは反面教師Aの位置からではわからなかったが、ピクリとも動かないのを見て誰かが仕留めたのだと悟る。
反面教師Aはすぐさま作戦を変更する。
「おいこら!そっちが終わったのならこっちを助け、救援、え、援護に来い!……ぐあっ!!」
助けを呼ぶための言葉選びをしているうちにガドタークの剛腕が反面教師Aの頬を掠め、右耳を削っていった。
サラはその様子を見て新米冒険者達に講義を始める。
「負けそうだからといって無関係の者達に魔物を押し付けるような卑怯な行為を決してしてはいけません。そんな事をする者は冒険者を即刻やめるべきです」
「「「「はいっ」」」」
「お、おいっ!」
反面教師Aが何か喚いているがサラは無視して続ける。
「狩りをするのは私達だけではありません。魔物も私達を狩りにくるのです。自分の力を正しく把握出来ないとあのように狩られることになります」
「こらっ!勝手に殺すな!サラ!呑気に説明してる場合か!未来のお前の勇者がピンチなんだぞ!さっさと助け……ぐあっー!!」
反面教師Aは左腕をガドタークの爪で思いっきり抉られる。
「サラ!誰でもいい!助けろっ!聞こえねえのかこの馬鹿野郎ども!人殺し!」
この後に及んでも命令し続ける反面教師Aをサラは冷めた目で見つめていた。
その時だった。
「次、誰が相手する?」
反面教師Aの耳にもリオが発した言葉は聞こえた。
何の感情も込められていないその声を聞き、反面教師Aはリオのもう一つの二つ名を思い出した。
冷笑する狂気、を。
反面教師Aはリオが自分を見捨てる、いや、もう見捨てたのだと確信した。
反面教師Aは恐怖し、なりふり構わず叫ぶ。
「助けて下さい!お願いします!!サラ様ぁ!!」
反面教師Aの泣き言にサラはため息をつき、
「リオ」
そう一言呟いた。
リオが再び短剣を放ち、その刃が今まさに反面教師Aに振り下ろさんとしていたガドタークの右腕の根本に突き刺さる。
「ぐおあっ!!」
ガドタークの右腕が力をなくしてだらん、と下がる。
反面教師Aはそれを見て、これなら俺でも勝てると判断し、すぐさま先ほどの言葉を翻した。
「何余計なことしてんだリッキーキラー!俺が倒すと言っただろう!もう誰も手ぇ出すんじゃねえぞ!見てろサラ!」
皆が呆れる中で片腕しか使えなくなったガドタークに反面教師Aが攻撃を仕掛ける。
「くっ、しかし痛えな。おいっサラ!治療魔法だ!」
反面教師Aの舌の根も乾かぬうちにまたも手の平を返されサラは呆れた。
「……手助け無用といったのはあなたですよ。一体どれだけ言葉を覆すのですか。自分の言葉には責任を持ちなさい」
「くっ、じゃあ、そっちの神官で我慢してやる!さっさと治しやがれ!」
「嫌ですっ」
「なっ、てめえら後で覚えてろ!」
やがて反面教師Aの一撃がガドタークの体を深々と斬り裂き、ガドタークの巨体がゆっくりと仰向けに倒れる。
「はははははっー!どうだ見たかサラっー!!ガドタークなんて俺には雑魚だ!雑魚!」
反面教師Aが痛みを堪えながらキメ顔をサラに向ける。
サラは当然無視。
反面教師Aは肩をすくめるとガドタークに近づきその首を斬り落とした。
はずだったが、首が吹き飛んだのは反面教師Aの方だった。
倒したと思ったガドタークは実はまだ生きていたのだ。
それに気づかず何の警戒もせずに近づいた反面教師Aの頭をガドタークの左腕が吹き飛ばしたのだった。
反面教師Aは首を失い、剣を持った手を上げたままバタンと倒れた。
彼にはここに至るまで何度も生存の道はあった。
だが、その尽くを拒否し続け、ついに悪運が尽きたのだった。
ガドタークが反面教師Aの体に喰らいつく。
親しいとは間違っても言えないが、それでも会話をかわした冒険者が目の前で殺され、その体に貪りつくガドタークの姿を見て、新米冒険者達の中から研修で身につけた自信がぶっ飛んでいた。
怯える新米冒険者達をよそにリオは平然とその様子を眺めていた。
そして、ぼそりと呟いた。
「次、誰がやる?」
リオが新米冒険者達を見る。
サラはリオの意図を悟り慌てて止める。
「リオ!彼らにはまだ早いです!」
「……」
サラの発言で彼らもリオの意図を理解した。
彼らに戦う意志があるのか、と尋ねているのだ。
「俺、やりますっ!」
最初にそう叫んだのは新米戦士Aだ。
彼はリオに認めてもらいたいという気持ちが恐怖に勝ったのだ。
「え?ちょっと待ち……」
「俺も!」
「俺もだ!」
驚くサラをよそに新米戦士Bと新米盗賊が次々と名乗りを上げる。
そして新米戦士二人と新米盗賊がガドタークに向かって走り出した。
たった一人躊躇している新米魔装士をヴィヴィがけしかける。
「ぐふ。お前はなんだ?棺桶持ちか?荷物持ちか?それとも……」
「ま、魔装士です!」
「ぐふ」
「オレも戦います!魔法の武器を出しますね!」
「ぐふ。それは必要ない」
「え?」
「ぐふ。あんな死にかけの雑魚にはもったいない。盾で叩け」
「は、はいっ!」
新米魔装士は右肩のリムーバルバインダーを切り離した。
「ちょっとヴィヴィ!」
「ぐふ。黙って見てろ。これが魔装士の本当の戦い方だ」
「嘘つけ!」
サラの抗議の声をヴィヴィはスルー。
しかし、流石に今のはマズイと思ったのか、ヴィヴィは新米魔装士にアドバイスをする。
「ぐふ、まずは観察だ。お前達はまだ連携がうまく出来ていない。無理に攻撃に加われば味方の邪魔になる」
「はいっ」
新米冒険者達は苦戦していた。
相手が格上のDランクの魔物、ガドタークだとしても右腕はリオの攻撃で動かないし、体には死んだ反面教師Aが与えた傷があり瀕死の状態だ。
それでもまだガドタークは戦意を失わないのだ。
まるで何かが起きるのを待っているかのように。
「リオ、このまま戦わせてリバースでもしたら彼らを助ける暇はないかもしれませんよ」
「そうなんだ」
サラの忠告をリオは聞き流し、ボソリと呟いた。
「……冒険者学校だとそういう剣の振り方を教えるんだ」
決して大きくはなかったリオの呟きだが、新米冒険者達の耳にしっかり届いていた。
リオの言葉で新米戦士の二人は恐怖のあまり基本が全く出来ていない事に気づいた。
それは新米盗賊にも同じことがいえ、彼も基本を思い出す。
そこから戦いの流れが新米冒険者側に傾く。
新米戦士Aが正面を受け持ち、新米戦士Bと新米盗賊が左右に散り、拙いながらも連携が生まれ始めた。
『オレが隙を作る!』
ヴィヴィに言われた通り、じっくり観察していた新米魔装士の声が浮遊するリムーバルバインダーから聞こえた。
「「「頼む!」」」
新米魔装士がリムーバルバインダーを思いっきりガドタークの顔面に叩きつけた。
ガドタークが万全の状態なら避けれたかもしれない攻撃だが、重傷を負ったガドタークでは雑魚とはいえ、三人の相手が精一杯で避ける余裕がなかった。
体勢を崩したガドタークに新米戦士二人が次々を斬撃を加える。
ガドタークが片膝をついたところに新米盗賊が拙いインシャドウで接近し、その喉を掻っ切った。
だが、傷は浅くまだ倒れない。
新米戦士Bが左腕を斬り落とそうと剣を振り下ろすが、硬い骨に阻まれ断ち切れず、そのまま腕に食い込んで抜けなくなる。
『剣を放せ!』
新米戦士Bは新米魔装士の指示に本能が従い、剣から手を離して転がって距離をとる。
直後、ガドタークの腕が空を切った。
大きな隙が出来たところで新米戦士Aが飛び込み、思いっきり剣を振り回してその太い首を斬り飛ばした。
ガドタークの首が宙を舞いながら地面に落ちた。
そしてガドタークの巨体がゆっくりと地に臥した。
新米冒険者四人は肩で息をしながらその場に座り込む。
そこへサラがやって来た。
「正直、ここまでやれるとは思っていませんでした。戦いの経験の浅いあなた達が手負いとはいえガドタークを倒せるとは大したものです」
サラの賞賛に皆、笑顔になる。
「ぐふ。そうだな。たった一日鍛えてやっただけでこれだけやれるのだ。お前らは冒険者に向いているのだろう」
「とはいえ、過信してはいけませんよ。まだまだ危なっかしいのは間違いないのですから」
「そうなんだ」
「リオ、今のはあなたに言ったのではありません」
「そうなんだ」
「しかし、リオも無茶をさせますね。確かに強敵との戦いで得られる経験は大きいですが、一歩間違えば全滅ですよ」
「いえっ、リオさんの事ですから危なくなったら助けに入ってましたよっ」
しかし、リオにそんな考えは全くなかった。
ただ、絶望する姿が見たかった。
もしかしたら絶望からラグナに目覚める者がいるかもしれない。
そう思ったから彼らをけしかけたのだった。
しかし、ラグナに目覚める者はいなかった。
(……やっぱりそう簡単にはいかないか)




