271話 机上の空論
帰りは新米冒険者達にルート選択、魔物と遭遇した際の判断、全てを任せていた。
これまでに遭遇した魔物はリッキーとウォルーだ。
リッキーは冒険者達の姿に気づくと逃げていった。
リサヴィが好んでリッキー退治する事は有名な話であるため、新米冒険者達はリッキーキラーなる二つ名を持つリオがリッキーの姿を見て、バーサーカーさながらに突撃しないかとハラハラしたが、至って平然としており返って拍子抜けしたものである。
一転、ウォルーとは戦いになった。
ウォルーが新米冒険者達を見逃さなかったのだ。
とはいえ、皆、Fランクとは思えないほど冷静に対処し、リサヴィが手を出す事なく撃退に成功した。
ただ、無傷とまではいかなかったが。
着実に経験を積み自信をつけていく新米冒険者達。
そしてマルコまで後半分くらいの距離となった頃であった。
新米冒険者達の中で最初にその足音に気づいたのは新米盗賊だった。
「……ストップ。何か、いや、誰かがこちらへやって来る」
そう言って指差す方角を新米冒険者達が警戒しながらその者が現れるのを待っていると、
「や、やっと見つけたぞ!この、野郎、どもっ!」
息を切らしながらやって来たのはやっぱりあの反面教師Aであった。
流石にサラだけでなく、新米冒険者達もうんざりしていた。
「よくもっ、俺をっ、森ん中に置き去りにしやがったな!」
「結界を張っておいたはずですが」
「ざけんな!そういう問題じゃねえんだよ!」
「水も少し分けてあげたでしょう?」
「だからそういう問題じゃねえって言ってんだよ!……こりゃ、責任とってもらわねえとなあ」
反面教師Aは自分が先に攻撃を仕掛けた事を棚の上に放り投げてニヤリと笑う。
「よしっ、サラ!俺をパーティに……」
「突然ですが、撤退訓練開始!マルコへ全力疾走!」
「へっ!?おい……」
「「「「はいっ!」」」」
サラの号令で新米冒険者達が走り出す。
「ちょ、ちょ待てよっ!こらっ!」
しかし、誰も止まらない。
一番足が遅いのは新米魔装士だが、それでも疲れの溜まっていた反面教師Aは追いつけなかった。
どんどん距離が離れていく。
「全員停止!」
サラの号令に先頭の新米戦士Bが止まる。
サラ達から遅れていた魔装士二人と体力切れを起こしたアリスを背負うリオがサラ達に追いついた。
「すみませんっ、リオさんっ」
そう言ったアリスの顔はどこか嬉しそうだった。
サラが後方に視線を向けるが、反面教師Aの姿はどこにもなかった。
ただ、気配は微かに感じる。
「ではここからまた慎重に進みましょう。歩きながら体力回復。周囲の警戒も忘れないように!注意するのは魔物だけではないですよ!」
「「「「はいっ」」」」
新米冒険者達は休憩したかったが誰も口にしなかった。
アリスを背負って走っていたリオが平然としているのだ。
ランクは上でも年は大して変わらない。
憧れのリオに少しでも近づきたい、その想いが新米戦士Aを、鉛のように重くなった足を動かした。
いや、他の新米冒険者達も思いは同じだった。
サラの「休憩」の言葉で新米冒険者達が一斉にその場に崩れるように腰を下ろした。
リオが慣れた手つきで火を起こし、アリスが水を生成させて湯を沸かし、熱い薬草茶をみんなに配った。
使用した薬草は初日にリオが採取したもので疲れをとる効果がある。
新米冒険者達は以前にこの薬草茶を飲んだ事があり、その酷い苦みを思い出し少し躊躇した。
だが、この薬草茶はさほど苦みを感じず美味しかった。
「リオさん、このお茶、薬草以外に何か入れました?」
「入れてないよ」
「そ、そうですか」
サラは新米盗賊の質問の意味を理解してリオの代わりに説明を始める。
「この薬草を使ったお茶は普通はもっと苦いですが、採取してからの時間と湯の温度によって苦味が変わるのです」
「ええ!?そうなんですか!?」
「はい。長時間乾燥させた方が効果は高いですがその分苦くなります」
「知りませんでした」
「そうなんだ」
「……」
あれ?リオさん適当にやったの?との新米冒険者達の視線を受けてもリオは平然としていた。
サラが軽く咳払いをする。
「効果が落ちるといってもほんの僅かです。こちらの方が私は好きですね」
サラの意見に皆が頷いた。
その頃、反面教師Aはサラ達からそう遠くない場所にいた。
彼はサラ達に見下されたままでは我慢ならなかった。
彼の根拠のないプライドが許さなかった。
いや、ブラックリスト上位ランカーとしての誇りが許さなかったのかもしれない。
(本人はブラックリスト入りしている事すら知らないが)
そして、このままではリサヴィに入る可能性が“厳しく”なる。
そう、彼はこの時点になってもまだリサヴィに入る可能性があると思っていた。
だが、そのためには目に見える成果をサラに示す必要がある。
彼の視線の先にはガドタークがいた。
ガドタークは通常二体で行動する、この時も少し離れた場所にもう一体いた。
彼はガドタークを倒し、その首をサラに見せつけ自分の強さをアピールする気だった。
ガドタークはDランクにカテゴライズされる魔物で、Cランク冒険者が倒して自慢できる相手ではない。
しかし、反面教師Aはそれで自分の強さを証明できると確信していた。
反面教師Aは弓を構えると慎重に狙いを定め、矢を放つ。
その矢がガドタークの肩を貫いた。
「ありゃ!?」
反面教師Aは頭を狙ったのだが、見事に外れた。
反面教師Aの立てた作戦では今の一撃でガドタークを一体倒し、もう一体が逃げればそれでよし、もし向かってくるようなら、更にもう一矢放ち、倒せないまでも矢で与えたダメージで戦いを有利に進めてこれまた倒す予定であった。
だが、これは約束された失敗であった。
彼は自分の実力を超過大評価していたのだ。
リオがバウ・バッウを弓で倒したのを見て「リッキーキラーにできる事なら俺も出来るはずだ」との根拠のない自信から立てた計画である。
そもそも今までに一矢でガドタークを倒したことなど一度もないし、それだけの腕があるなら他人の獲物を横取りするようなことをする必要もないのだ。
矢を受けたガドタークともう一体が怒りの形相で反面教師A目指して殺到する。
ガドタークとの距離からして矢を放てるのは後一本。
反面教師Aは自分で二体倒すのを早々に諦めた。
「し、新米冒険者どもにくれてやるぜ!訓練に丁度いいだろう!」
Cランク冒険者が新米のFランク冒険者に魔物を押し付けようというである。
これもブラックリストに載る者達が得意とするスキル?でその名の通り、“押し付け”と呼ぶ。
彼は“押し付け”でこれまでに多くの冒険者達を盾にし、時には彼らの命をも犠牲にし、自分の命を守ってきた。
本当に反面教師の鑑であった。
ブラックリスト上位ランカーは伊達ではないのであった。
ちなみ勝てないような魔物を押し付ける場合、押し付けられたほうは死ぬのでスキル?名は、“押し付け”から“三途の川渡し”に変わる。
反面教師Aに向かってきたガドタークの一体がいきなり転んだ。
それにつまずきもう一体も倒れた。
反面教師Aが予め仕掛けておいた罠に引っかかったのだ。
だが、大したダメージはない。
もともとそんな威力はなく、万が一に備えて用意していた単なる足止めだ。
「ラッキー!やっぱ俺は悪運が強えぜ!」
反面教師Aは一目散に逃げ出した。
サラ達が休憩している場所へ向かって。
「ガドタークだ!ガドタークがやって来るぞ!」
反面教師Aの後方から二体のガドタークが追ってくるのが見えた。
そのうちの一体は肩に矢が突き刺さっていた。
それを見てサラは反面教師Aが仕留め損ない、自分では対処出来なくなってサラ達に押し付ける気だと悟る。
サラはため息をつく。
「……何が『やって来るぞ』ですか。あなたが引き連れて来たのでしょう」
「心配するな!サラ!俺に任せておけ!」
反面教師Aは自分で作った状況にも拘らず、その事を一切感じさせない堂々とした態度で言った。
「ぐふ。ならそいつら引き連れてさっさとどっか行け」
ヴィヴィの正論を反面教師Aはスルーし、予め用意していた言葉を叫ぶ。
「だが丁度いい!ガキども!一体お前らにくれてやる!今までの訓練を思い出して倒して見せろ!」
まるで自分が鍛えたかのような反面教師Aの口振りにリサヴィは呆れる。
一方、突然、ガドタークを押し付けられた新米冒険者達はビックリし、動揺を隠せない。
自信をつけて来たとはいえ、まだFランク冒険者だ。
二ランクも上の、Dランクの魔物であるガドタークに勝てると思う程自分の力を過信していない。
しかし、反面教師Aは勝手に話を進める。
「俺が後ろの奴をやる!見てろよサラ!俺が強いってところを見せてやるぜ!」
反面教師Aが自分の相手に指名したのは矢を受けて怪我を負ったほうだった。
つまり、無傷の方を新米冒険者達に押し付けようというのだ。
もうこれ以上、下がりようのない信頼度を更に下げようと努力を惜しまない彼の姿にサラは怒りを通り越して感心してしまった。
ガドターク達は数で圧倒的に不利の状況にも拘らず、戦う気満々だった。
反面教師A如きに怪我を負わされ、更には罠で転倒させられたのがよほど頭に来たのか、状況判断が出来なかったようだ。
ガドターク達は反面教師Aの希望を聞き届けたのか、二手に別れ、怪我を負った方のガドタークが反面教師Aに向かっていく。
もう一体は反面教師Aの希望とは違い、アリスに向かって突撃する。
アリスに突撃してきたガドタークが突然、転倒し、動かなくなった。
その額には短剣が突き刺さっていた。
リオが放った短剣だ。
一体はあっという間に戦場から退場したのだった。




