27話 怪しい依頼
「実はこれなんですが……」
サラ達がソファに座ると、受付嬢は手にした依頼書をテーブルに置いた。
(これから張り出す依頼かしら?)
サラは依頼書を手に取るとさっと内容に目を通す。
それはある屋敷に住み着いた悪霊退治の依頼だった。
悪霊は通常の武器では倒せないので冒険者達に人気のない依頼の一つだ。
しかも屋敷に住み着いた悪霊退治なら尚更だった。
普通の魔物退治は魔物のプリミティブや部位などを退治した証拠として持ち帰る事で任務達成となるが、今回のように屋敷に住み着いた悪霊の退治はプリミティブの提示に加え、実際に悪霊がいなくなったことの確認をギルドが行う事になる。
その確認が終わるまで依頼達成とはならず、結果がでるまで報酬は支払われない。
確認が取れる前に街を出て、万が一除霊ができていなかった場合、また戻って退治を行う必要があり、しなければ当然依頼失敗となってしまう。
この依頼には冒険者ランクによる制限はなく、必須能力として悪霊退治する手段があること、とあった。
(ーーどんな悪霊かもわかっていないのに難易度D相当で成功報酬は銀貨五十枚?依頼達成ポイント二十って、薬草採取二回分はないでしょ、普通。どういう基準で決めたのかしら?報酬固定なら普通はもっと高いはずなんだけど)
依頼の難易度は基本的には依頼達成に必要な冒険者ランクと考えていい。
今回のように必要な技能がある場合、難易度と冒険者ランクが一致しない事がある。
報酬の相場を冒険者になって間もないサラがなぜ知っていたかといえば、魔物討伐や神殿に神官を勧誘に来た冒険者から話を聞いていたからだ。
更に冒険者カード作成時に依頼掲示板を一通り見ており、自分の目でも確認済みであった。
「この依頼を私に?」
「はい、あ、もちろん、魔法をお持ちでしたらですけど」
「サラって悪霊退治する魔法使えるの?」
「はい」
「へえ、すごいね」
「本当ですかっ!是非引き受けて頂けないでしょうか?!」
「はあ。でも悪霊といっても色々な種類がありますので実際に効くかは試してみないとわからないのです。それに相手の方が強ければレジストされてしまいます」
「レジストって?」
「簡単に言うと魔法を無効化してしまうって事です」
「レジストも魔法?」
「そういう魔法もありますが、この場合はその者自身がもつ能力ですね」
「そうなんだ」
「魔法じゃないなら僕もレジスト出来るかな」とリオがぼそりと呟いたのが聞こえた。
サラはおかしな事をしないように注意しようとしたがその前に受付嬢が身を乗り出してきた。
「引き受けていただけないでしょうか?!ご依頼の方がすごく困ってるんです!本当に“私”困ってるんです!」
「はあ……は?“私”?」
「あ、い、いえっ、そのっ、すみません!後半は忘れてください!」
ギルド職員が依頼に対して個人的な感情を持つことは禁止されている。
それがバレたら厳罰が下され、内容によっては即クビもありえる。
実のところ、冒険者が希望もしていない依頼を勧める事自体既に問題であったのだが。
(他の受付嬢もこの依頼の事を知っているようだったわね。業務違反にも関わらず注意しなかった事とさっきこの受付嬢が“私”と言った事からも間違いなくこの依頼は彼女、または彼女の知り合いからの依頼ね)
「ねえ、サラ、やってみない?」
「弟さん、ありがとうございます!」
「僕は弟じゃないよ」
「あ、すみません、彼氏さんでしたか」
「違います!」
「あああああ、すみませんすみません!謝りますから『やっぱりやめる』って言わないでください!」
「あの、やめるも何も私は受けるとは一言も言ってないですけど」
「だ、ダメなんですか?!」
受付嬢の勢いに押されサラはソファごと後ろに下がる。
逃すものかと詰め寄る受付嬢。
「落ち着いて下さい」
「あ、す、すみません……」
受付嬢が席に座りなおした。そしてボソリと呟く。
「あなた、お綺麗ですね。羨ましいです……」
詰め寄られた時、フードで隠した顔を見られたのだ。
サラは聞こえなかった事にして話を続ける。
「まずこの依頼内容についてですが」
「は、はいなんでしょう?記載方法には問題ないはずですが……」
「問題は内容です。どんな悪霊かもわかっていないのですよ。そういう場合は、相手が想定以上だった場合は追加報酬を払う、という条件が明記されているはずです。達成ポイントもそうです。ですがこの依頼はどんな悪霊であっても変わりません。固定報酬なら最低でもこの倍以上になるはずです」
「そ、そうですよね……だから誰も受けてくれなかったのです」
「……くれなかった?」
サラはもう一度依頼書を見た。
この依頼が出されたのは一ヶ月も前だった。
依頼には有効期限がある。その間に依頼を受ける者が現れなかったら依頼掲示板から取り除かれる。
この依頼は既に失効していた。
「もしかして、というかやはりあなたはこの依頼の関係者ですね?」
「は、はい……実は」
受付嬢はもうすぐ結婚する事になっていた。
その屋敷は新居として貯金をはたいて購入したのだが購入した後で悪霊が住み着いている事が分かったのだ。
今更売ろうにも、その噂はすでに広まり、売値は買値に比べて目を覆うほど下がってしまった。
この事で彼氏と言い争いになり、関係も微妙になっているという。
「……ああ、私があの家が欲しいなんて言わなければ……」
受付嬢の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「顔が真っ黒になってるよ」
「化粧が落ちたのです。ーーどうぞこれを」
サラが自分のハンカチを渡すと、受付嬢は受け取ったハンカチで顔を拭き、お約束のように鼻をかむ。
「ありがとうございます」
と酷いことになったハンカチをサラに返そうとした。
「……いえ、差し上げます」
「え?いいんですか?これ、お高いんでしょう?」
「そんなことありません。自分で作ったものですから」
「そうですか。では遠慮なくいただきます」
そう言って自分の懐に入れる。
「それでいかがでしょうか?」
サラは受付嬢に同情した。出来れば助けてあげたいとは思う。
しかし、
「この依頼、既に失効してますが?」
「再申請します!」
「まだ問題があります。私達はまだランクFです。本当に難易度Dだったとしても失敗する可能性が……」
「大丈夫です!その美しさがあれば!」
「容姿は関係ありません」
「羨ましいわっ!きぃーっ!」
「落ち着いてください」
「ウキっぃー!!」
「猿?」
「リオは静かにっ!」
サラはそっと受付嬢に触れ、精神を落ち着かせる効果がある魔法“リラックス”を発動させる。
効果はすぐに現れ、受付嬢の表情が穏やかになる。
「落ち着きましたか?」
「あ、はい、なんだかすごく気分が楽になりました。大声出してすみません……」
「いえ、話を続けていいですか?」
「お願いします」
「仮にですけど除霊が成功したとして……」
「ありがとうございます!」
「いえ、仮にです仮に。さっきも言いましたが私達はまだFランクなのです」
「あ、はい、失礼しました……」
「で、その家にまだ住む気はあるのですか?」
「きちんと除霊していただけるのですよね??」
「ま、まあ、引き受けたら最善は尽くしますけ……」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「いえ、ですから……」
「ねえ、受けようよ」
「リオ」
「ありがとうございます!弟兼彼氏さん!」
「変なこと言いださないでください!」
「ごめんなさいごめんない!でも引き受けてくれないとあなた方の禁断の関係を言いふらしてしまうかもしれません!」
(とんでもないこと言いだしたわね。嘘の噂を流すとか。目つきも異常になってきたからまた落ち着かせたほうがいいわね)
サラが受付嬢にリラックスを使い落ち着かせる。
「……すみません」
「いえ、それで依頼ですが」
「は、はいっ」
「条件があります」
「条件ですか?」
「はい。ーーここです」
サラは依頼書のある一文を指差す。
「報酬もそうですが、これも誰も依頼を受けなかった理由だと思いますよ」
サラが指摘したところには小さな文字でこう書かれていた。
『なお、器物を損壊した場合、報酬から差し引かせていただきます』
サラは返答を待ったが、受付嬢は沈黙したままだった。
仕方なくサラが口を開く。
「これ、下手したら報酬ゼロどころかマイナスになる可能性がありますよね?」
「そ、そうですかね?」
受付嬢は強張った笑顔を見せる。
営業スマイルには程遠かった。
「……もう少し字を小さくした方が良かったですかね?」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ、火であぶらないと見えないように……」
「詐欺です」
「うう……」
(……まさかこの受付嬢、悪霊退治させた挙句、難癖つけて依頼料払わないどころか逆にお金まで取る気だったんじゃないでしょうね……ブレイクさんはこの事知ってるのかしら……いえ、知られたら困るからブレイクさんがいない時を狙ったのよね、この受付嬢は)
「冒険者は命がけなのです。仲間のことならともかく物にまで注意を払う余裕はありません」
受付嬢は再び激昂した。
「あなたのような美人にはわからないんです!生まれた時から勝ち組のあなたには!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
「いつもチヤホヤされて男に困ったことのないような人に私の気持ちはわかりません!私はこれが最後のチャンスなんです!これを逃したら絶対もう結婚できません!もし破談になったらあなたを恨みますよ!えーとお名前はなんでしたか?!」
「そう言われて名乗るわけないでしょう」
「この人でなし!」
「落ち着いてください」
サラは受付嬢に再びリラックスをかけた。
「……取り乱してすみません」
「……いえ。この一文を消してください。そうしたら依頼を受けます」
「ほ、本当ですか?!」
「ただ、先程も言いましたが成功するとは限りませんよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「いや、ですから……もういいです」
サラはこの受付嬢が全く信頼できなかったので依頼処理を他の受付嬢にしてもらう事にした。
予想通りというか、サラが依頼書を別の受付嬢のところに持っていこうとするとこの受付嬢はしつこく自分がやりますとまとわりついて来た。
「やめますよ?」
とサラが冷たく言うとその受付嬢はがっくりうなだれて引き下がった。
その様子を見ていた受付嬢達は何とも言えない表情をしていた。
サラが別の受付嬢に依頼を受ける条件を説明する。その受付嬢はちらりと依頼者らしい受付嬢を見た。絶望的な表情で頷くのを確認後、器物破損云々の文を消して依頼を再登録した。
受付嬢はサラとリオから冒険者カードを受け取り依頼処理を行う。
「……あら?おふたりともFランクなんですか?」
どうやらこの受付嬢は先日の強引な勧誘パーティとサラ達のゴタゴタを知らないようだ。
「はい」
「そうだよ」
「Fランクでこの依頼は少し、いえ、とても厳しい気がしますが……」
この受付嬢は常識のある意見をしただけだったが、サラにはとても親切な人に思えた。
「今更断れると思いますか?」
あの受付嬢が処理をしている受付嬢を睨んでいた。その目は「余計なこと言うな」と語っている。
「……あの、悪霊対する対策、魔法とかはお持ちなのですよね?」
「はい、それは問題ありません」
「そうですか。では依頼処理させていただきますが、くれぐれも気をつけてくださいね」
「はい。無理だと思ったらすぐに諦めますから」
依頼処理が終わり、リオはカードの裏面に今回の依頼が表示されているのを確認した。
「二つめの依頼だ」
リオの表情にあまり変化はないが嬉しそうだった。
二人が出口に向かうと再びあの受付嬢が近づいてきた。
「あの、」
「まだ何か?」
「いえ、ありがとうございます。これは私の心ばかりの気持ちです」
そう言って手渡されたのは大量のアイテム割引チケットだった。
「こんなに大量に渡されても困りますよ」
「私の気持ちですから!」
(……って、使用期限もうすぐ切れるじゃないですか。これが気持ちって全くの逆効果よ)
どっと疲れたサラであった。




