263話 最初の訓練
サラは南の森に入り、しばらく進んだところで停止した。
そこは以前にリオがニューズと薬草採取をしたところだった。
もちろん、偶然ではなく、そのとき一緒にいたヴィヴィに案内してもらったのだ。
「では今から薬草採取を行います」
その言葉を聞き、どんな事をするのかと期待に満ちていた新米冒険者達の目が失望の色に変わる。
そんな地味な事ではなく戦いを指導してくれると思っていたのだ。
サラはそれに気づきつつも気にせず続ける。
「薬草採取は新米冒険者にとって重要です。市販のポーションはFランク冒険者が得る報酬では高価な買い物でしょう。特に神官、魔術士ではないあなた達は自力で回復する術を身につける必要があります。もちろん、薬草採取だからと言って気を抜いてはいけません。薬草採取中だからといって魔物は終わるのを待ってくれません」
魔物と聞いて新米冒険者達に緊張が走る。
ここはいつ魔物が襲ってきてもおかしくない場所なのだと気落ちしていた心を引き締めた。
「ここは他に比べれば安全ですが、決して魔物が出ないわけではありません。常に周囲を警戒しながら薬草採取を行って下さい」
「「「「はいっ」」」」
「そうだぞ、ガキ共!俺達がいるからって安心すんなよ!自分の身は自分で守んだぞ!」
(あ、反面教師の割にいい事言うわね)
「彼の言う通りです」
サラに褒められた反面教師Aは他の二人に勝ち誇った笑みを浮かべ、彼らは悔しそうに睨み返す。
そんな彼らのやり取りを無視してサラは話を続ける。
「よほど危険な魔物が接近しない限り私達は何もしません。緊張感を持って行動して下さい。なお、採取したものは各自の収入となります」
「「「はいっ」」」
「……」
皆が散っていく中で、一人、新米魔装士がその場に残った。
ちなみに彼の魔装具はフェラン製なのでカルハン製の妙な口癖はない。
「どうしました?」
「あの、オレ、この格好だから薬草採取しにくいんですけど……」
確かに魔装士の着ている魔装着とその両肩にマウントしているリムーバルバインダーはしゃがみ作業に向いていない。
「ああ、それもそうですね」
「バッカか!そんなもん脱げばいいだけだろ!」
サラと新米魔装士の会話に反面教師Aが口を出してきた。
「と言うのは無視してください」
「な……」
さっきサラに褒められて調子に乗り墓穴を掘った反面教師Aに他の二人のバカにした声が飛び、三人で貶し合いを始める。
(ったく、魔装士やめてまでして薬草取りなんかして魔物が襲って来たらどう対処するのよ!)
サラはバカな発言をした反面教師Aを心の中で罵る。
「ヴィヴィ!」
「ぐふ?」
サラに呼ばれてヴィヴィがやって来た。
「彼、魔装士に薬草採取は難しいわ。何かない?」
「ぐふ。では私がリムーバルバインダーの操作を見てやろう」
「本当ですか!?」
表情は仮面で見えないが声で喜んでいることがはっきりわかる。
「ぐふ。しかし、小遣い稼ぎが出来ないぞ?」
「大丈夫です!」
「ぐふ。ではついてこい」
「はいっ、お願いしますっ!」
しばらくしてサラがヴィヴィ達の様子を見ると新米魔装士が地に伏して倒れていた。
その周りには嘔吐物が飛び散っていた。
どうやらリムーバルバインダーの操作で目を回した、いわゆる魔装士酔いを起こし、ゲロ吐いて倒れたようだ。
「ヴィヴィ!あなたは何をしてるのですか!」
「ぐふ。訓練だ。それ以外にあるか」
「戻してるでしょう!厳し過ぎではないですか?もう少し緩めるとか……」
「ぐふ!」
「な、なんですか?」
「魔装士は吐いてなんぼだ」
「そ、そうなんですか?」
サラは魔装士の事を知らないのでヴィヴィに断言されると反論できない。
「ぐふ。魔装士はな、吐いて吐いて力をつけていくのだ」
そう言ったヴィヴィは顎をくいっと上げ、どこか誇らしげだった。
サラはヴィヴィが指導員の自分に酔っているような気がした。
「……ちなみあなたはどれくらい吐いたのですか?」
「ぐふ。この私がそんなみっともない真似するか」
「おいっこらっ!言ってる事が違うでしょう!」
「ぐふ?どうやら起きたようだな。アリス!」
ヴィヴィは新米魔装士がもそもそしだしたのに気づき、サラを無視してアリスを呼ぶ。
「はいっ?」
「ぐふ。そいつにリフレッシュをかけてやってくれ。臭くてかなわん」
「あ、はいっ」
「……たく。やり過ぎないで下さいよ」
「ぐふ」
(まあ、それでも確かに形にはなってきているようね)
新米魔装士のリムーバルバインダーの操作は少しだが向上しているように見えた。
と、気づけば他の三人が手を止め、じっとヴィヴィと新米魔装士の訓練を羨ましそうな目で見ていた。
(……はいはい、私が間違っていたわよ)
「聞いて!あ、ヴィヴィ達はそのままでいいわ。ーーあなた達も訓練したいのね?」
「「「はいっ!」」」
今まで一番元気な返事だった。
「わかったわ。じゃあ、予定よりちょっと早いけど戦いの訓練をしましょうか」
皆の表情が笑顔に変わる。
サラが彼らの前に剣と盾を構えて立つ。
「一人ずつ、誰からでもいいわよ」
そこで控え目に新米戦士の一人が尋ねる。
「あの、相手はサラさんなんですか?リオさんではなくて?」
当然の質問だった。
ちなみにその質問をしたのはこの依頼の発端となる発言をモモにした新米戦士Aだった。
彼は言うまでもなく無条件で参加を認められており、当初の募集は実質一名を決めるものであった。
「リオはダメです。彼は手加減が出来ません」
「そ、そうなんですか」
「そうなんだ」
サラはリオが他人事のように呟くのを横目で見ながら続ける。
「ただ、今回の研修中、魔物の襲撃がゼロとは思いませんので戦う姿は見ることが出来るでしょう」
「わかりました」
新米戦士Aは残念そうな顔をしながらもサラに頷いた。
「はい、じゃあ……」
「おいおい待てよ!」
そう言ってまたも邪魔しに来たのは言うまでもなく反面教師ズである。
「サラ、俺達の出番だろう」
「そうだぜ」
「おうっ」
「……わかりました。ではお願いましょうか」
「「任せろ!」」
「おうっ!」
サラは不安を感じながらも彼らに任せ、不安は的中した。
「見たか!サラァー!!」
「俺だ!俺の今の技こそ見たかっー!!」
「おうっ!おーうっ!!」
「……」
彼ら、反面教師ズの周りに新米冒険者達が倒れて唸っている。
そこで各々がかっこいいと思っているポーズでサラにキメ顔を向ける。
いつぞや見た光景であった。
「……ダメだ。コイツら」
「ですねっ」
サラの呟きにアリスが同意した。
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