270話 望まぬ再会
「ではそろそろ帰りましょうか」
十分休憩を取ったと判断してサラが立ち上がり、皆がそれに倣う。
その時だ。
サラ達のもとに一人の冒険者が近づいて来た。
新米冒険者の中で最初に気づいた新米盗賊がサラに声をかける。
「あの、サラさん……」
「気のせいです」
「は、はあ」
その二人のやりとりで他の新米冒険者達もその存在に気づく。
新米冒険者達が顔を向けたのに気づき、その冒険者はしゅたっ、と手を上げた。
それは言うまでもなく、反面教師ズの唯一の生き残り、反面教師Aであった。
「やっと見つけたぜ!」
自分から話しかけるなと言ったにも拘らずまたも満面の笑みでサラに話しかけて来る。
「……あなたもいい加減しつこいですね」
「おいおい、同じパーティメンバーになる俺にそいつは酷いぜ」
「まだそんなバカな事を言ってるのか」とサラは呆れたが、ここに来たのが彼一人だけである事に「おやっ?」と思った。
「もう一人はどうしました?」
「ああ?ああ、あいつならバウ・バッウに食われて死んだぜ」
「は?」
「おお、ついでにあの『おうおう』の野郎もな」
「どういう事ですか?」
「あのバウ・バッウは確かに死んでました!」
新米盗賊は自分の死亡判定が間違っていると言われたと思いムキになる。
「慌てんなガキ、アレは確かに死んでたぜ。殺した“俺”が言うんだ、間違いない」
まだ自分で倒したと言い張るその図太い神経には見習う価値があるような、ないような。
それはともかく、
「それで?」
「おお、まずな、『おうおう』の野郎は“俺“が倒したバウ・バッウの腹ん中にいた。バカな野郎だぜ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
「それでよ、もう一人のあいつ、奴が『分け前寄越せ』って言うんで解体手伝わせてたら新手のバウ・バッウが現れてよ、俺も助けようとはしたんだがその前にぱくっと食われちまった」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
「本当だぜ」
「ぐふ。なるほどな。それでそいつを見捨てて一人逃げて来たというわけか」
「ざけんな!棺桶持ちが!」
ヴィヴィの鋭い指摘に反面教師Aは怒鳴って黙らせようとした。
彼は格下しか相手にしておらず、いつもならそれで相手が萎縮して終わりだった。
しかし、ヴィヴィは格下ではないので怯むはずがない。
「ぐふ?では、まさかお前如きがバウ・バッウを倒したとでもいうのか?」
「てっめえ、棺桶持ち!舐めた事ばっか言ってるとぶち殺すぞ!」
「ぐふぐふ」
ヴィヴィは笑ったようだった。
反面教師Aはそれに気づき、剣の柄を握る。
サラは相手がバカとはいえ、無駄な争いはしたくなかったので、二人の間に割って入る。
「それで私達に何か用ですか?」
反面教師Aの顔が怒りの表情から笑顔に変わる。
「これで俺の実力がわかっただろ!サラ!Bランク相当ともいわれるバウ・バッウを一人で二体も倒す実力!こりゃもうパーティに入れるしかないだろう!?いやっ、むしろお前のほうから『是非入ってくださいっ』て頼むべきだぜ!なあ?」
反面教師Aがサラにキメ顔をするが効果はなかった。
「そうですか」
「おう、そういうわけでこれからよろしくなっ!」
反面教師Aは今の説明でサラが納得したと思ったが、当然そんなわけがない。
「それで何か用ですか?」
サラが反面教師Aに再び同じ質問をすると反面教師Aの顔がやれやれ、というような顔になる。
「おいおい、サラ。勘弁してくれよ。お前、もしかして頭弱いのか?」
「勘弁してほしいのは私のほうですし、あなたにだけは『頭が弱い』とは言われたくありません」
「あのなあ、俺の力はわかっただろ。それ……」
「知りません」
「な……」
「私達は一体目のバウ・バッウもあなたが倒したと思っていません。あなたが倒したというもう一体については姿すら見ていません。そんな話を信じる者がどこにいるのですか?」
「おいおい、俺が嘘言ってると思ってるのかよ?」
「思っている、のではなく確信しています」
「な……」
「話は終わりですね。あなたは指導員を失格になっているのですから先にギルドに戻って南の森にバウ・バッウが出現したことを報告して来てください」
「ちょ、ちょ待てよ!」
「頭の悪いあなたの事ですから忘れているようですが、」
「なんだとテメエ……」
「あなたから『話しかけて来るな』と言ったのですよ。一体何回話しかけて来る気ですか?」
「あ……?ああ、そのことか。許してやるよ、それでいいだろ」
サラは反面教師Aの尊大な態度にウンザリする。
「いえ、許さなくていいのでさっさと何処かへ行ってください」
「嫌なこった」
「……」
「この森はお前のもんじゃねえだろ。俺が何処にいようが勝手だ」
「そうですか」
「やっとわかったか。よしっ、サラ……」
「では皆さん、出発しましょう」
歩き出したサラ達を反面教師Aが慌てて追って来る。
「ちょ、ちょ待てよ!俺は歩きっぱなしなんだ!ちょっと休ませてくれ!いや、その前に水だ!おいガキども!水よこせ!」
「ぐふ。一滴も無駄にするなよ」
ヴィヴィの一言に反面教師Aがかっとなる。
「なんだとてめえ!俺に飲ませるのが無駄だって言ってんのか!?ああん!?俺はBランク相当といわれるバウ・バッウを二体も倒した男だぞ!」
「ぐふ。自分の荷物はどうした?」
「ああん!?そんなもん“逃げる”時に邪魔だろうが!」
反面教師Aがヴィヴィを怒鳴りつけたあとで剣を抜いた。
「ぐふ?逃げる、だと?」
反面教師Aはヴィヴィの指摘で自分の失言に気づいた。
「あ、いやっ、違う!今のは……」
「ぐふ、逃げて来たのか。それなら納得だ」
「んだとてめえ!!」
「なるほど。新手のバウ・バッウが現れたというの“だけ”は本当のようですね」
「お、おうっ。信じてくれたかサラ!それで俺が倒したんだ!」
「では逃げる必要はないでしょう、何故その場に残して来たのです?食料その他、必要な物が入っていたでしょうに」
「そ、それは……お、お前達に早く追いつくためだ!そう早くな!」
反面教師Aは必死に苦しい言い訳をするが誰も信じていなかった。
「私達と偶然再会する事を選ぶよりも荷物を持つほうを選んだ方が生存率が高いでしょう」
「はははっ!俺を甘く見過ぎだぞサラ!俺はずっとこのマルコを拠点に活動してんだっ。この森の事ならなんでも知ってる!お前らがどこへ行くのか簡単に予想が着くぜ!実際追いついたしな!」
そう言った反面教師Aの顔はどこか誇らしげだった。
「な?またも俺をパーティに入れるメリットが見つかっただろ?このマルコを拠点にするならこの俺の知識が……」
「しませんが」
「必要に……なに?」
「私達はマルコを拠点するつもりなど全くありません」
サラは冷めた目でそう断言した。
その言葉に驚いたのは反面教師Aだけでなく、新米冒険者達もだった。
「な……、じゃ、じゃあなんでマルコに留まってんだお前らはよ!?」
「色々な不運……それをあなたに説明する必要はありません」
サラはもういい加減疲れて来たので強引に話を断ち切る。
「無駄に時間を使ってしまいました。先を急ぎましょう」
「「「「はいっ」」」」
「ちょ、ちょ待てよ!」
しかし、サラ達は反面教師Aを無視して歩き出す。
それに続く、リサヴィ、新米冒険者達。
「おいこらっ!ふざけんな!無視すんじゃねえ!」
反面教師Aの喉はカラカラで限界だった。
説得も(脅しも)面倒になり、力づくで水を奪うことにした。
(まずは水だ!なに、俺は悪運が強えんだ!今までだってどんなピンチだって最後には切り抜けて来た!サラの怒りを買うだろうが最後にはどうにかなる!)
反面教師Aはムカつく棺桶持ち、ヴィヴィから水を奪うことを決意する。
(今まで観察した結果、こいつとサラは仲が悪い。コイツからなら水を奪ってもそう怒らねえだろう。いや、返って感謝されるかもな!)
反面教師Aがヴィヴィに後ろから襲いかかった。
しかし、
「ぐへっ!?」
反面教師Aは何が起こったのかもわからず意識が飛んだ。
ヴィヴィは反面教師Aの行動に気づいていた。
彼が襲いかかるのに合わせてリムーバルバインダーで顎を思いっきり叩いたのだ。
反面教師Aは奇声を上げ、宙をくるくるくっ、と二回転半回り、ぽてっと地に落ちて気絶したのだった。
「ぐふ。好きなだけ休むがいい」
「すごいです!ヴィヴィさん!」
新米魔装士の尊敬の眼差しを受け、
「ぐふ、まだまだだ。本当は新記録の三回転を狙っていたのだ」
そう言ったヴィヴィの素顔は仮面で見えないが、その声はどこか誇らしげだった。
「あの、それでその人どうするんですか?」
新米戦士Aが控えめにサラに尋ねる。
サラはため息をついた。
「起こしても迷惑しかかけませんので放っておきましょう。とはいえ、流石にこのままにして魔物に襲われたら後味が悪いですね」
サラは勿体無いとは思ったが、魔物に襲われないように判明教師Aを結界の札で囲んだ。
「この札って結構高いのでは?」
「後でモモに必要経費として請求します」
「はあ」
ギルドにではなく、モモと名指ししたことが気になったが、誰も質問しなかった。
「では行きましょう」
「「「「はいっ」」」」




