259話 新米冒険者の底上げをしよう
モモは冒険者達の間で一目置かれる存在となっていた。
あの鉄拳制裁サラとの掛け合いを見て気心知れた間柄と思われていたのだ。
モモはそのことを尋ねられても笑顔でやんわり否定したが、その含みのある笑顔が噂が真実だと思わせた。
もちろん、それを見込んでのモモの演技である。
サラがマルコギルドを懇意にしているとの噂が流れればサラ目当てで冒険者が集まってくる。
例えサラ目当てであったとしても依頼掲示板には冒険者の習慣として自然に目を通す。
そこで依頼を受けてくれる事を期待してのことであった。
実際、この効果は現れていた。
もし、サラがこの話を耳にしたならば、
「冗談ではない!」
と声を大にして否定したことだろう。
そんなモモがカウンターに立っているとマルコギルドで試験を受けて冒険者になったばかりの新米戦士がやってきた。
その手に依頼書を持っていない。
今のマルコに来ている依頼は不祥事発覚以前には遠く及ばないが、それでも回復して来ている。
モモの記憶ではFランクの依頼もまだあったはずであった。
「どうしました?」
「あの、モモさんはリサヴィの方達と親しいのですよね?」
モモは笑顔を向けるだけで明確な返事をしない。
「リサヴィの皆さんに何か?」
「あの、リオさんに剣のご指導とかお願いできないかなあ、と思って」
モモはこの新米戦士をマジマジと見た。
リオはCランク冒険者との決闘の後も未だサラの勇者である事を認めず“リッキーキラー”と呼んで見下す者も多いので彼の真意を探ろうとしたのだ。
モモの表情で疑問に気付いたのか、新米戦士は慌てて補足する。
「俺、リオさんの決闘を見たんです!俺と同じくらいの歳で格上であるはずの相手を圧倒するあの強さに憧れたんですっ!」
その言葉でモモは納得した。
モモ自身は残念ながらその決闘を見ていないが彼の言う通りリオは圧倒的な強さを見せつけたと聞いていた。
ただ、あの試合を、リオの残虐性を目にしてリオに憧れるのは不安の残るところではあったが。
「そうですか。それでリオさんにご指導を、ですか?」
「はい。俺、冒険者になってもツテがなくて未だソロなんです。何度かパーティと一緒に依頼を受けた事はあるんですけど、荷物持ちばかりやらされて分け前も少ないし……かといって強くなろうと経験を積みたくても一人だと、その……」
「あなたのお話はわかりました。でも、そういう事は自分の口で直接話した方が誠意が伝わると思いますよ」
「やっぱり、そうですよね……」
モモはその後、「頑張ってください」と続けようとしたが、頭にあるアイデアが閃いた。
「ですが、一度私のほうから話してみましょう」
「え!?本当ですかっ!?」
その新米戦士もそれほど期待していなかったのだろう。
驚きと期待を込めた目をモモに向ける。
「でもあまり期待しないでくださいね」
「はいっ!」
リッキー退治を終えて戻ってきたリサヴィはマルコギルドに顔を出すなり、満面の笑みを浮かべたモモに話があると言われ、応接室に案内された。
部屋に案内されてすぐにひと目で高級だとわかる菓子とコーヒーが運ばれてきた。
その様子から今回の話はモモ個人ではなく、ギルドぐるみである事がわかる。
「ささっ、冷めないうちにどうぞ」
リオはモモの言葉を受け、コーヒーを飲む。
それに従って皆も、いや、ヴィヴィを除いてコーヒーを飲んだ。
リオが菓子に手をつけ、それにアリスも続く。
サラはリオに全く話をする気がないのを見て、内心ため息をつきながらモモに用件を尋ねる。
「それで話とはなんでしょうか?」
「実はマルコ所属の冒険者の実力の底上げをしようという話が持ち上がりまして」
「はあ」
「マルコギルド所属の冒険者に質が低すぎる者が多い事は皆さんもご存知のことかと思います。ああ、補足しますとここでいう質とは、実力は言うまでもなく、一般常識の欠如も含みます」
「わかってます。身を持って知ってます」
「ぐふ。何度もな」
「なんであんな人達が冒険者になれたんですかねっ?」
アリスの疑問をモモは笑顔でスルー。
「皆さんには大変ご迷惑をおかけして申し訳なく思っています。私達も十分責任を感じていますが、いつまでも悔やんでいても仕方がありません。そこでですっ!」
モモが身を乗り出してきた。
「なんですか。また私達を巻き込もうとしても無駄ですよ」
モモはサラの言葉が聞こえなかったかのように先を続ける。
「もはや心身共に汚れまくっていくら洗おうと綺麗にならないクズは諦めるとしてですね。あ、もちろん、そのうち叩き出してみせます、って話が逸れましたね、ともかく、冒険者になったばかりの者達には正しい道を歩んで欲しいのです。新米冒険者が道を踏み外してクズになって欲しくはないと思いませんか、アリスさん」
自分の名が呼ばれるとは思わなかったアリスはビックリして口にしていた菓子を「んが、んんっ」と飲み込んで喉につまり、慌ててコーヒーで流し込む。
「あ、すみません、大丈夫でしたか?火傷しませんでしたか?」
「……は、はいっ大丈夫ですっ」
「アンディはおっちょこちょいだね」
「もうっ、リオさんっ」
アリスが顔を真っ赤にしてリオを睨む。
「それでどうでしょう?アリスさんは冒険者になったばかりの時にリオさん達のような頼もしい方達と一緒に冒険してよかったと思ったのではないですか?一緒に行動して参考になった事が沢山あるのではないですか?」
「あっ、それはありますねっ。知識としてはあっても実際に自分でやろうとすると上手くいかなかったり、もっと効率のいい方法があったりと皆さんのを見て知りましたっ。それと皆さんすごく強いのでわたしも落ち着いて自分の役割を果たせるようになってきたと思いますっ」
アリスの模範回答を聞き、モモは満足げに頷く。
サラの中に焦燥感が生まれる。
(……マズイ。すごくマズイ気がする……)
「このようにですね。新米冒険者には立派な先輩の行動を実際に見て経験することはとても有意義だと思うのです。ーー私がお願いしたい事はもうおわかりですね?」
「私達はしませんよ」
しかし、モモの耳にサラの言葉は正しく伝わらなかった。
「その通り!その指導員としてCランクにアップしたリサヴィの皆さんに白羽の矢が立ったのです!」
「また勝手なことを。私達はしません」
「あのっ、それっ誰が企画したんですかっ?」
「それはちょっとプライバシーにかかわりますので」
「聞くまでもないでしょう。目の前にいる人よ」
「プライバシーに関わりますので」
モモは否定しなかった。
「それでどうでしょうか?」
「どうでしょうかも何もさっきから断ってるでしょう。大体、私達ほど参考にならないパーティはいませんよ。ハッキリ言いませんが私達は悪い見本の集団です」
サラはしっかりはっきり断言した。
「ぐふ。お前一人では集団とは呼ばんぞ」
「あなた達の事を言ってるんです!」
「リオさんはどうですか?」
「リオに指導員が務まるわけないでしょう」
リオの代わりにサラが答える。
しかし、リサヴィに関わる者に聞き分けのいいものなどいないのだった。
モモがリオに顔を向ける。
「そういえば、リオさんはエルフをお探しでしたよね?」
「ん?ファフのこと?」
この部屋に入ってリオが初めてまともにモモの顔を見た。
「ええ。見つかりましたか?」
「見つかってない」
「そうですか。では、引き受けてくださるならギルドの情報網を使って探しますよ」
「ちょっと待ったー!」
サラがテーブルをバンっと叩き、勢いよく立ち上がる。
険しい表情をしたサラにモモは笑顔で迎え撃つ。
「どうしましたサラさん?」
「それはギルドの規約違反ではないのですか?」
「もちろん、ファフさん?に許可なく情報を与えればそうでしょう」
「わかった」
「リオ!?」
「ありがとうございます!」
「ちょ……」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございますリサヴィの皆さん!!」
サラの抗議の声はモモのありがとうコールによって打ち消された。
サラの止める間もなくモモはダッシュで応接室を出て行った。
深くため息をつくサラ。
「なんて事を……」
「ぐふ。今更嘆いても遅いぞ。あの怪物を育てたのはお前だ」
「流石ですっサラさんっ」
「違うわよ!人のせいにしないで!」
「ん?」
リオは意味がわからないと首を傾げる。
サラは深呼吸をして心を落ち着けてリオを見た。
「なんであんな無駄な約束をしたのですか?」
「無駄?」
「探すと言っただけですよ。見つかるとは限りません。大体、今まで連絡しても返事来なかったんでしょう?無駄以外……」
「してないよ」
「……は?」
ポカンとしたサラにリオは「ああ」と呟いた。
「そうか、カリスがサラにやったみたいに僕もファフに手紙を出せばよかったんだ。なるほど」
「……」
サラは無言でリオの頭をど突いた。




