268話 反面教師の鑑
翌朝。
サラ達がテントから出て来るとサラにノックアウトされた反面教師Aの姿はなかった。
「あの、気絶してた……」
「わかってます。出て行ってくれたのですね。何か言ってましたか?」
「はあ。あの、サラさんの悪口と『二度と声をかけてくるな』と」
「そうですか。最後まで意味不明なこと言ってたんですね」
「はい」
「まあ、最後まで反面教師を全うした、ということにして彼の事は綺麗さっぱり忘れましょう」
「「「「はいっ」」」」
「だな!!」
一番力強く言ったのは一人残った反面教師Bだった。
「あなたも出ていっても全然構いませんよ。というかクビにしたのにいつまでいるつもりですか?」
「はははっ。何言ってんだ、サラ。これでお前のパーティに入るのは俺で確定だろっ」
「……あなたも相変わらず理解力ないですね。さすが……まあ、いいです」
サラは「さすがマルコ所属の冒険者ね」と言いかけて新米冒険者達もそうだった事を思い出し自重した。
朝食後、
訓練を始めようとすると新米戦士Bが控えめに手を上げる。
「あの、」
「はい?」
その新米戦士Bは他の新米冒険者達と顔を見合わせてから言った。
「訓練の前にですね、昨夜、リオさんが仕留めたモノを見に行きたいんですけど」
「リオが倒した魔物ですか」
「「「「はいっ」」」」
サラがリオを見るがその視線の先は空だった。
天気でも心配しているのだろうか。
ともかく、リオに意見がない事ははっきりした。
「……では、見に行きますか」
「「「「はいっ」」」」
サラ達の進む先に一人の冒険者がひょろっ、と現れて手招きする。
「「「「「「「「……」」」」」」」
サラの対応を待つ新米冒険者達。
「……行きましょう」
サラ達はその冒険者の後について行った。
「どうだっ!」
言うまでもなく、その冒険者とは「二度と声をかけてくるな!」とのセリフを残して出て行った反面教師Aだった。
どうやらサラから声をかけるのはダメでも彼からはよかったようだ。
彼の背後にはカエルのような姿をした魔物、バウ・バッウが倒れていた。
反面教師Aはバウ・バッウの死体にカッコつけて足を乗せる。
「見たかサラ!俺の本当の力を!Bランク相当とも言われるバウ・バッウをこの俺がたった一人で倒したんだぞ!」
そう言った反面教師Aの顔はどこか誇らしげだった。
「「「「「「「「……」」」」」」」
サラがため息をつく。
新米盗賊がサラの顔を見、サラが頷くのを確認してバウ・バッウに慎重に近づき、死体の様子を調べる。
新米魔装士が新米盗賊の背後から声をかけた。
「オレの矢は羽根付近にオレの名前のイニシャルが掘ってある!」
「わかった」
二人のやり取りを余裕の表情で眺める反面教師A。
「すごい!全部命中してる!きっちり三本矢が刺さってるぜ!」
新米盗賊の興奮した声が聞こえる。
「本当か!?」
「はははっ、俺は弓の名手だからな!」
反面教師Aはそう言って背中にかけた弓を軽く叩き、サラにキメ顔をするがサラはスルー。
「それで、目印は?俺のイニシャルは?」
「……ない」
新米盗賊の言葉に皆驚く。
「だから言ったろう!俺が倒したってよ!なっ、サラ!俺もやるだろ?見直しただろ?よしっ、サラ!昨夜の事は許して……」
サラが反面教師Aの言葉を遮り新米盗賊に尋ねる。
「本当にないですか?」
「はい。というか、どの矢も、三本とも羽根付近からへし折られてなくなってるんです!辺りにも落ちてないし……」
言うまでもなく、反面教師Aが証拠隠滅したのだ。
反面教師の本領発揮といったところであった。
彼をはじめとするクズ冒険者はこのように他の冒険者が倒した魔物を自分が倒したかのように見せかけ獲物を横取りするのを得意とする。
このスキル?を、“ごっつあんです”と呼ぶ。
“ごっつあんです”はマルコギルドのブラックリストに載る上位ランカー全てが身につけているスキル?でもあった。
もちろん、このスキル?を使うのは自分よりランクの低い、反論されても脅して丸めこめる自信がある相手を選んで、である。
反面教師Aも“今まで“はそうであった。
「……汚ねえ」
「今言ったのは誰だ!?」
反面教師Aが新米冒険者達を睨みつける。
皆、ビクッとして反面教師Aから顔を背ける。
今までならこれで相手は怯み、引き下がるはずだった。
しかし、今回は相手が悪かった。
「私ですがそれが何か?」
「な……」
サラの冷めた視線を受け、逆に反面教師Aのほうが怯む。
リサヴィの面々と反面教師Aは同じCランクであるが、実力は圧倒的にリサヴィの方が上である。
“ごっつあんです”が通じるはずがない事に彼はこの時になってやっと気づいた。
それでも彼のかつての仲間がいれば援護射撃をしてくれたであろうが彼らはこの場にいない。
彼が自ら切り捨てたのだ。
彼のパーティはモモのクズ一掃作戦に見事に引っかかった。
しかし、彼だけはその企みに直前で気づき、仲間を見捨てて逃げ出しマルコ所属の解約を免れたのだ。
彼のパーティメンバーはマルコ所属を解約され、一人だけ逃げた彼とマルコギルドに罵声を浴びせてマルコから去って行った。
その後、彼らがどうなったのか彼は知らない。
反面教師Aは同じブラックリスト上位ランカーである反面教師Bに助けを求めようとする。
しかし、反面教師Bは「ザマアミロ」とでもいうような笑みを浮かべるだけで助ける気は全くなかった。
「……へ、へへっ」
四面楚歌の状態に反面教師Aは愛想笑いで必死に誤魔化そうとする。
サラは反面教師Aがその場にいないかのように無視し、死体を調べていた新米盗賊に尋ねる。
「それでバウ・バッウの死体の状況はどうでした?」
「はい、三本のうちの一つが脳に命中したみたいでそれが致命傷になったみたいです」
「そうですか」
新米魔装士がボソリと言った。
「バウ・バッウって移動速度とジャンプ力がすごいって言うよな」
「それがどうした?」
「俺達がさ、こいつの気配に気づいてからサラさん達呼んでたらその間に誰か食われてたかもしれないんじゃないか?」
そう口にした本人を含め、新米冒険者達はその未来を想像してぞっとした。
「流石ですっリオさんっ!」
そう言ったアリスだけでなく、新米冒険者達もリオに尊敬の眼差しを向ける。
「そうなんだ」
そのやりとりを見てバウ・バッウを倒したと言い張る反面教師Aが文句を言う。
「ちょ、ちょ待てよ!てめえら!何言ってんだ!?こいつは俺が倒したって言ってんだろ!」
「「「「「……」」」」」
あくまでも自分が倒したと主張する反面教師Aを皆スルー。
くくっ、と反面教師Bから笑いが漏れる。
「て、てめえ何笑ってやがる!?」
「ヘッタクソな嘘つきやがって。お前、完全に終わったぜ!リサヴィの新メンバーは俺に任せてお前はお前が仕留めたというバウ・バッウでも解体して遊んでろ」
「「……」」
反面教師ズが取っ組み合いを始めたがサラは無視。
「では戻りましょう」
「お、おいっ待てよサラ!」
反面教師Aは取っ組み合いをやめて去って行くサラの背に慌てて声をかける。
「……まだ何か?」
サラは嫌そうなのを隠しもせず反面教師Aに尋ねる。
「お、俺を見直しただろ?俺をパーティに……」
「寝言は寝て言え」
「な……」
サラは彼の戯言を遮りながら見事な反面教師ぷりっに感心する。
これまでの行いがあまりに酷すぎるので、実はこれはすべて演技でモモの仕込みではないかと一瞬疑ってしまう程だった。
だが、これまでの事は紛れもなく、正真正銘、彼の実力であった。
反面教師Aは「ブラックリスト上位ランカーここにあり!」と皆の目にしっかりと焼き付けたのであった。
呆然としている反面教師Aにヴィヴィが吐き捨てるように言った。
「ぐふ。見下してならいるぞ」
「ざけんな!棺桶持ち!」
それ以上、反面教師Aと会話する事なくサラ達はキャンプへ戻って行く。
「あのっ、いいんですか?バウ・バッウのプリミティブって結構高価だって聞きますけど?」
「いいのです。これ以上、アレとは関わりたくないので」
「わかりました」
「あなた達はあのようなクズになってはダメですよ」
「「「「はいっ」」」」
「誰がクズだ!!って、ちょ、ちょ待てよ!」
もちろん、反面教師Aの言葉など誰も聞くわけなかった。




